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華戦記  作者: ネザボ
綻びの園

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13/14

綻びた静寂

葉級を討ち果たし、地上へ生還した四人。


だが、束の間の勝利を噛み締める暇すら与えられなかった。


戦火は既に、本部へと及んでいた。


蠢く開花衆。


増え続ける失花。


そして、静かに動き出す新たな脅威。


守るべき場所を奪わせはしない。


花守隊の戦いは、今、新たな局面を迎える。


「本部が……襲撃だと!?」


迅の問いかけに、ポンは地を蹴って跳ね上がった。

その身体からは蓮隊特有の滾るような熱気が放たれているが、その瞳には戦況を見極める冷静な光が宿っている。

副隊長としての研ぎ澄まされた感覚は、遠く本部から流れてくる不穏な気配を捉え、一切の迷いを排して四人を鼓舞した。


「ああ。お前たちがここで『葉級』と遊んでいる間に、俺は本部へ戻ろうとしていたんだ。……だが、道中で鼻を突く嫌な臭いがしてな。腐った瘴気と、見知らぬ血の匂いだ」


ポンは語気を荒らげることなく、淡々と、しかし抑えきれない怒りを込めて続ける。


「本部に行ってみりゃ、防壁のあちこちから『開花衆』がいっぱい出てきやがってな…奴ら、平然と本部に来やがった。……ただ、俺一人じゃ数が多すぎてな。それに、お前たちがまだ外にいる。俺がここで無駄死にしても状況は好転しねぇ。お前たちを回収して、すぐさま本部にぶち込むのが最善だと判断して戻ってきた次第だ」


ポンは鋭い牙を隠し、戦場を見据える。


「特に厄介なのは『蕾級』だ。この前、戦場で辛くも逃がしてしまったあの野郎の臭いがする。……だが、それだけじゃない。もう一つ、同じように悍ましく、甘ったるい臭いがしやがる。まだ姿こそ現していないが、あいつらがこの襲撃の指揮を執っているのは確実だ」


「待てよ、隊長達はどうしたんだ!?」


湊が声を荒らげる。ポンはわずかに眉をひそめ、冷静に現実を告げた。


「……それがダメなんだ。他の隊長たちは全員揃って遠征中でな。今、本部に残っているのは撫子隊の天音隊長だけだ。天音隊長が指揮を執り、今は各隊の副隊長や隊員たちが総出で応戦している状況だが、それでも敵の波が止まらないんだよ」


白石が地図に視線を落とし、唇を噛む。

彼女の戦術眼が、本部の悲惨な現状をありありと描き出していた。援軍を待つ猶予も、作戦を練る時間も残されていない。


「ここから本部までは、全速力で駆けても一時間はかかる」


迅は地図の印と、遠くに見える本部の方角を交互に見る。静寂が支配する戦場跡で、迅は深く息を吐き出すと、迷いのない声で告げた。


「……全速力で駆け抜ける。休憩なしだ」


「おう、それがいい。俺もまだ熱い火が残ってるが、頭は冷えてるぜ。やってやろうぜ!」


湊が不敵に笑う。


蒼真もまた、泥を拭い去り、決意を込めた眼差しで前を見据えた。


「俺も行きます。……今度こそ、あの野郎に借りを返してやる」


その言葉に、迅は小さく頷く。


崩れゆく過去を背にし、四人は再び走り出した。向かう先は、戦火に包まれつつある本部。


彼らを待ち受けるのは、未知の侵入者か、あるいはさらなる絶望か。


戦火は、彼らの決意をあざ笑うかのように、空を赤く染め上げていた。



本部の戦場は、もはや要塞ではなく死地と化していた。

空は異質な瘴気に塗りつぶされ、本来の月光を奪い去っている。


防壁の各所には無数の亀裂が走り、そこから『開花衆』の中でも特に脆弱な個体である『失花』が、これでもかとばかりに溢れ出していた。


防壁の周囲は失花で埋め尽くされ、隊員たちの足場を奪うほどの密度で、どこを見渡しても灰色の群れがうごめいている。


「……第3防衛班、持ちこたえろ! 術式の充填が追いつかないなら、物理的な障壁で隙間を塞げ!」


天音の凛とした声が響く。

彼女は防衛線の中央で光を操り、一点突破を試みる群れを薙ぎ払っていた。

その傍らには、過酷な戦場で泥と血に塗れた副隊長たちが、必死の防衛線を構築している。


「天音隊長、防壁の東側が突破されました! 失花の数が多すぎて、切り払っても切り払っても終わりません!」


報告に頷く間もなく、薔薇隊副隊長・紅谷玲が、愛剣を素早く振るって押し寄せる波を叩き斬る。

彼は常に周囲を冷静に見渡し、一切の感情を排した声で応じた。

「……東の防壁、処理中。数が多すぎる。掃討しても掃討しても、際限なく湧いてくるな……不愉快極まりない。これ以上、この陣をその腐った花弁で汚させはしない」


紅谷が戦場を静寂で支配する傍らで、桜宮静が戦場に不気味なほどの「凪」を作り出していた。


彼はボサボサの髪を揺らし、獲物を捕らえるような眼光で、次々と失花を剣の柄で殴り倒している。


「……あまり騒ぐな。数ばかり多くて……処理するだけで疲れるんだ。……少し黙っていろ、眠気が来る」


桜宮はあくびを噛み殺すと、死んだ魚のような目で敵を睨みつけ、無駄のない動きで失花の群れを止め続けている。その静かなる圧迫感は、仲間すら近づくのを躊躇うほどだ。


そのすぐ側で、撫子隊副隊長・藤咲撫奈が、優雅な足取りで疲れ果てた隊員たちの前へと躍り出た。彼女は常に口元に温和な微笑を浮かべているが、その瞳の奥には氷のような冷徹さが宿っている。


「皆さん、少し下がっていて。こんなに数ばかり多くて、皆さんも疲弊してしまいますわね。あとは私たちが引き受けますから、さあ、あちらでゆっくりお休みくださいな」


彼女が振るう刃は撫子のように美しく、次々と失花を間引いていく。誰よりも効率的かつ冷静に、失花の海を掃討していくその姿は、隊員たちの安堵を誘いつつも、敵にとっては死神の舞であった。


戦況は依然として膠着状態に近い。天音は鋭い眼光を戦場全体へ向け、即座に次なる手を打つ。


「報告組、各防衛地点の状況を把握! 他の隊長および派遣に出ている全隊員に緊急招集の信号を送って! 一刻も早く戦線を立て直すわ!」


天音の指揮のもと、副隊長たちは死力を尽くして防衛線を死守する。


その一方で、戦場の死角に潜む二つの影――『蕾級』の二人は、その惨状を愉悦に満ちた表情で見つめていた。

「……見ろ、あの蠢く花弁の海を」


甘美な毒を孕んだ声が響く。


「我々の力を開花衆に示す時だ。華を絶やすな……根こそぎ、焼き払え!」


「「「……御意。」」」


三つの影は音もなく戦場へと踏み出し、蹂躙の時を告げるように、天音たちの防衛線へと向かって加速した。


防衛線の要である副隊長たちが死力を尽くす中、新たなる脅威が確実に、その冷酷な爪を彼らに向けていた。


最初の影が、圧倒的な速度で紅谷の懐へ飛び込む。


「……静寂を愛するお前に、死の恐怖を教えてやる」


対して紅谷は一歩も引かず、愛剣を構えて冷たく吐き捨てた。


「……無粋な奴め。その首、切り落として静寂に戻してやる」


二番目の影が、桜宮の凪を切り裂くように重い一撃を叩き込む。

「……随分と気怠げだな。その怠惰な瞳を、絶望で染め上げてやるよ」

桜宮はあくびを噛み殺し、死んだ魚のような目で敵を睨む。


「……ああ、うるさいな。……お前で最後にしてやるから、さっさと消えろ」


そして三番目の影が、優雅に舞う藤咲の進路を遮り、凶刃を突き出す。


「……綺麗な踊りだ。だが、その華も今日で散りゆく運命よ」


藤咲は氷のような微笑を深め、優雅に刃を翻す。


「あら、お褒めいただき光栄ですわ。……でも、私の華を汚すなんて……貴方、お仕置きが必要ですわね」


交差する刃。激突する殺気。


混戦の戦場は瞬時にして分断され、副隊長たちの命を懸けた「一対一」の断頭台へと姿を変えた。


蕾級が見下ろす地獄の舞台で、開花衆の運命を決める過酷な幕が、今まさに上がる。


防衛戦の最前線、副隊長たちが守護する要塞が、敵精鋭『葉級』の侵攻により分断された。


蕾級、華月と華酒がもたらした最悪の急襲。

個々の戦力で劣勢に立たされる開花衆は、この死の帳を跳ね除け、華を繋ぎ止めることができるのか。

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