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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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3/14

選抜試験

花の名を持つ力は、そのまま使い手の資質を映す。


剣の才も、精神も、すべてはその花に現れる。


その世界で、剣士たちは静かに試されていた。

華守衆本部の演習場は、黒い石壁に囲まれた冷徹な空間だった。


集められた候補生たちの中に、神代蒼真と久我湊の姿もあった。


壇上に立つ撫子隊隊長、天音紫月の瞳に鋭い光が宿る。


「今から、あなたたちが本当に華守衆に相応しいか、最初の選別を行います」


天音の淡々とした声が、広い演習場に響き渡る。


「ルールは単純よ。今から一人ずつ、そこにいる副隊長と立ち合ってもらいます。制限時間内に、一撃でも与えることができれば合格。それができなければ、その時点で不合格。即刻、村へ帰ってもらいます」


その一言で、周囲の候補生たちの顔色が変わった。


まだ実戦も知らない候補生たちが、前線で修羅場を潜り抜けてきた副隊長から一撃を奪う。

それがどれほど無茶な要求か、誰もが本能的に理解していた。


「……へえ、一撃ね。分かりやすくていいじゃん」


隣で久我湊が不敵な笑みを浮かべ、腰の剣に手をかける。

その体からは、すでに『薔薇』の適性を持つ者特有の、獰猛な気配が微かに漏れ出ていた。


蒼真が周囲を見渡すと、一際強い気配を放つ二人の同期が目に留まる。


一人は、静かに前を見据える少年、月城迅。

その佇まいからは、冷徹なまでの執念と、どこか尖った存在感を放つ『桜』の気配が漂っている。副隊長という圧倒的な壁を前にしても、その瞳は1ミリも揺れていない。


もう一人は、冷静に眼鏡のブリッジを指先で押し上げた少女、白石澪。

『撫子』の適性を持つ者らしい凛とした佇まいでありながら、戦況を冷静に見極めるような鋭い視線を壇上へと向けている。


蒼真、湊、迅、澪。

それぞれ異なる花を宿した四人が、静かにその時を待っていた。


「では、最初の挑戦者――」


天音の声が、終わりのない選別の始まりを告げた。

「では、最初の挑戦者。前へ」


天音の声に応じるように、一人の大柄な候補生が緊張で顔をこわばらせながら進み出た。


演習場の中央で木刀を手に待っていたのは、腕を組んで冷然と佇む一人の男だった。

黒い羽織を纏い、ただそこにいるだけで周囲を圧倒するような重い圧を放っている。


「薔薇隊・副隊長、紅谷玲だ。……構えろ」


低く地響きのような声。その体からは、すでに『薔薇』の適性を持つ者特有の、強烈な闘気が立ち上っていた。


その隣には、静かに木刀を携えて笑みを浮かべる撫子隊・副隊長、藤咲撫奈の姿もある。今回の試験官は、この二人の副隊長だった。


「舐めるな! 俺は村一番の剣士だ!」


大柄な候補生がカッと目を見開いた。

鋭い踏み込みと共に木刀を振りかぶり、一気に間合いを詰める。

その体から溢れ出たのは、粗削りながらも確かな『桜』の気配。

風を切り裂くような鋭い一撃が、紅谷の脳天を目がけて真っ直ぐに振り下ろされた。


周囲の候補生たちが思わず息を呑む。

しかし。


パシィン、と。

乾いた木突音死が冷たく響いた。


「――え?」


大柄な候補生の声が裏返る。

振り下ろしたはずの彼の木刀は、紅谷が微動だにせず突き出した木刀の腹で、完全に受け止められていた。

それどころか、紅谷は力比べるらしていない。


「悪くないが、重さが足りん」


次の瞬間、紅谷の木刀がブレた。


いや、消えたのではない。

あまりの速度と重い一振りに、候補生の目が追いつかなかったのだ。


ドン、と鈍い衝撃音が響く。

紅谷が放った一撃が候補生の腹部を捉え、その巨体が黒い石壁まで吹き飛ばされた。

壁に激突した候補生は、そのまま木刀を落とし、うめき声を上げて崩れ落ちる。


壇上の天音は、その光景を一切表情を変えずにただ見つめていた。

合否を告げる言葉はない。

だが、それが逆に言葉以上の冷酷さとしてその場を支配する。


倒れた候補生は、腹を抱えて苦痛に顔を歪めながら、這うようにして演習場の隅へと下がっていった。

一撃も入れられずに終わるということが何を意味するのか、その場の誰もが察していた。


演習場に、凍り付くような静寂が落ちる。

他の候補生たちが恐怖に身をすくめる中、蒼真たちの視線だけは鋭く尖っていた。


「……なるほどね。あれが副隊長たちの格ってわけか」


湊が獰猛な笑みを深くする。

その隣で、蒼真は静かに自分の手のひらを見つめ、ゆっくりと拳を握りしめた。


静まり返る演習場の中、一歩前に出たのは月城迅だった。


その鋭い視線は、先ほどモブを瞬殺した薔薇隊・副隊長の紅谷玲を真っ直ぐに射抜いている。


「月城迅。……行きます」


迅が木刀を静かに構える。その佇まいからは、冷徹なまでの執念と、どこか尖った『桜』の気配が爆発的に膨れ上がった。


紅谷は表情一つ変えず、ただ静かに佇んでいる。

纏った黒い羽織には皺一つなく、その立ち姿は潔癖なまでの美しさと、冷たい威圧感を放っていた。


「……来い」


短く、淡々とした声。


次の瞬間、迅の姿が揺らぎ、音もなく消えた。

あまりの超高速の踏み込みに、周囲の空気そのものが置き去りにされたのだ。


「――シッ!」


迅の木刀が、桜の嵐の如き鋭さで紅谷の死角へと滑り込む。

紅谷は木刀を最小限の動きで動かし、完璧な軌道でそれを叩き落とそうとした。しかし、迅はそれすらも予測していたかのように、空中で奇跡的な軌道修正を見せる。


パシィィン!


小気味いい衝撃音が演習場に響き渡る。

迅の放った木刀の先端が、紅谷の左肩の羽織を確実に捉えていた。


「そこまで!」


天音の声が響く。

紅谷は、迅の木刀が触れた自分の左肩を視線だけで見下ろした。

眉一つ動かさない。ただ、冷徹な瞳の奥に、わずかな鋭い光が宿る。


「……見事だ。私の予測を一歩上回ったな」


紅谷は静かに木刀を引ると、衣服の乱れを直すように羽織の端を軽く整えた。その無駄のない所作に、周囲の候補生から感嘆のどよめきが沸き起こる。迅もまた、静かに木刀を引いて一礼した。



続いて前へ出たのは、白石澪だった。

彼女が指名したのは、もう一人の試験官である撫子隊・副隊長、藤咲撫奈。


「白石澪,参ります」


澪が木刀を構えた瞬間、演習場の空気が一変した。

まるで彼女を中心とした見えない陣が敷かれたかのような、圧倒的な『撫子』の気配。


澪の戦い方は、一見すると地味だった。

しかし、彼女の放つ一振り一振り、あるいはステップの一つ一つが、藤咲の動線を完璧に制限していく。

まるで戦場そのものを完全に掌握し、自分の手のひらの上で転がしているかのような戦術。


「うふふ、素晴らしい観察眼ですね。とても合理的で感心します」


藤咲はふわりとした上品な笑みを浮かべ、歌うような声音で呟く。

澪は藤咲の攻撃を完璧に予測し、数手先を読んで追い詰めていく。

だが、その微笑みの奥にある副隊長の壁はやはり厚かった。


「でも、あと一歩が足りません」


澪が仕掛けた完璧な罠を、藤咲は圧倒的な身体能力と速度の力技で、笑顔を浮かべたまま強引に突破した。

パシィン、と澪の木刀が弾き飛ばされ、藤咲の木刀が澪の首筋の手前でピタリと止まる。その瞳は優しく笑っているのに、宿る気配は冷徹そのものだった。


「……そこまで。参りました」


澪は悔しげに眼鏡のブリッジを押し上げながらも、冷静に一礼して退がった。一撃こそ届かなかったものの、その場にいた全員が彼女の底知れない才覚に息を呑んでいた。



「次は俺だろ」


獰猛な笑みを浮かべ、久我湊が藤咲の前に立つ。

その体からは、荒々しい『薔薇』の闘気が渦巻いていた。


「おや、元気の良い薔薇さんですね。お姉さんがお相手してあげましょうか」


藤咲が、鈴の鳴るような声で微笑みながら木刀を構える。


湊は野獣のような踏み込みで突撃した。

しかし、藤咲の動きはしなやかで、残酷なほどに速い。

湊の豪快な一撃はことごとく空を切らされ、逆に藤咲の鋭い打撃が湊の体へと正確に、慈悲なく叩き込まれる。


ドン! と鈍い音がして、湊が地面に激しく転がった。

しかし、湊は床に血を吐き出しながら、不敵に笑って即座に跳ね起きる。


「だーれが諦めるかよッ!」


その目は1ミリも死んでいない。

再び突っ込むが、藤咲の無慈悲な打撃が再び湊を捉え、容赦なく地面に叩きつけられる。

何度倒されても、どれだけ骨がきしむ音が響いても、湊は狂ったように笑いながら即座に立ち上がった。

叩きのめされるたびに、彼の持つ『薔薇』の気配がさらに赤く、不気味に燃え上がっていく。


「あら……。まだ立てるのですか? 随分と頑丈な体をしているのですね」


藤咲の笑みの形は変わらない。だが、その声からは先ほどまでの柔らかさが完全に消え、ひやりとした冷たさが混じり始める。


「もう一回だ……! お前のその張り付いたツラに、一撃入れてやるよ!」


ボロボロになりながらも木刀を握り直す湊。その執念は、周囲の候補生たちが恐怖で息を呑むほどだった。

湊がさらに踏み出そうとした、その瞬間。


「――そこまで!」


天音の鋭く響き渡る声が、演習場の空気を凍らせた。

絶対的な制止の命令。

その声に、湊はピタリと動きを止め、不満そうにちっと舌を鳴らして木刀を引いた。


「そこまでにしなさい、久我湊。これ以上の戦闘続行は不可能です」


天音の冷徹な言葉に、湊は肩で息をしながらも、藤咲をギラギラとした目で睨みつけたまま、静かに元の位置へと下がっていった。

「……ああ」


短く答える。

周囲の候補生たちは、副隊長たちの底知れない強さに完全に気圧され、誰一人として前に出ようとしない。

重苦しい沈黙が、黒い演習場を支配していた。


誰も動かないのなら、自分が往くしかない。

蒼真はゆっくりと一歩を踏み出し、腰の木刀へと手を伸ばした。


(次は、俺か……)


胸の奥で、まだ見ぬ『薔薇』の資質が、静かに、しかし確かに脈打ち始めていた。

それぞれの試験が終わり、静かに場が収束していく。


そして、その流れはひとりの剣士へと向かう。


次に試されるのは、神代蒼真だった。

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