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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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6/14

這い寄る悪意

不合格者の絶望、そして謎の爆発。

突如として牙を剥いた「失花」に対し、月城迅の刃が一閃される。


しかし、その初陣の煙が晴れた先で、四人を待ち受けていたのはさらなる深淵だった。


華守衆の黒い羽織とは対極にある、禍々しい茨の紋様。

圧倒的な絶望を齎す、本物の悪意が姿を現す。

月城迅が刀を完全に鞘へ収めると同時に、怪異の肉体

塵となって消え去った。


演習場を満たしていた爆煙が、ゆっくりと引いていく。


「湊!!」


蒼真は我に返り、黒い石壁の根元まで吹き飛ばされた親友へと必死に駆け寄った。

湊は壁に背を預けたまま、苦しげに咳き込んで口元の血を拭う。胸元の衣服はヘドロによってボロボロに焼け焦げていた。


「おい、大丈夫か、湊……!」


「……へっ、あいつ、見た目より良い重さ持ってやがったぜ……」


湊は痛みに顔を歪めながらも、不敵な笑みを消していない。

その姿を見て、後から震える足で歩み寄ってきた白石澪が、声を詰まらせた。


「どうして……どうして私なんかを庇ったのですか。あの状況での割り込みは、あまりにも合理的ではないわ」


「あぁ? そんなの、身体が勝手に動いただけだろ。それに……」


湊はギラギラとした目で澪を見上げる。


「お前が死んだら、あの天音の言う『戦場掌握の才』ってやつが、うちの班から消えちまうだろ。それは面白くねえ」


「久我くん……」


澪が眼鏡の奥の瞳を揺らす。

その横で、失花を瞬殺した迅は、未だに油断なく周囲の気配を警戒し続けていた。


その瞬間。

破壊された天井の縁から、静かな拍手の音が響き渡った。


「素晴らしい。発芽級とは言え、一撃か……。一振りの無駄もなく怪異を切り捨てる、さすがは月城の血筋だね」


四人の全神経が、その音へと向けられる。

上の崩落した瓦礫の隙間に、いつの間にか一人の男が立っていた。

男の纏う衣服には、華守衆の黒い羽織とは対極にある、禍々しい茨の紋様が刻まれている。

その背後から立ち上る気配は、先ほどの失花とは比較にならないほど濃密で、圧倒的な『悪意』に満ちていた。


「何者だ……っ!」

迅が再び刀の柄に手をかける。


男は狂気的な笑みを浮かべ、音もなく瓦礫から演習場の中央へと飛び降りてきた。

その圧倒的な圧迫感に、蒼真は息を呑む。

開花衆の幹部。本物の大物がいま、目の前に立っていた。


「初めまして、華の苗木たち。私は開花衆が幹部。――」


「黙れ!」


迅が冷徹な闘気を爆発させ、弾丸のような超高速の踏み込みで男へと突撃した。

先ほど失花を瞬殺した、目にも留まらぬ一閃。

しかし。


「おっと、元気だね」


男は避ける素振りすら見せず、ただ片手を軽く一振りした。

それだけの動作で放たれた目に見えない衝撃が、迅の超高速を正面から完全に打ち砕いた。


ドンッ!!


「……っが、は!?」

激しい衝撃音が響き、迅の身体は防ぐ術もなく遥か後方へと吹き飛ばされた。

床を何度も激しく転がり、刀を手放して這いつくばる。あの天才である迅が、一瞬で無力化されたのだ。


「迅!」

蒼真が叫ぶ。


「さて、次は君の番かな?」

男の狂気的な視線が、今度は蒼真へと向けられた。

蛇に睨まれた蛙のように、全身の細胞が恐怖で凍りつく。それでも蒼真は歯を食いしばり、手にした刀を必死に構え直した。

戦いしかない。そう覚悟を決めて一歩を踏み出そうとした、その瞬間――。


風が裂けた。


「そこまでよ、開花衆」


上階の部屋から凄まじい速度で駆けつけた天音紫月が、蒼真の前に音もなく着地した。

その手にはすでに得物が握られており、いつもの柔らかな微笑みは完全に消え去っている。隊長としての圧倒的な殺圧が、演習場全体を支配した。


「へえ、撫子隊の隊長殿がお出まし。……でも、残念」


男は天音の放つ強烈な殺気を浴びながらも、つまらなそうに肩をすくめた。


「私はそこの苗木たちを見に来ただけ。今のあなたたち隊長(大人)には、これっぽっちも興味がないんだよね」


男はそれだけ言うと、懐から取り出した不気味な種子を足元に叩きつけた。

直後、赤黒い霧が爆発的に広がり、一瞬にして周囲の視界を奪う。


「待ちなさい!」

天音の鋭い声と共に、一瞬で霧が切り裂かれたが、そこにはもう男の姿はなかった。



「……チッ、逃げ足だけは一級品ね」


天音は静かに得物を収め、重い溜息を吐き出した。

霧が完全に晴れ、演習場には静寂が戻る。蒼真は安堵から膝を突きそうになるのを堪え、ようやく口を開いた。


「天音さん……今の、は……」


「ええ。あれがあなたたちの華を狙う、本物の『開花衆かいかしゅう』よ」


天音が振り返る。その顔には冷徹な影が残っていた。

すると、痛む身体を支えながら立ち上がった白石澪が、眼鏡のブリッジを押し上げながら天音に質問を投げかける。


「天音隊長。あの男、去り際に先ほどの失花を『発芽級』と呼んでいましたが……」


「気づいたのね、白石さん」

天音は短く頷き、四人を見渡した。


「そうよ。奴ら開花衆の勢力には、明確な階級が存在するわ。失花、あるいは開花衆そのものの実力を示す四つの段階。

発芽はつが

つぼみ

そして頂点たる『はな』。

今回の失花は、その中で最も低い発芽級に過ぎなかったというわけ」


天音の一言に、演習場に重苦しい緊張が走る。

最も低い階級の化け物を前にして、自分たちはなす術もなく、個別で吹き飛ばされたのだ。

そして、その天才である迅すら一瞬で一蹴したあの男は、さらにその上の階級にいる。


「……上等じゃねえか。やってやるよ」

湊が不敵に笑うが、その拳は悔しさに震えていた。迅もまた、冷たい目で床を見つめたまま立ち上がる。



それから、数日の時が流れた。


本部の救護室で治療を受け、四人の身体がようやく動くまでに回復した、ある朝のこと。


「――現時刻を以て、あなたたち四人の訓練を開始します」


再び集められた演習場で、天音の凛とした声が響き渡った。


実戦の恐怖、格上の絶望。それらをすべて刻み込んだ四人の目は、選別の時とは明らかに変わっていた。

自分たちの華を枯らさないために。あの理不尽な絶望を次こそ打ち砕くために。

地獄のような日々の幕開けに、四人はそれぞれの刀を強く握り締め、真っ直ぐに前を見据えるのだった。

開花衆が幹部の一蹴により、天才たる迅すらなす術なく膝を屈した。


明かされた四つの階級――「発芽」「葉」「蕾」「花」。

自分たちが立ち向かうべき敵の巨大さと、己の圧倒的な無力さを、四人はその身で、恐怖と共に刻みつけられる。


それから数日。傷が癒えた苗木たちの瞳には、選別の時とは違う火が灯っていた。

地獄の訓練の幕開けと共に、物語はここからさらに加速していく。

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