赤眼兎擬
即興小説から転載 お題:狡猾な冒険 制限時間:15分
さて、お次はどうしましょうかねぇ。
よりどりみどり、驚異の人生と幻想夢幻はそこらかしこに浮かんでいる。
闇から出でた『記憶』と『記憶』。
どれに致しますかな?
おや、ぎょっとしてどうしたかね?
ああ、随分奇態な男だねぇ。
赤い目をして、白い長い耳をつけている男。
見て分かる通り。そいつはひどく、白兎を愛した男なんだよ。
え?その赤い目はどうしたかって?ギラギラとした・・・
まあまあ、聞きなさい、話を・・・。
腕に抱いている白兎が見えるかい?
そう、彼と同じ、赤い目をしている。
彼はとある資産家だ。兎がたいそう好きでね。もともとたくさん、家で飼育していたんだよ。
ある時、舶来品として、かの兎が手に入った。
雪のように真っ白な毛並み。宝石のような真っ赤な瞳。
えもいわれぬ美しさに、彼は驚嘆し、そして陶酔したのさ。
彼は気に入りの白兎を片時も離さないようになった。
使用人たちはわりと微笑ましい目線で彼を見守っていたようだよ。いい主人だったようでね。
ご主人は大変優しく白兎と触れ合っていたようだ。
さて、君は最初の黒猫を愛して、黒猫が人間になる夢想を抱いたご婦人を覚えているかね?
果たして、彼はその類なのさ。
しかし、彼の方は彼女とは逆でね。
自分の方が兎に近付こうとしたのだよ。
大の男が、白兎を可愛がる様は、微笑ましい姿だったが・・・
彼の中ではどんどん白兎に近付きたい思いが募ったのさ。
狂気じみてきた彼の狡猾なる兎化への道を開拓した。
彼は人間と兎の遺伝子を研究してね、それに没頭したのさ。
財をなげうっての冒険だった。
しかし、元々研究していたわけでもないのに、そう上手くいきっこなかった。
遺伝子についてもそれほど解明されていたわけじゃないしね・・・。
彼が生み出したのは、奇妙な動物たち。
いわゆるキメラと呼ばれるものばかりを研究で生みだし、哀れで奇妙な動物に彼は囲まれた。
中には人間に近いものもいるようだ・・・材料に使ったのかね?
白兎だけは、いつだって美しく、彼の側にあった。
こんなにも近くにいるのに、近付けない存在。
彼は心を白兎に蝕まれていたのだ。
しかし彼には良心があった。
すべてを塗り潰してしまうほどの狡猾さがなかった、といってもいい。
哀れなキメラたちを創り出すのが怖くなっていったのさ・・・。
ある日、彼は、研究を放り出した。
自らが生み出したものへ火を放ち、すべてから目を背けた。
そして、自分の頭に兎の耳を装着し、自分の目を抉り取って紅玉で作った義眼を入れて、すべてから解放されちまったのさ。
見給え、この悦に入った表情を・・・。
膝の上には白い兎。たっぷり肥えて太り、つやつやしている。
彼はその兎の感触を楽しみ、微笑んでいる。
見えない目の裏にはその光景が浮かんでいるのだろうね・・・。
白い兎に寄り添う、白い兎となった自分の姿が・・・。
え?
気持ち悪い?
まあ、幸福など、実はそんなものなのかもしれない。
人によっては腐ったような自己満足が幸福をもたらすのかも知れないね。
それなら誰にも迷惑かけてないから放っておけって?
さあ、それはどうかね。
彼を慕っていた使用人たちが、狂い出した主人の所業とその末路を知っていたらどう思うだろうね・・・・・
彼が誰にも迷惑をかけていないと思うかい?