第一話 ネルは伸びる子 テーレッテレー♪
「やばい、負ける、ギリ負ける」
森の中に剣戟と、少年のまだ声変わりを終えていない高い声が響く。
少年の名はネル。フルネームをネル・フランネル・ネルネ、13歳。自称まだまだ伸びる伸び盛りの男の子。つまり、まだ伸びていない小柄な少年だ。
そのネルと剣を交えているのは如何にも野盗といった粗野な風体の男だ。野盗は体格差を生かして少年を攻め続けた。
「おらおら、どうしたちょろちょろと逃げ回りやがって。荷物を置いてとっとと失せやがれ」
野盗の警告にフルフルと首を横に振ったのは、馬を失い壊れた馬車の陰から戦いの行方を見守っていた農夫だ。
「このキャッサバを失ったら村は冬を越せねぇだ」
農夫が嘆く、村々を繋ぐ街道は安全とは言えず寒村には行商人も来ない。
遥か昔、突然の魔力暴走により古代超魔道帝国が瞬時に滅亡してから数百年。
支配者を失った世界は、まだ日々の安寧を手に入れてはいなかった。
正直なところ、ネルからして野盗は大した敵ではなかった。13歳の身体は無尽蔵といえる体力で野盗の片手剣を避けては、手にした長柄の槍斧で受けてはさばく。
しかし、不自然にもネルは絶対に、ある一方向に背を向けない動きをしていた。
「何でも屋!ガキをやるから手を貸せ」
野盗が自身の背後にいるであろう何者かに手助けを求める。
野盗の背後でありネルの正面に居たのは細身ながらもインパラの様に鍛え上げられた肉体を持つ整った顔立ちの青年だった。膠着した二人の戦いに彼が加勢をしたなら、あっという間に決着はつくだろう。
「困ったことを言うね君は。確かに僕は今日一日君に雇われた護衛だ。剣の手ほどきも約束したよ」
やや離れた所で街道沿いの樹にもたれ掛かり、戦いを静観しながらも場の支配権を持っていた美青年はネルの敵だっだ。
ネルはこの美青年を常に視界から逃さない様、歪な戦い方を強いられていたのだ。
「その子供は君に丁度良い相手だよ。万一負けそうになったら助けてあげるから腕を磨きなよ」
美青年は木にもたれ掛かりながらも、右手は胸元の投げナイフに添えらえていた。ただそれだけでネルは一瞬たりとも美青年から目を離すわけにゆかない。
そのネルが使っている武器は自身の身の丈ほどの槍だ。先端には槍だけではなく小型の斧、その斧の反対側にも小型のハンマーがついたハルバードと呼ばれる武器だ。まだ体の小さいネルなりに考えて選び鍛錬を繰り返してる相棒だ。
そしてピンチだなんだと言いながらもネルは野盗の剣を危なげなく捌き続けていた。どうやら、傍観している美青年を含め、加勢された場合のピンチらしい。
しかし、さっそくその美青年から助言という加勢が入る。
「気をつけて。穂先と斧を交わしても安易に潜り込めないよ、槍を持った素人は相手を突き放そうとやっきになるものだけど、その少年は引き付けてから鎗の柄と石突、石突ってのは槍の無い側だね。こちらも巧みに使う。真面目に鍛錬を繰り返して来た者の動きだよ」
美青年の的確な助言にネルは悪態を付くしかない。
「よせよ照れるぜ!良い師匠だなコンチクショウ!こんな街道荒らしなんかやってないで俺にも剣術教えてくれよ」
「残念だったね、先に料金を払ったのはそっちの男だ。それに、ハルバードなんて捌き方は知っていても、真面目に鍛錬している君に教えられるほどの腕はないよ」
「え?そう?・・・ありがとな!」
少し悩んでから、腕を褒められた事を無邪気に喜ぶ事にした。
美青年はそんなネルを微笑ましく思いながらも、やる気なさげに樹に体重を預けて空を見上げた。
「まさか、その護衛を依頼してきた側が強盗をはじめるなんて思いもしなかったけどね。これからはもっと考えて契約しないとな」
自身が加勢しなければ少年が負けることはないだろう。大怪我しない程度に依頼主の男が負けてくれれば回復魔法をつかって護衛達成としたいところだった。
だがしかし、事態は美青年の思惑から大きく外れ始める。
「おっちゃん!」
盗賊が即答した。
「俺はまだおっさんではない」
「お前じゃない」
「おらも、まだまだ若いだよ」
「え?まさか僕じゃないよね?それは真面目にショックだよ」
「・・・メンドクサイ。次、否定したらオイラは帰る」
壊れた馬車の影から出ることなく農夫が懇願する。
「そんな!坊やに見捨てられたら、荷物のキャッサバが奪われてしまう。それに殺されるかもしれねえだよ」
ならばと鼻息荒くネルが一度大きく横に薙ぎ払い、野盗との間合いを広げた。
「・・・お兄さん!」
「なんだ!降参か?」
「なんだべ?」
「・・・」
「お前ら、仲良いならもう勝手にしろよ!農夫のあんちゃん!僕がやる気を出して凄く頑張るから、気持ち込めて応援して!」
美青年が呆れてそれに答える。
「なんだいそれ?」
「オイラは褒められて伸びる子なんだよ」
「がんばるだー、村では爺様たちも帰りをまってるだよー」
「違う!もっといい感じで応援して!あと、爺さんでは足りない!理想は綺麗なお姉さんが良いです!」
美青年が手をメガホンの様にして口にあてたが・・・やっぱり辞めた。
「こうなったら奥の手を使うしか無い」
大人は若者を理解しないものだと嘆きながらも、次の手を打つことにする。
攻めあぐねている盗賊はさておき、美青年にしてみると何もそれを待つ必要はなかったのだが、ネルが何をするのか興味があった。
ネルはハルバードの石突きを地面に押し当てると、ズバッとその場で一回転する。足元には綺麗な円が描かれた。
野盗は警戒して距離を取る。
美青年も樹に寄りかかるのを辞め、インパラの様なしなやかな重心を僅かにつま先に掛けた。
「あまりこういう事に頼ると、立派な大人になれないと思うので使いたくありませんでした」
誰に言うでもなく少年が言い訳をしてから一歩さがって片膝をつく、そして右手を円に向けた。
美青年は驚きのあまり前かがみになった。
「え?それが魔法陣のつもり?そんなものが発動するわけがないよ」
だがしかし、ネル・フランネル・ネルネの瞳はその魔法陣を少しも疑っていない、真っすぐなものだ。
「召喚!」
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