エピソード2.
昨日より30分早い起床。昨日と変わらない身支度。
駅に着くと、ホームで電車を待つ世良さんの姿があった。そんな世良さんの後ろを通り過ぎて、いつもの乗車位置に着く。二つ隣の車両。
世良さんはいつもこの時間に乗っているのか。
その時間の早さに感心しながら、目の前で扉が開いた電車に乗り込む。
下駄箱で靴を履き替え、長い階段を登って教室に向かった。教室にはただ一人、優雅に本を読む世良さんがいた。
「世良さん、おはよう」
珍しく早い時間に学校に着いた僕は、窓際の席で一人静かに本を読む世良さんに挨拶をした。
世良さんはゆっくりとこちらに視線を移し、少し間をおいてそれに答えた。
「....おはよう」
僕は真ん中の列にある自分の席につき、カバンから化学の教科書を取り出す。
「おっはよー!つばきー!!」
朝の準備をしていると、ダダダダッと階段を駆け上がってくる音が聞こえた少し後に特徴的で元気な声が廊下と教室に響いた。
「もう少し静かに上ってきて、迷惑でしょ」
「つれないなぁ椿は!って、えっ!七瀬くんじゃん!おはよ!今日早くない!?」
「おはよう、鏑木さん」
教室の入り口の方に視線を移すと、高い位置のポニーテールが特徴的な女子が入ってきた。彼女の名前は鏑木純恋。とても陽気で、友好関係が広い体育会系の女子だ。彼女に憧れをもつ男子生徒も決して少なくはない。
「今日来るのいつもより早いよね?なんかあんの?」
「いや、何も」
特に理由はない。ないものを聞かれてもないとしか答えられない。
そっけなく答えた僕の顔を、疑うように鏑木さんが覗き込んできた。
「ちょっと純恋、七瀬君困ってる」
「え、何椿、構ってもらえなくって寂しいの?」
鏑木さんは世良さんを揶揄うようにニッコニコの笑顔で僕の側から世良さんの席の前までスキップで駆けて行く。助かった。
「そうね」
鏑木さんの揶揄うような言葉に、世良さんがいつもの調子で絡みをかわす。その視線は既に元あった場所に戻り、本の世界へと入り込んでいた。
その様子を見てもなお鏑木さんの口は止まらない。
「椿はもうちょっと私に興味関心を持ってくれてもいいんじゃない?」
「黙って」
「てか今日町田あんじゃんーきっつーほんと木曜って終わってる」
「今日は化学じゃなくて日本史」
「え!?まじで!?最っ高じゃん」
そんな会話を聞き流しながら先ほどカバンから出した教科書をしまい直す。
しばらくすると、教室の人口が徐々に増えてきた。鏑木さんはその全員に挨拶する。けれど世良さんの側から離れはしない。それが、小学校からの仲である2人の"普通"なのだろう。
「おはよう七瀬」
「ああ、おはよう」
「昨日楽しかったなー」
「おう」
西村とは去年同じクラスで仲良くなった。今では毎日放課後共にゲームをしている。
そんないつもと変わらない、くだらない会話を終えて、チャイムと共に自席に着く。
「七瀬君」
授業を終えた僕の前に、滅多に自席を立たない世良さんがやってきた。
「昨日はありがとう、お礼」
そう言って手渡されたのは、高級そうな箱のお菓子だった。
「じゃ」
え、こんな高そうな物、と言う前に去って行ってしまった。
お礼の品が乗せられた手を見ると、さっきは気づかなかったが、メッセージカードが挟んであった。
傘ありがとう。良かったら食べて。
と書かれていた。
初めて見た世良さんの字は、見本のようで、細く芯のある字だった。




