プロローグー庭に沈む残滓ー
「選別」という言葉で片付けるには、あまりにも残酷な道がある。
彼らは明日の輝かしい初陣を夢見て、地図に記された「目的地」をその胸に抱く。
だが、その足元に眠っているのは、かつてこの組織が切り捨てた過去の罪と、癒えぬまま腐敗した欠陥の澱だ。
子供たちの無知という名の盾は、果たして、その庭で何を防ぐのだろうか。
「次の任務先、彼らに割り振るなら『旧市街の緑地公園』が良いでしょう」
天音紫月が資料を机に置き、他の隊長たちを見渡した。大河は短く頷き、地図を広げる。
「ああ。報告書には『葉級』の個体が出現するとの記載があるが、精々が掃討対象の雑兵だ。まあ、万が一出たとしても、あいつらなら負けはしねぇだろ」
天音は窓の外に視線を流す。そこには、明日からの初任務に向けて装備を確認する迅たちの姿があった。
彼女は指揮官として、今回の区域の情報を整理する。
「……あそこは、かつてあなたが一般隊員だった頃の花守衆の支部ね。撤退の際に処理しきれなかった『失花』の残滓が、未だに深く沈殿しているわ」
天音は扇子を閉じ、静かに告げた。
「指示は私が伝えておく。迅たちには、葉級の掃討だけを命じればいいわ」
その会話の端で、ポンは鼻を鳴らし、影の中へと姿を消した。彼の向かう先は、訓練生たちが集う宿舎。
そこには、これから訪れる事態など露ほども知らない、蒼真や白石たちの屈託のない声が響いている。
隊長室に冷たい風が吹き込む。
指揮官の采配と、訓練生たちの期待が交差する
「初任務」
その幕は、静かに、だが確実に上がろうとしていた。
隊長室を出たポンは、爪を床に鳴らしながら宿舎の廊下を歩く。
獣特有の鋭敏な聴覚が、部屋の奥から漏れ聞こえる若者たちの熱気を拾い上げていた。
ポンが鼻先で扉を押し開けると、部屋の空気が一瞬で引き締まる。四人の訓練生たちが揃って背筋を正した。
「……お、お疲れ様です!」
蒼真が代表するように声を張り上げる。ポンは手元の端末を、器用に前足で彼らの足元へ滑らせた。迅がそれを拾い上げ、画面を表示させる。
「貴様らに割り振られた初任務の場所だ」
迅が画面を凝視し、小さく息を呑む。その後ろから白石たちが覗き込み、地図上の表示を確認した。
「旧市街の……緑地公園? 任務地が、公園なんですか」
「そうだ。報告じゃ『葉級』の個体が数体、徘徊しているらしい」
ポンは低く唸るような声で告げると、四人の顔をじろりと見回した。
彼らはここがかつて何であったかなど知る由もない。
ただ、目の前の任務が「葉級の掃討」であるという事実に、武者震いにも似た高揚感を滲ませている。
「雑兵相手の掃討だ。……まあ、お前たちなら無様に食い殺されることはあるまいよ」
ポンはそれだけ言い残すと、尻尾を揺らすこともなく踵を返した。背後から「了解しました!」と力強い返事が響く。
その純粋な響きを聞きながら、ポンは廊下の闇へと消えていく。
明日の朝、彼らが踏み出すのは、大人たちが指定した「ただの緑地公園」
そこがかつて何を隠し、今なお何を孕んでいるのかを確かめるのは、まだ少し先の話だ。
輝かしい初陣の裏側で、指揮官たちはかつての支部を戦場へと選定する。
訓練生たちが足を踏み入れるのは、葉級を討つ緑豊かな公園か、それとも予期せぬ「失花」が潜む過去の亡霊か。
獣の眼差しが、彼らの背中を追い続ける。




