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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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10/14

綻びの分析

戦場を駆け、命を賭して華技を振るった訓練生たち。彼らが守り抜いた日常の裏側には、常に死の香りが漂っている。

花守衆本部、隊長室


激戦の泥を落とさないまま、大河、ポン、そして四名の訓練生が居並ぶ。


重厚な空気の中、撫子隊隊長・天音紫月が扇子を閉じた。


「報告を。今回の任務、状況は?」


沈黙の中、一歩前に出たのは白石だった。彼女は背筋を伸ばし、淡々と、しかし簡潔に事の次第を告げる。


「報告します。管轄区域にて葉級の開花衆と接触、および交戦。結果、敵は討伐完了しました」


白石の報告に、東雲玲司がわずかに目を細める。

「討伐完了か。被害は?」


「訓練生四名に負傷はありません。ですが……」


白石は一瞬、隣の蒼真を横目で見やり、再び天音へと視線を戻した。


「開花衆側には『幹部』と思われる個体を確認。敵は我らの戦術を即座に見抜き、戦場を書き換える異常な能力を所持していました。……不甲斐ないことに、我々の力不足により、その幹部は取り逃がしています」


隊長室に冷たい静寂が流れる。


窓際で腕を組んでいた桜隊の月城夜一が、低く唸った。

「戦場の書き換え……か。面倒な手札を切ってきたな」


「ええ。ですが、奴らは蓮隊の隊長と副隊長によって深手を負わされたはずです」


白石が補足し、場は一転して大河とポンへの詰問へと移る。


「……大河。無事の帰還は喜ぶべきだけど、話が違うわ」


天音の静かな声が響く。

彼女の鋭い視線は、大河の隣で不貞腐れているポンへと注がれた。


「規律はどうなっているの? なぜ、謹慎中の副隊長がここにいる」


「ガハハ! 天音、そう固いこと言うな! 奴がいないと戦場が締まらねぇんだよ!」


大河が苦笑いで弁明する。

横でポンがだるそうに肩をすくめた。

「俺に聞くなよ。この隊長が俺の首輪を外さねぇからこうなったんだ」


東雲が眉をひそめ、夜一は「やれやれ」と肩をすくめる。

天音は一つ溜息をつき、ポンを見据えた。


「……やむを得ないわね。今回の失花の件、事態は深刻よ。戦力は一人でも多い方がいいわ」


天音はポンを値踏みするように見つめ、条件を突きつける。


「副隊長の謹慎は解くわ。その代わり、あなたにはこの訓練生たちの『見守り』を課す。実戦における彼らの護衛と、状況判断のサポート……これ以上の独断は認めないわよ」


「……隊長の部下どもの守り役か。面白くもねぇが、まあ退屈しのぎにはなるな」


ポンが吐き捨てるように言い、天音は頷くと、蒼真たち訓練生へ視線を移した。


「今回の報告は受理する。……あなたたちには初任務を言い渡す。今日から蒼真、湊、迅、白石の四名を『基本固定班』とし、管轄内の見回り活動を命ずる。……副隊長、貴様もその班に同行しなさい」


大河が二刀を背負い、訓練生たちを見渡す。

「聞いたな、ガキども。今日からお前らは四人一組だ。……と、面倒見の悪い副隊長付きだ」

「副隊長とか呼ぶな、ガラじゃねぇ」


ポンがボソリと吐き捨て、蒼真の隣へと歩み寄る。


「これからよろしくな。……足手まといは、俺が先に噛み殺すからよ」


毒を含んだポンの言葉に、蒼真は怯むことなく視線を返す。

四人の隊長が見守る中、花守衆の次なる任務が、静かに動き出していた。


隊長室の重厚な扉が閉まり、背後で大河とポンの声が遮断される。


廊下に出た途端、それまで張り詰めていた空気がふっと緩んだ。


湊は廊下の壁に背中を預け、大きな欠伸を噛み殺しながら蒼真の肩をガシッと掴んだ。


「……はぁ、マジで疲れた。報告とかマジで勘弁してほしいわ。じゃあ蒼真、寮いこうぜー!」


「おい、ちょっと待てって。まだ着替えも……」


「そんなの寮でやればいいだろ! 負けた方が明日の朝飯のパンな!」


そう言うと、湊は蒼真の返事も聞かずに中庭へと続く階段を駆け下りていく。


「……ったく、あいつは本当に。」


迅が呆れたように小さく溜息をつき、それでもその表情には微かな笑みが浮かんでいる。白石も、さっきまでの張り詰めた空気を振り払うように制服の裾を整え、迅の横に並んだ。


「まあ、いいんじゃない? 明日からはあの厄介な副隊長付きの任務だし、今のうちに好きなだけ騒いでおきなさいよ。」


「……そうだな。明日からは、まともに眠れる保証もない。」


二人は互いに顔を見合わせ、歩調を合わせて寮への道を歩き出す。


夕暮れに染まる本部の中庭。


駆け抜けていく湊と蒼真の足音と、遠ざかっていく二人の笑い声が、風に乗って静かに響く。


その平和な廊下と、閉ざされた隊長室。


花守衆が守る日常の裏側で、四人の運命はこれからも、静かだが着実に、不穏な綻びへと近づいていく。



隊長室の重い扉が閉まり、廊下からの足音が完全に消え去ると、部屋の空気は一瞬で戦場のような殺伐としたものに切り替わった。


ポンは机の上に投げ出していた足を下ろし、首を鳴らす。その喉の奥からは、犬特有の低く唸るような音が漏れていた。大河は相変わらずの大股でデスクに歩み寄ると、地図を乱暴に広げた。


「ガハハ! それにしても今日の戦場は歯ごたえがあったぜ! 俺の二刀も血が騒いでたよ!」


大河が豪快に笑い飛ばす中、窓際で腕を組んでいた桜隊の月城夜一が、冷ややかな視線を地図に落とす。


「……甘いな、大河。貴様の能天気さが、時として部下の命取りになることを忘れるな」


夜一の視線がふと、部屋の影へと向けられる。

それは実の息子である迅への、父親としてではなく、あくまで隊長としての「値踏み」の眼差しだった。


「被害報告は白石の言った通りだ。だが、迅……あいつの戦いぶりはまだ軽すぎる。窮地に陥った時の判断速度、あとコンマ数秒足りん。……あんな甘ったれた動きで、次は幹部を討ち取れると思っているのか」


続いて、部屋の奥で静かに佇んでいた薔薇隊の東雲玲司が、冷徹な視線を一行に投げた。


「……親バカな部分を隠そうと必死だな、夜一。だが、お前の言う通りだ。あの子らを生かして帰したのは開花衆の罠。成長の『試金石』にするには、あの子たちの覚悟はまだ脆弱すぎる」


天音紫月が扇子を広げ、地図の一点を指した。その声は氷のように冷たい。


「罠よ。蒼真は本能で動いているだけ。湊は連携の要としては悪くないけれど、個の強さが足りない。白石の観察眼だけが唯一、あのようなイレギュラーな戦場で我々の役に立ったわ」


「だから見守り役、か」


ポンは窓際へ移動し、外の闇を鼻で嗅ぐようにして見下ろした。その瞳には、すでに獲物を追い詰める野獣の光が宿っている。


「俺に護衛をさせたのは、あの子らが死なないためじゃねぇ。あの子らが『何を守り、何を捨てて、どんな花を咲かせるか』……その成長過程を間近で嗅ぎ回り、報告するためだろ」


「その通りよ、副隊長。嗅ぎ回るのが貴様の得意分野だからな」


天音が扇子でポンを指す。


「私たちはあの子たちを育てる一方で、いつか来る『綻び』に備えなければならない。それが、この残酷な戦場における私たちの義務だわ」


「……随分と遠回りなやり方だな」


大河が背筋を伸ばし、額の汗を拭う。


「だが、やるしかないな。ガキどもに不穏な影を近付けさせず、かつ最大限に力を引き出す。……開花衆の連中を巣ごと焼き払うために、必要な『餌』を太らせてやるか。ガハハ!」


大河はあくまで豪快に笑う。その姿は、脳まで筋肉でできているかのように単純で、それでいて、何者にも屈しない恐ろしさを秘めていた。


「餌、ね……。俺が一番近くで、一番厳しく嗅ぎ回ってやるよ。迅の奴にも、親父殿の期待を裏切るようなヘマはさせねぇさ」


ポンは鋭い牙を覗かせ、ニヤリと笑った。


隊長室の明かりが、静かに、そして禍々しく揺れる。花守衆の頂点に立つ四人は、訓練生たちの明るい笑い声を背に、その裏側で血塗られた次なる戦略を練り始めていた。

報告書に記された数字と記録。その冷徹な文字の羅列の裏で、訓練生たちの未来は大人たちの掌の上で転がされている。

彼らを守るための「見守り」は、同時に彼らを標的へと変えるための呪縛でもある。

若き花びらが散るのを待つか、それとも嵐を呼ぶか。

戦火の果てに何が咲くのか

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