44:共に生きる
ブレイズが亡くなってから半年の月日が流れた。
もちろん王妃選定は既に終わっており、次期王妃となる令嬢も決まった。
「それにしても、ソノラ様もお人よしよね。自分の命を狙った人間を実家で雇うだなんて」
白い陶器のマグカップを片手に優雅に紅茶を飲むのはセラだ。その向かい側にはソノラが座っている。
ドミニウス魔王国王城の中庭。そこには茶会用の金属製の丸テーブルと椅子が用意されている。せっかくの休日ということで二人はお茶会を開くことにしたのである。
「大丈夫なの? マリーナ様、実家で暴れだしたりしていない?」
「もう、心配しすぎよ。彼女はとてもよく働いてくれるってお父様もおっしゃっているわ。弟のアルトがよく彼女に懐いてるんだって」
「へぇ。……彼女、何か企んでるんじゃない?」
「心配しすぎだってば! 大丈夫よ。お父様の人を見る目は確かだから」
王妃選定中は立場上、ある程度口調を気を付けていた二人。
しかし今はもう選定も終わっているのでソノラとセラは親しい友人のようなより軽い口調になっていた。
王妃選定が終わった今でも彼女達は本音で話し合えるよき友人のままである。
ソノラは実家から届いた手紙を読みながら頬を綻ばせる。手紙を書いたのはソノラの弟アルトだ。子供らしい元気な字で、新人の侍女と遊んだことを嬉しそうに自慢しているものだった。
その侍女の名はマリーナ。そう、それは水姫マリーナ・アクアリアである。
マリーナの実家であるアクアリア家は国に隠して悪魔の力を故意に研究し、利用し、非人道的な儀式まで行っていたということで「取り潰し」になった。
今まで築いてきた地位も財産も没収され、マリーナを除くアクアリア家全員が投獄されたのだとか。
アクアリア家の悪行はマリーナの自白だけでは到底確証することはできなかっただろう。
だが、別の場所から証拠が見つかれば別だ。何故か、ブレイズがコランとして使っていた部屋の中にアクアリア家の悪魔実験を裏付ける証拠がいくつも発見されたとのことだった。
あまりに完璧な証拠が揃っていたため、まるで彼がいずれはアクアリア家の悪行を暴こうと準備していたかのようだったらしい。
一方でマリーナは悪魔の力を使ったものの、非人道的な実験の被害者として情状酌量が認められた。
そこでソノラが彼女に居場所を与えるために手を上げた。セレニティ家の侍女として彼女を雇うことにしたのだ。
表ではマリーナを監視するためにセレニティ家が責任をもって彼女を管理することになっている。
マリーナの性格を考えて、少し不安なところはあったものの、彼女は案外ソノラの実家で上手くやっているようだ。
父も母も弟も、マリーナの働きっぷりを褒めていた。久しぶりに実家に帰って彼女の様子を見るのもいいかもしれない。マリーナ自身は嫌がりそうだが。
ソノラは実家から届いた手紙の他に、もう一通手に取る。その送り主の名は「ボルテッサ」。
そう、こちらは同じ王妃候補だった雷姫ボルテッサから送られてきたものだった。
ブレイズとの戦いの後、エアリスは悪魔ブレイズと国家転覆を計画したとして本来は反逆罪つまりは極刑のはずだった。
しかしボルテッサがエアリスの命だけは助けてほしいと嘆願した。その代わりに自分が爵位もなにもかもを捨て、一生をかけて国に貢献するとライゼルに頭を下げたのだ。
ライゼルはそんな彼女の意思を汲み取って、二人一緒に北の修道院にて一生を捧げるように命令した。
ライゼルとしても魔物被害が多い北部にボルテッサのような優秀な魔法使いを置くことは悪い話ではなかったのだろう。
ボルテッサとエアリスは二人とも実家から勘当されたというが、そんなことは気にしていないとばかりに二人は共に元気でやっているようだ。
手紙の内容からそれがとてもよく伝わってくる。
「それで、ソノラ様。あなたたちはどうなの?」
「どうって?」
「なにか進展はあったのって話。そろそろ考えてるんじゃないの? ほら、子供とか……」
「なっ、ななな何を言っているの! 私、まだ結婚していないし!」
「えぇ? でももう一緒の部屋で寝ているのでしょう?」
「ま、まぁ……。でも、そういうことは結婚してからって決めているの。今はお互いに忙しいしね」
ソノラはため息を漏らす。その目の下にはたしかに隈があった。
今日はたまたま休日だが、明日からまた地獄の日々が彼女を待っているのだ。ただでさえ互いに夜は疲労で動けないというのに将来を見据えての営みなんてできたものではない。
そこでバタバタと騒がしい足音が聞こえる。何事かと思えば、若い騎士が息を荒げて駆けてきた。
「セラ殿! 三日前に魔物討伐へ発った第四騎士団が予想外の苦戦を強いられていると報告ありました! 陛下から出動命令を承っております! 至急出発を願います!」
突然の命令にセラはすぐに立ち上がる。
「もう、せっかくの休日だったのに!」なんて文句を言っているが、彼女のその瞳は強い輝きに満ちていた。
「じゃあ、王妃陛下。行ってまいりますわ」
「えぇ。セラ。気を付けてね」
ふと、セラが足を止める。
「ソノラ様」
名前を呼ばれてキョトンとすれば、セラが満面の笑みを浮かべる。
昔は人形姫と呼ばれていた彼女だったが、すっかり表情豊かになったなとソノラはしみじみ思った。
「あなたが一番最初に私の夢を聞いてくれたから、私は家族に打ち明ける勇気がでたの。おかげでこうして夢を叶えることができたわ。本当にありがとう」
「ふふ。なぁに、急に?」
「言いたかっただけよ。じゃあ、守るべき民達を救ってくるわ!」
セラは笑顔で手を振り、若い騎士と共に中庭を駆けて行った。
その後ろ姿は生き生きとしている。見守るソノラまでなんだか元気をもらえるほど。
「セラ様、行っちゃいましたね。私たちももう部屋に戻りますか?」
傍に仕えていた侍女──フランがソノラに尋ねる。
ソノラは頷き、テーブルに出していた手紙を片付けて、中庭を出た。
ドミニウス魔王国、国王ライゼル・ドミニウス・モルドラック王妃選定。
第五位王妃候補、水姫マリーナ・アクアリア。国王及び王妃候補に危害を加え、失格。
第四位王妃候補、風姫エアリス・ゼフィーラ。同じく、失格。
第三位王妃候補、雷姫ボルテッサ・エレクトラ。エアリスの罪を共に償うため、辞退。
第二位王妃候補、聖姫セラ・エンハンサ。辞退。その後、王宮治癒師志望として王国騎士団の入団試験を突破。無事、新人王宮治癒師へ。
そして。
第一位王妃候補、音姫ソノラ・セレニティ。次期王妃として正式に決定。
現在は王城にて厳しい次期王妃教育を受けている真っ最中である。
近隣諸国の言語や護衛術、歴史、王族マナーなど様々なことを頭に叩き込んでいるので最近は疲れ気味。
だが今日は念願の休日のため、一人になったらやることは一つである。
「もちろん、ASMRの研究、収録をするわよ! 今日はロールプレイ要素を取り入れようかなって思っているの。フランも手伝ってね!」
「えぇ~休日にもやるんですかぁ!? たまにはちゃんと休んでくださいよぉ~」
「むしろ収録は休日しかやれないでしょう! それに収録したイヤフォンを騎士団の希望者にあげたら大好評だったの! ガイア曰く、騎士団って不眠症に悩む人がとっても多いらしいわ。あのガイアもイヤフォンのおかわりが欲しいって言ってくれたのよ。誰かが求めてくれるなら……ううん、求めてくれなくても私はやるわ。もっと音魔法を、ASMRを知りたいもの!」
「もぉ、ソノラ様ってば! まぁ、ソノラ様らしいですけどぉ……」
生き生きと瞳を輝かせ、足早に音宮に戻るソノラにフランはため息を漏らしつつ、こっそり頬を綻ばせたのだった。




