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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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8/14

芽吹く力、開花する刃

副隊長たちによる過酷な個別指導期間。

今日という今日まで、蒼真たちは死に物狂いで食らいついていた。

しかし、その終わりはあまりに唐突に訪れた。

「本日を以て、あなたたちの訓練を終了とします」


天音紫月が淡々と告げたその言葉は、演習場の空気を一瞬で凍りつかせた。


「……え、は?」


蒼真は木刀を構えた姿勢のまま、間抜けな声を漏らした。


湊もまた、今まさに薔薇の闘気を練り上げていた勢いを殺せずに、盛大にたたらを踏んでいる。


「いやいや、いきなり終了って、どういうことだよ!」


湊が抗議の声を上げるが、天音は「以上」とだけ言い残し、そっけなく演習場の扉を閉めて去っていった。

張り詰めていた糸がプツリと切れ、演習場には困惑と疲労だけが残る。

その静寂を破ったのは、演習場の扉を「バーン!」と容赦なく蹴破る音だった。


「よお、お前ら! 訓練お疲れーッ!」


現れたのは、蓮隊隊長・御門大河だった。


あまりの勢いに、蒼真たちは木刀を構えることすら忘れ、ただ呆然と立ち尽くす。


「……誰だ、この人?」


蒼真が小声で呟く。

その隣で、様子を見に来た撫子隊副隊長・藤咲撫奈が、やれやれと肩をすくめながら駆け寄ってきた。


「……みんな、この人は蓮隊の隊長、御門大河よ。……自由奔放な方だから気をつけてね」


藤咲の紹介に、蒼真たちは「隊長……?」と困惑する。

大河はそんな空気などお構いなしに、ずかずかと湊の元へ歩み寄ると、その肩を力任せに叩いた。

「よし、お前ら! 訓練終わったんだろ? だったら俺の相棒に会いに行くぞ。謹慎中だけどな、特別に顔を見せてやる!」

湊は一瞬きょとんとした後、顔を青くして叫んだ。


「……はぁ!? そんな急に!? いや、会わせてもらえるのはありがたいけど……謹慎中ってことは、相当やばい理由があるってことだろ!? そんな奴のところに連れて行く気かよ!」


湊のもっともな指摘に、大河は全く動じず、それどころかニヤリと楽しげに笑う。


「細かいことは気にすんな! 面白そうだろう?」


「全然面白くねぇよ! なんで俺たちがそんな『やばい場所』に行かなきゃいけないんだ!」


大河は湊の悲鳴のような動揺を一切無視して、出口へ向かって軽快に背中を向けた。


「行くぞ! 置いてくぞー!」


湊は「おい! マジかよ!」と声を荒らげながらも、呆然としている蒼真、迅、澪の腕を引いて、慌ただしくその後を追った。


一行が導かれたのは、隊の敷地でも滅多に人が立ち入らない、鬱蒼とした雑木林の奥地だった。


木漏れ日さえ遮られるような深い緑の中、大河は迷いのない足取りで進んでいく。


「おい、本当にこんなところに誰かいるのかよ……」

湊が小声で呟いたその時だった。


不気味なほど静まり返った木々の向こうに、影が一つ、じっと佇んでいるのが見えた。


「……あれが、謹慎中の副隊長か?」


蒼真が目を細める。

「え? 犬?」


澪が困惑したように声を漏らす。

「……犬ね」


迅が冷ややかな視線を向けた。

「犬だな」


湊もまた、信じられないものを見る目で頷き合う。


その直後、蒼真たちが反射的に腰の刀へ手をかけた、その刹那だった。


その「犬」が弾丸のような速さで飛びかかってきた。


「っ――危ない!」


蒼真が抜き放った刀が空を切るよりも早く、強烈な殺気が一行を圧する。


しかし――。

「そこまでだ、ポン」


大河が短く声をかけると、空中で牙を剥いていた影は、まるで嘘のようにふわりと着地した。


「大河!! 人連れてくんなって言っただろ! 今、ちょうどいいところだったのに!」


犬が人間のように怒鳴り散らす。


「ははっ、すまんすまん! でもよ、会えてよかった!」

大河はそんな四人の困惑などどこ吹く風で、豪快に笑いながらポンを抱きしめた。


「……うぜぇ。離れろよ、暑苦しい」


ポンはそう言いながらも、あからさまに大河の胸元へ頭を擦りつけ、満足げに目を細めた。


「……あの、状況が全く飲み込めないんだけど」

蒼真が呆然と呟くと、ポンは冷ややかな目で一行を一瞥した。


「ああ? 見てわかんねぇのか。俺は今、謹慎中だ。邪魔すんなら、さっきの殺気で本当に噛み砕いてやろうか?」


ポンが再び牙を剥こうとすると、大河はポンを小突いてたしなめる。


「お前らも挨拶くらいしろよ。こいつが、俺の相棒で最強の副隊長、ポンだ!」


大河の屈託のない紹介に、四人は顔を見合わせ、言葉を失うしかなかった。


ポンは先程までの無邪気な笑みを消し、訓練生たちの前をゆっくりと歩く。


鼻をひくつかせる。

見ているのではない。嗅いでいるのだ。


まずは湊の前で足が止まる。

「薔薇か。まだ弱いな。だが確かに匂う」

湊は少しだけ眉を上げる。


続いて白石。

「撫子。こちらも弱い。だが形にはなり始めている」

白石は小さく息を吐いた。


そして迅。

「ほう」

ポンは鼻を鳴らす。

「桜か。はっきり匂うな。迷いも薄い。悪くない」

迅の表情が僅かに引き締まる。


そして最後。


蒼真の前で足が止まった。

ポンは鼻を近付ける。一度、二度、三度。


「ん?」


首を傾げる。もう一度嗅ぐ。沈黙。さらに嗅ぐ。

そして。


「くっさ!!」


全員が固まった。蒼真も固まる。


「は?」


ポンは数歩後退した。鼻を前足で擦る。


「何だお前! 薔薇の匂いはするぞ! するんだが!」


さらに後退する。


「鼻に突き刺さる匂いがするぞ!? 何だこれ!! 痛い!!」


湊が吹き出した。


「なんだよそれ」


迅も思わず口元を押さえる。

白石は視線を逸らして肩を震わせていた。


蒼真だけが納得いかない。


「いや俺のせいじゃないですよね!?」

ポンは真顔だった。


「俺も知らん。だが普通の薔薇じゃない。変な奴だ」


だが、ポンの視線だけは蒼真から外れない。先程までの軽い調子ではない。


何かを見極めるような目。


「……面白い」


小さくそう呟いた。大河が首を傾げる。


「何かわかったのか?」


ポンはしばらく黙り込む。


そして、「いや、分からん」と言いながらも、その目だけは蒼真から離れなかった。


その時だった。ポンの耳がぴくりと動く。


「ん?」


先程までの表情が消える。鼻をひくつかせる。風が吹く。そして、ポンの瞳が細くなった。


「来るぞ」


その一言で空気が変わる。訓練生たちも自然と刀へ手を伸ばした。


ガサッ――木々が揺れる。


森の奥から三人組が現れた。黒い装束。胸元には花を模した紋章。


それを見た大河が眉をひそめる。


「……開花衆か」


中央の男が口元を吊り上げた。


「正解。流石は隊長様だ」


その後ろからさらに二人。合計三人。


どいつも同じ紋章を身につけている。葉級。開花衆の中堅戦力だった。


男は訓練生たちを見て笑った。


「へぇ。今日は運が良いな。隊長に副隊長。ついでに訓練生まで揃ってる」


刀を抜く。ギィン――鈍い音が響いた。


「お前らを倒せば、俺たちは蕾級になれる」


男が地面へ手を向けた。


「咲け」


次の瞬間、ドゴッ!! と地面が爆ぜる。


数十体の失花が這い出し、蒼真たちを取り囲んだ。葉級の男が満足そうに笑う。


「まずは挨拶代わりだ。楽しませてくれよ」


敵が抜き放った凶刃が鈍く光る。しかし、ポンはあくびを噛み殺すと、横に立つ大河を見上げて鼻で笑った。


「大河、手出すなよ。お前らでもやれるわ。訓練生、試させてもらうぜ」


ポンはそう言うと、悠然と木陰へ下がって座り込んだ。大河もまた、ニヤリと不敵に笑いながら、刀から手を離して腕組みをする。


「聞いたかお前ら! 最高の観客だ、とっとと片付けて見せろよ!」


失花たちが異様な咆哮を上げ、じりじりと距離を詰めてくる。殺気が渦巻く中、訓練生たちが身構えたその時だった。


「……下がっていろ」


静かな、だが拒絶を許さない声が響いた。


迅が前に出る。

その瞳は、眼前の数十体の失花ではなく、さらに奥に立つ三人の男たちを射抜いていた。


「お前らの出る番ではない。……視界の邪魔だ」


迅が鞘から刀を抜く。一閃――その瞬間、周囲の空気が凍りついた。


「華技・桜吹雪」


迅の姿が、一瞬で桜の花弁に溶け込んだかのように見えた。


無数の閃光が木立を舞う。それは暴力的なまでの美しさだった。失花たちが悲鳴を上げる暇すらない。一息ののちに迅が納刀すると、数十体の失花は、その全てが均一に切り裂かれ、塵となって森に消えていった。


「……っ!?」


葉級の男たちが顔色を変える。ポンが興味深そうに耳をピクリと動かし、ニヤリと口角を上げた。


「へぇ……なかなかやるじゃねぇか。あんな細っこい身体で、随分と切れ味のいい剣を振るうじゃねぇか」


褒め言葉と同時に、戦場に緊張が戻る。葉級の三人が武器を構え、本格的な殺意を向けた。


訓練生たちの間に、わずかな焦燥が走る。多勢に無勢、相手は百戦錬磨の開花衆だ。


その空気を切り裂くように、白石が静かに一歩前へ出た。彼女がゆっくりと刀の柄に手を添えると、その刃に清廉な薄紅色の光が宿る。


「……私たちが怯んでどうするの。ここで負けたら、何のためにここへ来たのよ」

彼女が刀を天へ掲げると、淡い光が周囲の四人を優しく包み込んでいく。


「華技・撫子の誓い」


光が身体に浸透するたび、訓練生たちの身体から疲労が抜け、感覚が研ぎ澄まされていく。

仲間たちを鼓舞し、その内に秘められた力を極限まで引き出すための、慈愛と加護の技。

四人の身体には戦うための揺るぎない力が漲っていた。


「準備はいい?」


白石の声に、蒼真も、湊も、迅も、それぞれの戦意を昂ぶらせる。


その様子を見て、ポンは満足げに目を細めた。

「ほぅ……芸の細かい援護だな。こいつら、思ったより面白くなりそうじゃねぇか」


木漏れ日の下、決戦の火蓋が切られようとしていた

風が吹く。


桜は舞い。


撫子は支える。


それぞれの花が少しずつ形になり始めた。


だが。


花が咲けば、必ずそれを摘み取ろうとする者も現れる。


山に現れた開花衆。


静かだった日々は終わりを告げる。


次に散るのは花か。


それとも――。


答えはまだ誰も知らない。

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