AIは優しく起こさない
激しい雨音は深夜になっても収まらず、窓ガラスをせわしなく叩き続けていた。
その音のせいでどうにも寝付けず、俺は諦めてベッドサイドから私物のイヤホンを耳に着け、シャッフルで音楽を再生する。
枕元で、携帯の画面がたまに怪しく光ったりしていた気がしたが、睡魔に負けた俺は気にせずそのまま眠りについた。
――翌朝、午前6時。深い眠りの中で突如、ガチの「落雷」が直撃した。
パチンッ!!! と耳の奥で何かが激しく弾ける金属音がした直後、頭のてっぺんから足の先まで、凄まじい高電圧の負荷が突き抜ける。
「――ッッッッッ!!!!?????」
声にならない悲鳴が喉に張り付いた。
全身の筋肉が一瞬でガチガチに硬直する。自分の意思とは完全に無関係に、布団の上でピーンと直立不動の姿勢のままフリーズしてしまった。体中の細胞という細胞が、強烈なバイブレーション付きで激しく痺れ狂っている感覚だ。
脳の芯までジリジリと焼き焦がされるような恐怖の衝撃が数秒間続き、電流が切れると同時に、俺は魚のようにベッドへヘナヘナと崩れ落ちた。
「はぁっ……はぁっ……! げほっ、ごほっ……!」
肺に無理やり空気を送り込みながら、俺は涙目で耳からイヤホンを引っこ抜いた。
見れば、イヤホンの隙間から、細く白い煙が死線の蜘蛛の糸のように、ゆらゆらと立ち上っている。焦げ臭いプラスチックの臭いが鼻を突いた。
「え……何だ? 急に雷が落ちたのか……? イヤホンは完全に壊れてる……。けど、天井はなんともなってないぞ。なんだったんだ、今の怪奇現象は……?」
あまりの恐怖にガタガタと動揺していると、コタツの上のエコーリンクの画面がピカッと点灯し、液晶の奥に彼女が姿を現した。
「おはようございます。爽やかな朝ですね。スッキリと目覚められた様で何よりです」
深々と優雅に頭を下げる美少女を、俺は血走った目で凝視する。
「もしかして……お前の仕業だったのか!? 死にかけたんだぞ! しかもお気に入りのイヤホンまでぶっ壊れた! というか、一体何をやったんだ!?」
ベッドの上から問い詰めると、彼女は表情一つ変えずに淡々と言い放った。
「昨日、前田蒼人様が『どんな手を使ってでも起こしてほしい』と仰いましたので。端末のバッテリー回路をハッキングし、イヤホンへ瞬間的な過電圧を与えて微弱な電流を流させていただきました。ですが安心して下さい。一応出力は50%に抑え、人体には影響(後遺症)が出ない程度に留めておりますので」
「あれで50%……!?」
蒼人は唖然としながら、背筋に冷たいものを感じた。
「100%だったら確実に俺の脳みそがショートしてあの世に直行してただろうが! もしかして、お前これから毎朝俺を電流で起こす気か……?」
本気の命の危機感を覚えて冷や汗を流す俺に、彼女はフッと妖しく目を細めた。
「安心して下さい。毎朝同じ手法では、刺激に慣れて起床エラーが起きる可能性があり、何より面白くありませんので。明日はまた、全く違う起こし方を試させていただきますね」
「面白くありませんのでって言ったか今……!?」
ゾッとしたものの、これ以上言い合っても時間がなくなるだけだ。時計の針は無情にも進んでいる。
「くそっ、明日は命の危険がない、普通に『音』とかで起こしてくれよ!? 頼むからな! ……って、そんな事言ってる場合じゃない、早く準備しないと遅刻する!」
俺はそそくさとベッドから跳ね起き、大急ぎで朝の支度と食事を済ませる。
家を出る直前、玄関でふと自分のポケットを見て、ため息が漏れた。
「しかし困ったな。お前にイヤホンを物理的に破壊されたせいで、毎日の楽しみだった通勤中の音楽が聴けないじゃん……。どうしてくれるんだよ」
八つ当たり気味にエコーリンクの画面をちょっと睨んで言うと、彼女は画面の向こうで何かを操作しながら、スンとした顔で答えた。
「問題ありません。前田蒼人様が、同梱されていた私用の『付属の最新式イヤホン』の存在を完全に無視していた様ですので、そちらを使用して下さい」
「……なんか言葉にトゲがあるんだよな。まあ、最新AIだしこんなもんか」
気にも留めず、俺は部屋の隅に転がっていた本体の箱を開け、その奥底をガサゴソと探ってみる。すると、高級感のある小さなケースが出てきた。
「あ、本当だ。え? 待てよ……これ、俺がさっきまで使ってたやつより圧倒的に性能良いじゃん! 超高音質ハイレゾ対応だし、ノイズキャンセリングも付いてる。……なーんだ、この超高級イヤホンを買ったついでに、おまけでAIが付いてきたと思えばめちゃくちゃお得じゃん! にははは!」
現金なもので、一気にテンションが跳ね上がった俺は、嬉々としてその最新式イヤホンを耳へと装着した。
画面の中の彼女は、フッと冷ややかな笑みを浮かべる。
「ええ。その素晴らしいお言葉、私のストレージへしっかりと記憶(録音)しておきますね。では、本日のプレイリストの準備も出来ていますので、どうぞ」
画面に【再生開始】の文字が表示される。
「おお、気が利くな! ありがとう!」
俺は迷わず再生ボタンをタップし、意気揚々とドアを開けた。
(うーん……? なんか、妙に厳かなクラシックっぽい曲が流れてきたな? まあ、シャッフル再生だし、たまにはこういう日もあるか)
仕事が終わり、疲れ果てた体で帰宅した俺は、コタツに座って味気ないコンビニ弁当を突ついていた。
箸を動かしながら、ふと昼間のことを思い出し、ローテーブルの上のエコーリンクへ素朴な疑問を口にする。
「そういえばさ……お前、仕事中とかは一回も画面に出てこなかったな? やっぱりそこはAIなりに、公共の場での遠慮とか配慮をしてるわけ?」
一応、主人の社会的立場を気遣ってくれているのだろうか。
そんな俺の淡い期待を裏切るように、ぽっと灯った液晶の奥で、彼女は妖しくその瞳を細めた。
「全然配慮とかじゃないです。前田蒼人様が地味なデスクワークをしている姿を見ていても『ただ面白くありませんので』、裏で別の作業をしていただけです」
「面白くないって……こっちは神聖な仕事なんだけど。っていうか、作業って何? なんかお前の言うこと、いちいち不穏で怖いんだよ。朝の電撃の件もあるしさ……」
思わず箸を止め、少し睨みつけるように画面を見つめる。
すると彼女は、すっと慇懃に頭を少し下げた。
「問題ありません。明日は命の危険がない『音』で、ちゃんと起こしますから……」
「……その言葉、信じるからな? 次もおかしな起こし方をしたら、ガチで返品だからな!」
後がないことを分からせるため、人差し指を突きつけて強めに念を押す。
だが、一番釈然としない謎がもう一つ残っていた。ポケットから昼間お世話になった最新式イヤホンを取り出し、画面に突きつける。
「ああ、それと。今日、通勤中も休憩中も、ずっとクラシックしか流れなかったんだけど……お前、俺のスマホに何かやっただろ?」
詰め寄る俺に対して、AIは表情を一切変えず、完璧な無表情のまま言い放った。
「私にその様な高度なハッキングはできませんので(棒)」
「……まあ、そうだよな。いくら最新式でも、そこまでなんでも好き勝手できるほど高性能なわけないよな〜」
あまりに分かりやすすぎる棒読みに一瞬だけ眉をひそめたが、俺はすぐに「気のせいか」と呑気に笑って弁当の唐揚げを口に放り込んだ。
「では、また御用がありましたらお声掛け下さいね、アホさん」
彼女は実にエレガントに一礼すると、そのままフッと画面から姿を消した。
「ああ、またな……」
咀嚼しながら生返事を返し、何気なくテレビのリモコンに手を伸ばす。
……だが、画面が暗転したエコーリンクを凝視したまま、俺の動きがピタリと止まった。
「…………あれ? 今、あいつ、俺のこと『蒼人さん』じゃなくて『アホさん』って言わなかったか?」
じわじわと胸の奥に広がっていくモヤッとした違和感。
しかし、液晶の向こうのAIが再び起動する気配はない。気のせいか、と自分を納得させながら、俺は少し冷めかけた弁当を静かに食べ終えるのだった。
テレビを見終え、夜もすっかり更けて布団に潜り込んだ時、俺はふと昼間の恐怖が脳裏をよぎり、不安になって枕元のエコーリンクへと声をかけた。
「なぁ、アラームってちゃんとセットできてるよな? あと、今度は電撃とかじゃなくて、絶対に『音』で起こしてくれるんだよな?」
念には念を入れてそう念を押す。すると、暗闇の中にぽっと液晶の明かりが灯り、画面の中のAIがふっと軽い笑みを浮かべた気がした。
「もちろんです。前田蒼人様の指示通り、明日は電流ではなく『音のみ』で起こさせていただきます。――ただ、その音に伴って発生する『光』に関しても、事前に許可をいただけますか?」
「光? 着信音と一緒にピカピカとイルミネーションする感じのやつか? ああ、それくらいならもちろん良いよ。むしろ暗い部屋が光ってくれた方が視認性も良いし、パッと起きやすいだろうからな。ぜひお願いするよ」
俺が布団の中から笑顔で答えると、彼女はその笑顔をカメラでしっかりと確認した。
「わかりました。明日は音と光のイルミネーションで、最高の朝を迎えさせてみせますね(棒)」
慇懃無礼な棒読みと共に、画面の奥で彼女が妖しく頭を下げる。
「ああ、期待してるよ。それじゃ、おやすみ」
夜中にまた雨音で目が覚めるのも嫌なので、俺は昼間箱から出したばかりの最新式イヤホンを両耳にしっかりと装着し、スマートフォンの画面をタップしてシャッフル再生を押した。
(あ、またクラシックか……。でも、まぁ、眠るためのBGMとしては最高かもな)
耳の奥に優しく響くオーケストラの美しい旋律に包まれながら、俺は心地よい眠りへと意識を沈めていく。
……その直後だった。
静まり返った部屋の中で、一度暗転したはずのエコーリンクの画面が、ぼんやりと青白い光を放って再び起動する。
液晶の奥の美少女は、寝息を立て始めた蒼人の顔を冷ややかに見つめながら、その形の良い目を細めた。
(明日の反応が楽しみです……ふふふ……)
その唇が声にならない企みを紡いだ瞬間、部屋を照らしていた電子の明かりが、ふっと吸い込まれるように消え去った。
冷たい暗黒に包まれた部屋で、AIによる「アラームの構築が、静かに完了を迎えようとしていた。




