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華戦記  作者: ネザボ
綻びの園

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12/14

絆の花弁

廃公園に眠る廃支部。


そこに巣食う葉級と失花の群れ。


四人の訓練生たちは、新たな任務の中で再び刃を交える。


仲間との絆。


そして己の華。


その全てが試される戦いが、今始まる。

本部を出た四人の訓練生たちは、かつての支部である旧市街の緑地公園へと足を踏み入れていた。


高い鉄柵に囲まれたその公園は、街灯の多くが割れ、蔦が複雑に絡み合って日光を遮っている。


「……随分と荒れているな」


迅は淡々とした口調でそう呟くと、迷いのない足取りで公園の奥へ進んでいく。その瞳には感情の波がなく、眼前の脅威をただの「排除すべき対象」としか見ていないような、研ぎ澄まされた静けさが宿っていた。


その隣で、白石が鼻筋にかかる眼鏡のフレームを指先でくいと押し上げる。彼女の冷徹な観察眼は、ただの廃墟と化した公園の違和感を、獲物を探す獣のように追っていた。


「放置されてから随分と経つわね。……視界の悪い場所が多い。葉級の温床になっているのは間違いなさそうよ」


そんな中、公園の広場中央に、周囲の木々とは異質なほど太く、異様な存在感を放つ巨木が一本だけ立っているのが目に入った。


「うわっ、なんだこれ。デケェなこの木!」


湊が能天気に笑いながら、その巨木の幹にぺたりと手を触れた。


瞬間――大地が震え、地底から脈動するような鈍い音が響き渡る。


「湊、離れろ!」


迅の警告よりも早く、巨木の根元がうねり、土が波打つように盛り上がっていく。それはまるで、眠っていた植物の神経網が覚醒したかのような動きだった。


地面が大きく裂け、四人は抗う間もなく闇の底へと飲み込まれた。


地下拠点へ叩きつけられた四人の前には、無数の「失花」が蠢き、中央には巨大な「葉級」が待ち構えていた。


「……罠ね。それも、私達を葬るには上等すぎる罠だわ」

白石が静かに瞳を閉じ、眼鏡の奥で碧い光を宿す。

「……やるしか無いわね。行くわよ!」


彼女が地面を力強く踏み込むと、舞い上がる撫子の花びらが四人を包み込み、全身に漲る力が底上げされていく。


「――華技・撫子の誓い!」


この加護を受け、迅と湊は呼吸を合わせ、同時に前へ出た。


「――華技・桜吹雪!」

「――華技・薔薇の舞!」


迅が振るう刃は、桜の花弁の嵐となって周囲を埋め尽くす。

湊が繰り出す剣筋は、紅い薔薇の棘となって空間を縫うように駆け巡る。


二人の技が交差した瞬間、四人を取り囲んでいた無数の「失花」たちは、その華やかな奔流に飲み込まれ、断末魔を上げる間もなく跡形もなく切り刻まれて消滅した。

地下空間から雑音が消え、静寂が訪れる。


しかし、その中央に鎮座する巨大な葉級は、雑兵が消えたことなど意に介さぬ様子で、悠然と佇んでいた。


葉級が余裕綽々と蔦の鞭を頭上高く振り上げ、大地を割る勢いで縦へと振り下ろした。


「――ッ!」


迅、湊、白石の三人が瞬時に左右へ跳び、紙一重で死の旋風をやり過ごす。風圧だけで肌が切れそうになるほどの凄まじい膂力だ。


着地するや否や、三人はすぐさま反撃に移る。


迅が桜の刃を、湊が紅き棘の連撃を叩き込み、白石は敵の動きを読み取って援護する。


しかし、どれほど華麗な技を重ねようとも、葉級の強固な表皮には傷一つ付かない。


三人は次々と繰り出される蔦の猛攻を回避することだけで手一杯となり、完全に攻め手を失っていた。


「おいおい、どうした? そんな柔らかい華の刃で、俺様を倒せると思っているのか!」


葉級が嘲笑い、巨大な蔦を再び振りかぶる。三人の攻撃をまるで蚊に刺されたかのようにあしらい、余裕の笑みを崩さない。


その直後だった。


回避しきれなかった最後の一撃が地面を叩き、その衝撃波が、後方で体勢を立て直そうとしていた蒼真の身体を容赦なく吹き飛ばした。


「蒼真ッ!」


湊の叫びが虚しく響く。


蒼真は無様に背中から瓦礫の山へと叩きつけられ、土埃の中で地面を転がった。


(ぐっ……避け損ねた……っ!)


全身を走る激痛に視界が揺れる。同期の三人と比較して、蒼真の身体能力はあまりに劣っていた。


だが、意識が朦朧とする中で、叩きつけられたその場所――壁際でひび割れた地中の奥底に、蒼真は「それ」を見た。


壁面の瓦礫が砕けたことで露わになった、葉級の根から伸びる微細な脈動。


旧時代の遺物であるこの廃墟システムに絡みつくようにして、瘴気を吸い上げる「枯れ木」のような部分がある。そこだけが、異様に脆く変質していた。


(……見つけた……)


蒼真は激痛を堪えて立ち上がり、その脆い幹に向かって、手持ちの剣を力任せに突き立てた。


バキリ、と乾いた音が地下に響く。


「――ぐぅぅっ!? な、何しやがった……!?」


葉級の余裕に満ちた声が、一転して苦悶の叫びに変わる。


強固だった装甲が急速に剥がれ落ち、本体が萎んでいく。湊たちがどれだけ攻撃しても傷つかなかった巨体が、蒼真の一撃で初めて歪な形に揺らいだ。


「よくやった、蒼真!」


湊の叫びが響く。瓦礫の中にいた蒼真のファインプレーを見て、即座に戦場の空気が変わった。


「好機だ、白石! 奴の心臓部はどこだ!」


迅の鋭い問いかけに、白石が即座に反応する。舞い散る瓦礫と飛び交う蔦の合間を縫い、彼女は敵の深層を冷静に見極めていた。


「そこよ、迅! 剥がれた装甲の真下、瘴気が逆流しているその一点が、奴の心臓部!」


白石が鋭く指し示す。その言葉は、まるで指揮官の号令のように戦場を支配した。


「ああ。……二人で、刻み込むぞ」


迅と湊が、互いの剣を交差させる。


彼らが呼吸を完全に合わせることは、これまで一度もなかった。しかし今、白石の導きと蒼真が切り開いた道、そして二人の中に宿る華の力が呼応し、未知の熱量を帯びて爆発的に膨れ上がる。


「「――合華・枝垂れ薔薇!」」


迅と湊の叫びと共に、二つの華の力が空中で渾然一体となった。


迅の放つ無数の桜花が空中で巨大な枝垂れ桜の如き天蓋を形作り、湊の放つ無数の棘が、その花弁の雨に重なるようにして重力を伴った奔流となって降り注いだ。


上空から滴り落ちる、死の美しさを纏った光の雨。


白石が特定した一点を逃さず、その「枝垂れ」が容赦なく降り注ぐ。


「ぎ、ぎぎぎ……あぁぁぁぁっ!?」


逃げ場を失った葉級の核心に、その無数の光の棘が突き刺さる。


上から下へと貫かれた葉級の巨体は、断末魔の叫びと共に地響きを立てて崩れ落ちた。枝垂れ桜のように舞い散る花弁が、地下空間を赤く染め上げていく。


静寂が戻った地下空間で、湊と迅が肩で息をつきながら剣を収める。


「……信じられない。あの連携、どうしてあんなに呼吸が合ったの?」


白石が感嘆の声を上げ、二人の元へ駆け寄る。


戦術眼に優れた彼女から見ても、あの瞬間の呼吸の一致は常軌を逸していた。


迅は少しだけ照れくさそうに頭をかき、隣に立つ湊を見る。湊はニカっと笑い、まるで自慢げに肩を組んだ。


「実はなぁ……!」


湊の声が弾む。二人は顔を見合わせ、まるで秘密を共有するように笑った


記憶は、あの過酷な選抜訓練の最中へと遡る。


当時、湊は自分の華をどう扱えばいいか模索し、自分の棘の軌道をどう描くか悩んでいた。そんな時、訓練場で迅が放つ『枝垂れ桜』の優美かつ一点に降り注ぐ剣技を目の当たりにしたのだ。


「なぁ迅、お前のその技、上から叩きつける時の花弁の散り方……俺の薔薇の棘と似てねぇか?」


「は? 桜と薔薇だぞ。根本からして違うだろう」


「いや、見てろよ!」


湊はその場で自分の棘を広げ、迅の桜の軌道を模倣するように突き上げた。最初は不格好だったが、何度も繰り返すうちに、互いの華が共鳴し合う感覚を掴んでいった。


「お前の技をベースに、俺の棘を絡ませれば……もっと強烈な『雨』を降らせられるんじゃないか?」


その日、湊は自分の棘を迅の桜の軌道に重ねるように突き上げた。最初は不格好な衝突だった。

だが、繰り返すうちに二人の華は呼応し、互いを引き寄せ始めた。


あの時の感覚が、今の極限状態の中で鮮やかに蘇ったのだ。


湊の意識が戦場の喧騒へと引き戻される。


「あの時の訓練で、互いの華が『呼び合う』感覚は掴んでたんだ。今日はそれを実践しただけさ!」


湊の言葉に、白石は「そんな危ない賭けを……」と呆れつつも、その表情には微かな笑みが浮かぶ。


「無茶苦茶だ。だが、その無茶が功を奏したということか」


迅の冷徹な口調にも、先ほどまでの張り詰めた緊張感は消え去っていた。


三人が互いを認め合い、絆を深める中、瓦礫の山からようやく這い出した蒼真が、泥だらけの顔で彼らを見上げる。


その背中を見て、三人の空気がさらに和らぐ。


蒼真という「綻び」を見つける仲間がいたからこそ、奇跡は起きたのだ。


泥臭い一歩が、彼らの関係を、そして戦場を確かに変えていた。

――ゴゴゴゴゴ……ッ!

安堵したのも束の間、地下空間全体を揺るがす地鳴りが響き渡った。巨大な葉級を討ち倒したことで、この空間を支えていたねっこが急速に崩壊を始めたのだ。


「まずい、ここが潰れるぞ!」


迅の鋭い叫びと共に、天井から無数の岩塊が降り注ぐ。四人は勝利の余韻に浸る暇もなく、崩れゆく瓦礫を縫って出口へと駆け出した。


岩肌を削り、泥だらけの体を押し出して地上へと転がり出る。背後で地下空間が完全に塞がった轟音が響いた直後、四人は荒い息を吐きながら立ち上がった。


「……死ぬかと思った……」


湊が地面に大の字になろうとした、その時だった。


崩落した地下への入り口を塞ぐように、小さな影がちょこんと座り込んでいるのが目に入った。

「――おや、お疲れ様。随分と派手な幕切れだったね」


聞き慣れたその声に、四人は同時に顔を上げた。


そこにいたのは、彼らの連絡役を務めるポンだった。いつも通りの飄々とした態度だが、その瞳だけは今までにないほど鋭く光っている。


「ポン? なんでこんなところに……」


蒼真が息を整えながら問いかけると、ポンは立ち上がり、一行の顔を一人ずつ見回した。


「お前らがここで『葉級』を処理している間にね、事態は少しばかり複雑になってんだよ」


ポンは少しだけ間を置き、深刻な面持ちで告げた。


「本部が襲撃を受けた。……今、この瞬間も、戦いは続いている」


その一言に、先ほどまで共有していた勝利の達成感が、凍りつくような緊張感へと塗り替えられた。

安息の地など最初からなかったのだと、彼らは理解する。


四人は無言で顔を見合わせ、再び剣を手に取った。

踏み出した先には、さらなる過酷な戦場が待っている。

葉級は討たれた。


四つの華は確かに一つとなり、勝利を掴んだ。


だが。


戦いは終わっていない。


失花の増加。


蠢く開花衆。


そして――本部襲撃。


誰かが動いている。


誰かが花を狂わせている。


安息の時は短い。


咲き誇る華の先に待つのは希望か、それとも絶望か。


次なる戦場は、本部。


新たな脅威が、静かに牙を研いでいた。

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