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華戦記  作者: ネザボ
名もなき華達

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4/14

歪な薔薇

資質を問う。


それが、この場所における絶対のルールだった。


圧倒的な実力を見せつけた月城迅。

戦場を掌握した白石澪。

そして、泥臭く立ち上がり続けた久我湊。


最後に残された神代蒼真が、今、薔薇隊副隊長の前に立つ。


第3話 蒼き薔薇の鼓動


重苦しい沈黙を破り、神代蒼真はゆっくりと演習場の中央へと歩み出た。


一歩、また一歩と進むたびに、周囲の候補生たちの視線が突き刺さる。

圧倒的な速さを見せた月城迅、戦場を支配した白石澪、 ボロボロになっても立ち上がり続けた久我湊。

同期たちの凄まじい執念を目の当たりにした後だ。嫌でも全神経が研ぎ澄まされていく。


蒼真が足を止めたのは、薔薇隊・副隊長、紅谷玲の前だった。


同じ『薔薇』の適性を持つ、圧倒的な格上。


紅谷は皺一つない黒い羽織を纏ったまま、冷徹な瞳で蒼真を見下ろした。

先ほど迅に羽織をかすめられたというのに、その佇まいには微塵の動揺も、隙も存在しない。


「神代蒼真。……行きます」


蒼真は腰の木刀を引き抜き、真っ直ぐに構えた。


「……薔薇の候補か。久我とはまた違う、随分と静かな気配だな」


紅谷は淡々と呟き、手元で木刀を無駄のない所作で構える。

ただそれだけの動作なのに、まるで目の前に巨大な鉄壁がそびえ立ったかのような、冷たい威圧感が演習場を支配した。


「構えろ。お前の『薔薇』がどの程度のものか、確かめてやる」


「――ッ!」


蒼真は地面を強く蹴り、紅谷の懐へと飛び込んだ。


しかし、副隊長の壁はあまりにも高かった。

蒼真の放つ渾身の一振りは、紅谷の最小限の木刀捌きによって、ことごとく軌道を受け流される。


「呼吸が乱れている。無駄な動きが多い」


冷徹な指摘と共に、紅谷の重い一撃が蒼真の肩を打った。

強烈な衝撃に息が詰まる。姿勢を崩した蒼真の脇腹へ、さらに鋭い追撃が叩き込まれた。


ドン! と鈍い音が響き、蒼真は床を激しく転がる。

強烈な痛みが全身を駆け巡り、視界が歪む。


「……くっ」


ボロボロになりながらも、蒼真は歯を食いしばって立ち上がった。

だが、紅谷の猛攻は止まらない。

前に踏み出す度に、紅谷の理詰めの打撃が急所を正確に捉え、蒼真の体を容赦なく打ち据えていく。

何度も倒され、その度に衣服は破れ、全身に凄まじい痛みが積み重なっていく。


「そこまで、か……」


周囲の候補生から諦めの声が漏れる。湊と同じように、完全にボコボコにされている。誰もが蒼真の敗北を確信していた。


紅谷が静かに木刀を上段に構える。

「粘りは認めるが、これ以上は無意味だ。次で終わらせる」


放たれる、完璧な軌道の一撃。

迫る木刀を見つめながら、蒼真の意識が一瞬、深く沈みかけた。


(まだだ……まだ終われない……!)


心臓が、ドクンと深く跳ね上がった。


気がついたら。

本当に、ただそれだけだった。


「――あ?」


蒼真が最初に認識したのは、自分の手のひらに残る、妙に生々しい残響だった。

視界が急に戻る。

自分がいつ、どうやって動いたのか、その記憶が完全に抜け落ちている。


ただ、数歩先で、紅谷玲が呆然と立ち尽くしていた。

完璧だったはずの彼の構えは大きく崩れ、その手から木刀がこぼれ落ちていく。


床にカラカラと音を立てて転がる木刀。

紅谷は自分の右腕を見つめたまま、信じられないものを見たかのように、硬直していた。


パシィィィン、と。

一瞬だけ遅れて、演習場の壁に乾いた衝撃音が跳ね返る。


何が起きたのか分からない。

だが、蒼真の木刀の先端は、確かに紅谷の右腕を捉えていた。


蒼真は破れた衣服のまま、激しい呼吸を繰り返す。

本人すらも困惑する中、演習場を支配したのは、息を呑むような圧倒的な静寂だった。



演習場を見下ろす、ガラス張りの一室。


そこは、本部の喧騒から切り離された特等席だった。


部屋の扉が勢いよく開き、地響きのような声が飛び込んできた。


「ガハハハハ! 今回はろくな奴いねぇな! お前の息子ぐらいか?」


入ってきたのは、蓮隊隊長の御門大河だった。

大柄な体躯を揺らし、豪快に笑いながら部屋の奥へと歩み寄る。


「……大河、うるさい。静かにしろ」


腕を組んで佇む桜隊隊長、月城夜一が冷ややかな視線を向けた。

常にクールな彼だが、自分の息子である迅の名を出されても、その表情は1ミリも動かない。


「迅のあれは、まだまだだ。鍛え上げられた技術と身体能力による『正統な加速』に過ぎん。副隊長相手なら、あれくらいはやって当然だ」


夜一は淡々と、切り捨てるように呟く。


「固いこと言うなよ夜一! 親バカになっても誰も責めやしねえってのによ!」


大河はガハハと頭を掻きながら、隣の男へと視線を移した。


部屋の最も深い闇のなか、窓ガラスに寄りかかったまま、微動だにせず演習場を見下ろしている男。

東雲玲司。

華守衆の頂点に君臨する最精鋭、薔薇隊の隊長。


大河と夜一が迅の話題で言葉を交わすなか、玲司だけは違っていた。

彼の冷徹な瞳が捉えているのは、月城迅ではない。

演習場の中央で、自分の手のひらを見つめて困惑している『神代蒼真』の姿だった。


「……玲司? どうしたよ。そんなに迅が気に入るか?」


大河が不思議そうに尋ねる。

しかし、玲司は腕を組んだまま、地響きのような低く重い声を放った。


「違う。……あの神代というガキだ」


「あ? あいつか? 最後になんか一撃入れてたけどよ、終始ボコボコにされてただろ。久我の坊主の方がまだ根性あったぜ」


大河が首をかしげる。

玲司はそれを無視し、窓の向こうの蒼真をじっと見つめ続けた。


「あのガキの動きには、前動作が一切なかった。まるで、最初からそこに移動していたかのような……理不尽な違和感しか残らん」


その言葉に、夜一の瞳が僅かに細められる。

圧倒的な実力を誇る男の放つ静かな圧が、部屋の空気を完全に支配していた。


「薔薇の適性か。……いや」


玲司は静かに背を向け、部屋の奥へと歩み出す。


「あれをただの薔薇と呼ぶには、いささか歪すぎる」


その言葉を最後に、隊長室の灯りが静かに消えた。

選別の試験は、彼らが想像していた以上の『異物』を呼び寄せてしまったのかもしれない。

一撃は放たれた。

しかし、その意味を正しく理解できる者は、未だ演習場には存在しない。


理不尽な違和感を宿したまま、選別の時間は静かに幕を閉じる。


残された四人の行方、そして頂座に君臨する隊長たちの思惑。

この場所は守るための場所ではない。何かを失い続けている場所だ。


第四話へ続く。


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