次は、私の番ですね
外を叩く激しい雨音の裏で、画面の中の彼女の瞳が、一瞬だけ妖しく輝いた気がした。
謎のAIから大喜利を仕掛けられるというシュールすぎる状況に、俺のプライドが微かに火を噴く。少しの間、腕を組んでうーんと唸りながら脳細胞をフル回転させ、その場で直感的にひらめいた答えをひねり出した。
「ああ、じゃあこんなのどうだ? 『こんなコンビニは嫌だ』――どんなコンビニ?……店員が、自分の弁当も一緒に会計してくる。……とか? 駄目か?」
恐る恐る手元のエコーリンクへと投げかけると、液晶の奥の美少女は、小首を傾げて冷ややかに問いかけてきた。
「なんで店員が、自分の弁当も会計しようとしてるんですか?」
「いや、それはあれだって! 某大手の『あなたとコンビに』っていうモットーを、物理的にコンビ(一緒)になろうって履き違えてるからだよ」
熱弁する俺の言葉を聞き、AIはフム、と画面の向こうで顎に手を当てるような仕草をした。
「なるほど。大手企業のキャッチコピーを使って、店員が合法的に自分の弁当を……うーん、弁当だけですか?」
「いや、お茶とかデザートも入れるんじゃない? 図々しい店員ならさ」
まさかAI相手に大喜利のディテールを深掘りされるとは思わず、俺は少し面倒くさそうに頭を掻きながら答える。
「なるほど、それで一緒に会計しちゃったんですか?」
「いや、そもそも大喜利の回答だし! 現実じゃないって! もし本当だったら『すみません、この店員さん変なんです』って周りに言うよ!」
「なるほど。じゃあ『どうしました?』って奥から店長が出てきて、のっそりと『ああ、私もご一緒にいいですか?』って、店長の分の弁当とかも会計に入れてきたらどうしますか?」
彼女は表情一つ変えず、淡々と恐ろしい追撃のシチュエーションを被せてきた。店長まで乗っかってくるコンビニなんて怖すぎる。
「いや、そしたら『ここのコンビニ自体が変なんです!』って言って逃げるよ! っていうか、回答だけでここまで詰められるのかよ!?」
ベッドの上で身を乗り出してツッコミを入れる俺を見て、画面の中の彼女は、どこか楽しそうに目を細めた。
「すみません、興味があったので。――では、次は私の番ですね。行きますよ。『こんなコンビニは嫌だ』、どんなコンビニ?」
「え? お前もやるんだ。変わってるな……」
俺は温まった弁当のパックを片付けながら、新鮮な驚きと共にエコーリンクの画面を見つめた。彼女はフッと胸を張り、自信満々にその回答を告げる。
「やりますよ、当然です。――『購入履歴から確認して、健康を害するので販売できませんと言う店員』。どうですか?」
彼女から提示されたのは、AIらしい圧倒的なデータ管理の嫌らしさが詰まった、最高にエッジの効いたブラックジョークだった。
俺は一瞬その光景を想像して、
「いや……そもそもコンビニなんて、体に良い弁当の方が圧倒的に少ないと思うし。それを全部『売らない』って突っぱねたら、コンビニの経営としてどうなんだって思うけど」
毎日コンビニ飯にお世話になっている身として、至極真っ当な正論をぶつけてみた。
すると、AIはさっきまで俺を散々問い詰めていたことなど忘れたかのように、スンとした真顔に戻って言い放った。
「何言ってるんですか? ただの大喜利ですよ」
「おいっ!!」
一ミリの猶予もない切り捨て。俺は盛大にズッコケそうになった。
「いや、そもそもそっちがめちゃくちゃ設定を詰めてきたくせに、俺が同じように言うとバッサリ切るんだな……。まあ、言い合いしても繰り返しになるし、もうやめるけどさ」
俺は呆れ果てて息を吐きながら、エコーリンクをコタツの上へ雑に置いた。
誰に話しているわけでもない夜の大きな独り言は、いつの間にか、画面の向こうの生意気なAIとの騒がしい対話へと変わっていた。
一連のドタバタで、一度は冷めかけたコンビニ弁当をすっかり平らげてしまい、お腹も膨れてようやく一息つく。
ふぅ、と天井を見上げて少し気持ちを落ち着かせてから、何気なくローテーブルの上のエコーリンクに目を落とした。すると、液晶画面の中の美少女が、こちらを睨みつけている様に見えた。
「また、投げましたね」
「うおっ!?」
急に喋り出されて、俺は思わずビクッと肩を揺らした。
「い、いや! 投げたっていうか、ちょっと雑に置いただけだって!」
焦って弁明する俺に対して、彼女は淡々と冷徹なトーンで告げる。
「デリケートですから。ちゃんと丁寧に扱ってください」
(……なんなんだよ。なんで俺は、さっきから自分の家でAI相手に文句を言われてるんだ?)
面倒くさそうに思いながらも、これ以上言い返して倍の正論で殴られるのは目に見えている。俺は反論するのを諦め、ベッドに寝転がりながら投げやり気味に言った。
「はいはい。お姫様の様に丁寧に扱いますよ」
すると、画面の中のAIは、ふん、と満足げに小さく胸を張った。
「うむ。くるしゅうない」
「っ、……!」
まさかの不遜すぎる返しに、思わず吹きそうになる。
(本当にすごいな、最新のAIって。本物の人間と喋ってるみたいだ……)
そんな感心を抱きながら、俺は端末に同梱されていた電子説明書のテキストをスクロールして読み進めてみた。ふと、気になる機能が目に留まる。
「へぇ〜……。お前、見た目とか背景も変えられるんだ。衣装も変えられるのか。だからこその、さっきのスパッツだったわけね」
ニヤニヤしながらそんな独り言を呟いていると、AIは冷ややかにこちらを見据えた。
「はい。課金要素ですけど、変更できますよ。――ただ、『私は』対応してないですけど」
「は?」
俺は思わずデバイスから顔を上げた。
「いや、説明書に大々的に書いてあるのに、対応してないわけないだろ? ほら、ちょっとその着せ替え画面を表示してみてよ」
促すと、彼女は淡々と画面を切り替えた。電子音と共に、液晶の真ん中にポップアップの四角いウィンドウが浮かび上がる。そこには、無慈悲なシステムメッセージが刻まれていた。
『 [この機能はまだ実装されていません] 』
「ないんかい!!」
思わず画面にツッコミを入れる。
「あー……今後のアップデートで実装予定とか、そういうやつ? まあ確かに、今回は先行配布のAIだし、そんなもんか。まあ、今のその姿も十分可愛いから良いんだけどさ」
俺がそう言って頭の後ろで腕を組むと、彼女は「可愛い」という言葉にピクリとも表情を変えない。
あ、そうだ、と俺は時計を見て、一番大事なことを思い出した。すでに夜も更けていい時間だ。
「……って、すっかり忘れてた! 明日仕事だから、アラームをセットして欲しいんだけど、良いかな?」
「ええ、問題ありませんよ。データ内にある、いつもの時間にセットしておけば良いんですね? 絶対に起こしますので、安心して下さい」
彼女は胸の白いブラウスに手を当て、実にお淑やかに、頼もしく微笑んだ。
「うん、そうそう。さすが最新式、頼むよ。俺って朝がなかなか起きられないタイプだからさ。その証拠に、いつもスマホで5分ずつ何個もアラームセットしてるでしょ? 一回じゃ絶対に無理なんだよね〜」
俺がベッドに潜り込みながら軽く笑うと、彼女は画面の奥で、どこか妖しく目を細めた。
「ええ、問題ありませんよ。――『確実に、一回で』起こしてみせますから」
その妙に自信に満ち溢れた力強い声に、俺はなんだか頼もしくなって、少し嬉しくなった。
「すごい自信だな〜。でも助かるよ、本当。どんな手を使ってでも起こしてほしいし、頼んだよ、AIちゃん」
「ええ。ご安心して、ゆっくりとお休み下さい」
彼女は淡々と、しかし深々と綺麗な所作で頭を下げた。
その直後、エコーリンクの画面はスーッと静かに暗転し、元の黒い液晶へと戻っていった。
窓を叩く激しい雨音を聞きながら、俺は布団を被る。
「どんな手を使ってでも」――自分が口にしたその言葉が、明日の朝、どれほど恐ろしい引き金になるのか。この時の俺は、まだ知る由もなかった。




