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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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7/14

芽吹く才能の兆し

夜が明け、演習場に冷たい空気が張り詰める。同期たちが華技の兆しを見せ、己の無力に苛まれる蒼真は、その焦燥を燃料に紅谷との手合わせへ臨む

「現時刻を以て、あなたたち四人の訓練を開始します」


あの天音紫月の宣告から、数日が経過していた。

四人が集められた黒い演習場で待っていたのは、それぞれ対応する華の属性を持つ三人の副隊長たちだった。


「選別で一撃を入れたからと、自惚れてもらっては困る。ここから先は、実戦で生き残るための最低条件を叩き込む」


薔薇隊副隊長、紅谷玲の冷たい声が演習場に響く。

その隣には、お淑やかな笑みを浮かべる撫子隊副隊長の藤咲撫奈。

そしてもう一人、静かに刀を携えて佇む桜隊副隊長、桜宮静の姿があった。


「うふふ、死なないように、一生懸命ついてきてくださいね?」


藤咲がふわりと微笑んだ瞬間、それぞれの華の適性に応じた個別訓練という名の地獄が幕を開けた。



「足元が疎かだ! それでは実戦なら足を失っているぞ!」


紅谷の理詰めの打撃が、蒼真の防御を強引に突き破って襲いかかる。

選別の時のように「気がついたら一撃を入れていた」などという奇跡は、二度と起きなかった。意識して動こうとすればするほど、紅谷の完璧な剣技の前に叩きのめされ、床を転がることになる。


「くっ、ああっ……!」


全身に強烈な激痛が走り、衣服は瞬く間に破れ、砂と汗に塗れていく。

それでも蒼真は歯を食いしばり、すぐに立ち上がって木刀を構え直した。


「だーれが止まるかよォッ!!」


同じ『薔薇』の適性を持つ紅谷に挑む湊は、重い打撃を何度も浴び、床に血を吐き出しながらも、獣のような不敵な笑みを浮かべて即座に跳ね起きる。

打たれるたびに、その体から渦巻く『薔薇』の闘気が赤く、より狂暴に燃え上がっていく。

紅谷は衣服の乱れを静かに整えながら、冷徹な瞳でその二人の薔薇を真っ直ぐに見据えていた。



一方、演習場の別の区画では、白石澪が同じ『撫子』の適性を持つ藤咲の前に立っていた。


「白石さん、右です。そこから三歩下がって左へ受け流してごらんなさい」


藤咲はいつも通りの上品な微笑みを崩さないまま、しなやかで残酷な速度で澪を打ち据えていく。

完璧な戦場掌握の才を持つ澪だったが、藤咲の捉えどころのない動きを前に、頭の処理が肉体の速度に追いつかない。


「くっ……!」


澪は悔しげに眼鏡のブリッジを押し上げながら、同じ華の先輩である藤咲の動線と攻撃の軌道を必死に分析し、そのステップを完全に制限しようと知略を巡らせる。

一撃こそ届かないものの、藤咲の放つ圧倒的な『撫子』の才をその身で浴びながら、澪の戦術はより鋭く研ぎ澄まされていった。



そして、一際激しい風の音が鳴り響く区画。


「ハッ!」


迅の木刀が、桜の嵐の如き鋭さで桜宮静の死角へと滑り込む。

極限まで鍛え上げられた技術と身体能力。ただそれだけが生み出す,圧倒的な超高速の踏み込み。

しかし、同じ『桜』の適性を持つ格上、桜宮の完璧な防御は崩れない。


パシィィン! と鋭い衝撃音が響き、迅の木刀が力任せに弾き飛ばされる。

あの幹部に一瞬で無力化された記憶が、迅の瞳に冷徹な焦燥を宿らせていた。


「速さはあるが、まだ線が細い。独りよがりの加速では、本物の壁は穿てんぞ」


桜宮の冷徹な指摘。

迅は呼吸を乱しながらも、手放した木刀を静かに拾い上げ、再び構えを正した。その瞳の奥には、絶対に負けられないという強い執念が宿っている。



「はい、そこまで」


天音の制止の声がかかり、その日のしごきがようやく終了した。



「……はぁ、マジで死ぬかと思ったわ」


訓練の後、本部の脱衣所で蒼真は重い溜息と共に破れた衣服を脱ぎ捨てた。

四人が案内されたのは、黒い岩で囲まれた大浴場だった。

湯気で真っ白に煙る室内には、かすかに硫黄の匂いと、戦いの疲れを癒やす心地よい熱気が満ちている。


ざば、と大きな音を立てて真っ先に湯船に飛び込んだのは湊だった。


「あ゛あ゛ーーーー……沁みるッ! あいつ、マジで容赦ねえな……!」


湊は首まで一気にお湯に浸かり、顔を真っ赤にしながら声を上げた。

体中に刻まれたアザに熱いお湯がピリピリと突き刺さる。


蒼真もそっと身体を沈め、ふぅ、と深い息を吐き出した。

湯船の縁に頭を預け、白く立ち上る湯気を見つめる。


「やべぇな、これ……。選別の時はたまたま一撃入ったけどさ。意識して動こうとすると、紅谷副隊長の木刀がどうしても見えないんだ」


「当たり前だろ」


少し離れた湯船の端で、月城迅が静かに湯に浸かっていた。

迅は目を閉じ、微動だにせず、鍛え上げられたその身体に熱を馴染ませている。

基本的には黙って二人の会話を聞き流しているが、その声音には隠しきれない冷徹な焦燥が混じっていた。


「副隊長たちの壁は厚い。……今の俺たちじゃ、足元にも及ばない」


迅のその短い言葉に、風呂場に一瞬の静寂が落ちる。


「へっ、だから面白いんじゃねえか。あのガチガチに張り付いたツラ、いつか絶対に向こうから崩してやるよ」


湊がニカッと獰猛な笑みを浮かべ、バシャリと湯面を叩いた。


「ああ。……次は、俺たちの番だからな」


蒼真も自分の拳を水面下で強く握りしめ、必死に焦りを押し殺す。

湯気の向こう側で、迅は何も言わずにただ一度だけ、小さく鼻を鳴らした。



しかし、そんな過酷な地獄の洗礼が何日も繰り返されるなかで、彼らの言葉は現実となり始めた。

大浴場での休息を終え、再び血を流すような日々に戻った演習場。その空気が少しずつ、確実に変わり始めたのだ。


最初に変化の兆しを見せたのは月城迅だった。

桜宮の容赦ない連撃の隙間を縫い、迅の纏う『桜』の闘気が一瞬だけ異質な密度で刃へと収束する。これまでとは明らかに次元の違う、空間を置き去りにするような太刀の軌道。


「……ほう」

桜宮が初めて、感嘆を含んだ声を漏らした。


続いて白石澪の周囲の空気が、まるで緻密な結界を張ったかのように歪む。

藤咲の踏み込みに対し、澪は自身の『撫子』の気配を特定の座標へと流し込み、目に見えない絡め手を構築してみせた。


「あら、もうコツを掴みかけているのですね」

藤咲の瞳の奥の冷徹さが、期待の光へと変わる。


さらには久我湊までもが、圧倒的な変化を見せる。

紅谷の重い一撃を真っ向から受け止めた瞬間、湊の体から噴き出す『薔薇』の闘気が爆発。

次の瞬間、湊の木刀の残像が無数に膨れ上がった。まるで暴風雨のように、木刀を凄まじい超高速で滅多打ちに振り下ろす。機関銃の如き怒涛の連撃が、紅谷の完璧な防御を一瞬だけ力任せに押し返した。


「……チッ、なるほどな」

紅谷が小さく舌を打ち、その獰猛な連撃を正面から受け止める。


それは、華守衆が誇る独自の戦闘術――『華技かぎ』が覚醒しつつある証拠だった。

同期たちが次々と自分の華の適性を引き出し、固有の技を掴みかけていく。


しかし、蒼真だけは違っていた。

何度木刀を振るっても、どれだけ紅谷に叩きのめされても、胸の奥の気配は静まり返ったままだ。

あの選別の瞬間に見せた理不尽な超スピードの感覚は、いくら掴もうとしても指の隙間から擦り抜けていく。


同期たちの急成長を目の当たりにし、一人取り残された蒼真の胸の奥には、焦燥感がじわじわと広がり始めていた。


「――またか」


蒼真の踏み込みが紅谷の懐へ肉薄した瞬間、紅谷はかつての選別の記憶を呼び起こされ、防戦の理が霧散する。


「……ん? この速さ……ッ」


紅谷は戦慄を殺し、副隊長としての威圧を込めて木刀を強く振り下ろした。


パァンと乾いた音を立て、蒼真の身体が力なく演習場の床を転がる。


「くそッ……!」


蒼真は泥を吐き出し、己の未熟さに地団駄を踏む。

紅谷は動揺を悟られぬよう冷徹に木刀を収め、背を向ける蒼真の姿を静かに見つめた。


(こいつの唐突に見せる強さは一体……。華技ですらない、あの違和感は何だ)

紅谷は張り付いたような仮面の裏で、蒼真の秘めた理外の力に疑念を深めていた。


男三人が熱い湯のなかで誓い合った言葉。

しかし、その華の火は、それぞれの形に変貌しながら、深く、強く燃え上がり始めていた。


蒼真たちの前には、まだ多くの試練が待っている。


そして。


静かに芽吹き始めた“華”もまた、その真価を問われることになるだろう。


次に花開くのは誰なのか。


その物語は、すでに動き始めている。

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