エピソード4.
「...世良さん.......好きです。..付き合ってください!」
放課後、屋上に呼び出された椿を待っていたのは、大して話したこともないクラスメイトの男子だった。椿は、いつもの断り文句を口にする。
「..ごめんなさい。好きな人がいるので。」
表情一つ変えることなく、軽くお辞儀をして屋上を後にする。夕陽のせいで少し朱く煌る階段を降りて教室に向かった。
帰り際、彼の名前を思い出そうとしてすぐに考えるのをやめた。それよりも、椿の頭の中は七瀬君のことでいっぱいだった。
教室に戻ると、机と同化しながらスマホを覗き込む純恋の姿があった。
「おっおかえり〜。また振ってきたん?」
「うん。」
自分の机に残されたスクールバッグの中身を整える。
「....椿ってさぁ..........実は好きな人いたりする?」
「..........いない。」
一瞬、帰りの支度を整える椿の手が止まった。
「えいんの?」
「いない。」
「いないんかい。」
もう一度聞くと答えは即答だった。純恋は何もない天井を見上げ、少し考えてから思い直す。
椿に好きな人?いるわけないか。いるわけないな。うん、いないな。
幼少期から作られたイメージはそう簡単には崩れない。タイプなんてものは聞いたことがなかったし、誰かと付き合っている想像もできなかった。
「さっ帰るか。」
そう言って2人で教室を出る。
電車に揺られ、紫色に輝く夕陽を見ていると、隣で携帯をいじっていた純恋に話しかけられた。
「椿はさ、何になりたいとか、ある?」
少し控えめに出たその問いは、自分では気づいていなかったことさえも椿に気づかせた。
「やりたいことは、たくさんある。」
もっとたくさんの本を読んでみたい。いろんなところを旅してみたい。小説を書いてみたい。
でも、その全てが、喉から外に出ることはなかった。
「....純恋は?」
「んー私はキャビンアテンダント?かなー」
「英語できるもんね。」
「そそ!」
昔から純恋がキャビンアテンダントに憧れていることは知っていた。だから、その問いかけにほとんど意味はない。
ただ、この会話を続けるためだけの意味のない問いかけだった。
「あでもー、やりたいことで言ったらー、カメラとか!始めてみたいかなー」
少し上がった口角とキラキラ輝くその瞳には、少し先の未来で、カメラを使いこなす純恋自身の姿が映し出されているようだった。
椿は少し意外に思った。
いや、これがほんとの純恋なのか。
教室にいる時より少し落ち着いていて、自分の思いのままに生きる、ちょっとわがままな女の子。希望に満ち溢れていて
「海とか島とか行ってさ、綺麗な写真たくさん撮るんだ。一緒に来てくれるでしょ?」
純恋は悪巧みをしているときのように、目を細め少し口角を上げてこちらを見つめる。
「フッ。わがままね。」
椿は少し鼻で笑ってから答えた。純恋と同じ表情で。




