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5剪涕の離罰

 


緑の燐光が煌めき、ハイドラッカーの口角が開かれる


「さっそくきたな!!」


思考が恐怖に飲み込まれる前に、左手に持った瓶の中身を一気に呷る

手に持った瓶が滑り落ち、抗えない痺れが全身を襲う


「…………くっ……………………はあ……………………ぐ……………………」


内側からあふれ出る怖気と寒さが自分という存在を根底から覆そうとしている

ここにいるなと、今すぐ背を向けて走り出せ

お前はこの恐怖に立ち向かうことなどできやしないと


逃げろ


逃げろ逃げろ逃げろ


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


「キキ……………………?」

「はぁ…………はぁ…………はぁ…………はぁ…………」


ゆっくりと近づいてくるハイドラッカー

恐怖が、後悔が、絶望が

今すぐこの場所から逃げ出したいと、俺は考えるが身体は動かない

ナイフが引き抜かれ、獲物を引き裂こうと今か今かと輝いている


「……………………ッ」


軽い衝撃、削られるHP


「ははっ…………大当たりだ」


俺はまだ、死んでいない!



ーーーーーーーーーー



「マヒ薬?」

「ああ」

「いや、ハイドラッカーに状態異常は効かないよ。状態異常を与えて少しでも動きを鈍らせようって考えもあったけど、そもそもイデアモンスターに生半可な毒は効かない」

「飲むのは俺だ」

「はぁ?」

「うわ凄い目」

「即死攻撃をしてくる相手に文字通り手も足も出なくしてどうするんだよ」


アキラの疑問はもっともだ


「ハイドラッカーの攻撃が全て即死攻撃なわけではない」

「僕、一撃でHP吹き飛びましたし、トッププレイヤーも耐えられた人がいないんですけど」

「耐えた」

「はい?」

「俺は耐えたぞ」

「はい?!」


アキラから聞いたハイドラッカーに関する話、どんなにVITやHPを伸ばしても必ず一撃、しかもカスっただけで死亡したという話だ

そこからハイドラッカーは即死攻撃使いで、一撃も攻撃を受けずAGIを限界まで伸ばして戦うべきというのが通説になっている

だが思い出すのは糸の拘束がなくなり、一目散に走り出したあの瞬間

背中に走った衝撃は確かにハイドラッカーの攻撃だった

ハイドラッカーが手加減をしたのか、偶然即死効果が発揮されなかっただけかもしれない

けど少ない情報の中で唯一俺が死んでいない以上、今までの通説をひっくり返すには十分だ


「即死攻撃にはなんらかのトリックがあると思う」

「トリックって…………」

「そもそもハイドラッカーとの交戦回数が少なすぎる。偶然で、しかも何の準備も無しに戦えばまともな情報なんて残るはずもない」

「なら結局、なんでマヒ薬が必要になるんですか?」

「状況の再現を行う」


あの時俺は一切見動きが取れない状態でハイドラッカーと相対し続けた

その状態で攻撃を仕掛ければ終わるはずなのにあいつはジッと待つばかりで、攻撃してきたのは俺が逃げ出した瞬間からだ


「俺は、あいつから離れることが即死攻撃の条件だと思っている」

「ギミックボス、ですか?」

「アキラもあいつがスキルを使っていたの見てただろ?」

「恐怖効果を与えてくるものだって掲示板で聞きました。イデア・モンスターはそれぞれ固有のスキル、魔法、機構を一つずつ持っているって」

「スキルを喰らえば恐怖でその場から逃げ出してしまう、それを回避したい」

「…………それで無理やりその場に留まるために、マヒ薬を」

「ああ、頼めるか」

「分かりました…………でも、大丈夫ですか?」

「なにが?」

「その場で動けなくなるってことはずっと恐怖に耐え続けるってことですよね。最悪セーフティが作動して強制ログアウトすることになりますよ、そうすれば一定期間ログインができなくなる」

「大丈夫だ、心臓が暴れまわるのには慣れてる」

「そっちの方が心配ですよ…………」

「はは」



ーーーーーーーーーー



「風よ、眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』!」

「ギィ!?…………キ、キ」


魔法が直撃し、突き刺さったナイフが引き抜かれる

魔法の威力はイデア・モンスター相手でも健在で痛みに悶えているのが見て取れる

立ち上がれば先ほどまでの焦燥感はすっかりと消え去り、今はただ目の前の敵を倒せと高揚感が包み込む


「うおおおおお!!」

「キ……………………」


木刀を袈裟斬り、相手の左肩へ叩き込む

よろめいて態勢を正そうとしたところにすかさず左拳を顔面へ

後ろへ下がろうとする前に足を踏みつけ逃がさない

そのまま相手の鳩尾目掛けて木刀を突き入れる


「キグゥ?!……………………」

「ボコボコにされるのは初めてか?まだまだ行くぞォ!!」


腕、脚、胸、頭、また腕、腰、頭、もう一度頭

壊れた人形のように全身を叩き、振り回す

腕を逃がそうとすれば腰を

頭を守ろうとすれば胸を

向こうの行動に合わせ、誘導し、行動の選択肢を奪い続ける


「慣れてきたな」

「キ?!」


今度は銃を発砲

一連の行動に慣れ始めた頃合いを見て、選択肢を増やす

さらに魔法も織り交ぜ、慣れる時間を与えない


「風よ」


防御と回避、反撃の仕方を見る限り、向こうは普通の切り合いにはまったく慣れていない

それもそのはず、向こうは今まで「敵」と戦ったことがないんだろう

スキルを使えば、目の前にいるのは全て逃げ惑う「獲物」に過ぎなかったのだから


「このまま押し切る…………ッ…………なんて、甘くないよな」

「キー…………キー…………キー…………」


打ち込んだ木刀が弾かれ、そのまま距離を取られる

思った以上に筋力は無いみたいだが、それでも普通の攻撃でこっちのHPを一割削ってくるほどだ


「キ」


ナイフをしっかり構え、こちらを見据える



「……………………ッ!」

「キキキキキキキッ!!」


こっちから仕掛けるが淀みのなく回避される

さっきと違ってこっちの動きにしっかり対応してくる

回避を繰り返してばかりだが、向こうはナイフ

リーチの短さを補うには、こっちが隙を見せる瞬間を狙うこと

反撃によって一瞬垣間見えるナイフの鋭さに恐怖を覚える

そう考えると全力で振り抜くことが難しくなり、戦い難い


「だったら…………風よ」

「キ!」


至近距離での詠唱

向こうは咄嗟に回避の挙動を始める

魔法を何発も受けているのを考えれば当然


「逆巻き、吹き下ろせ『ダウンバースト』!!」


発生するのは正面ではなく頭上

凄まじい暴風が地面に向けて放たれる

発動したのは三節魔法の「ダウンバースト」

魔法干渉域であるMAG———魔法が影響を与えられる円周範囲———内の上部から強烈な風を吹き下ろす魔法

突然頭部を押さえつけるような風を受けたハイドラッカーはその場で態勢を大きく崩す


「キャ……………………キ」

「今度はどれくらいで復帰できる?!」


木刀を振りかぶり、先ほどと同じような連撃が展開されると思ったが手ごたえが返ってこない


「嘘だろ、ブラフかよ」

「キッキッキ」


左肩から右腰にかけてざっくりと深い傷跡ができている

身体を大きく崩したのは演技でこちらを誘導するためのもの

この短時間でここまで成長するなんて


「風よ、眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』……………………チッ」


咄嗟の魔法は回避され、相手の横をすり抜ける

後ろを確認するハイドラッカーは、全身ボロボロであと少しで倒せそうにも見えるが、こっちも似たようなもの

HPは残り三割あるかないか


「キキキ…………キキキ…………キキキ」

「はは…………そろそろ、決着だ!風よ!」


銃弾をばらまきながら前進、詠唱も開始して武器を構える

切りかかった木刀が弾かれ、ナイフが顔に突きつけられる

銃身でナイフを逸らし、左肘を下から相手の右腕にぶつけて腕を開かせる

左足を軸に蹴りを繰り出すが後ろに下がられて空を切る

バックステップを取りながら回転、左側を前に半身となって左手を前に出す


「……………………最後の魔力だ『ウィンドスラッシュ』!」


相手はこちらへ走り出しており、通り道の左右には分厚い木が生えている

このまま行けば左右への回避は厳しく、飛んで回避するつもりなら格好の的だ


「(どうする?)」


ハイドラッカーの選択は


「……………………は?」


止まってる

魔法が、ハイドラッカーの眼前で止まっている


「キキキ」

「ッ!!」


こいつは俺のMAGギリギリで停止しやがった

魔法がMAGの外円まで届くと、その時点で魔法は停止する

しばらくはその場に残り続けるが、消えても魔力が帰ってくるわけじゃない


「ふっざけんな…………」


前に出ればその分MAGも動く、けれど重心が後ろにある以上直ぐにとはいかない

かといって仕切りなおすにしてももう魔力は無い

この短時間での対応力を考えるとこの一発は当てなければ後が怖い

方法はある、だが


「…………………………………………」


永遠に感じられるような思考の流れにある一言が蘇る


『喧嘩は日和ったほうが負け、いいね?』


ああ賭けてやるよ、オールインだ!

手に持った木刀を放り投げた


1


2


3


4


5


「『全身全霊』!!」

「キキィ!?」


全身全霊は自身のステータスを上昇するスキル、もちろんMAGも

飛距離が伸びた魔法がハイドラッカーの顔面に叩き込まれる

走り出しながら銃を発砲


「夢想」


30


拳を握りしめ、顎を狙って振り上げる

この三十秒で削り切れなければ俺の負けだ


「木漏れ日」


25


俺が選んだフラグメントは全種類

『赤』で風魔法

『青』で斥力機構

『緑』で全身全霊

なら『白』は?


「安寧の日々」


20


『白』のフラグメントの効果はまずデメリットとしてまずジョブと『白』以外を選んだ時に得られる魔法、機構、スキルがランダムに選出されること

ハズレや自分に合わないもの、他の色と相性が悪いものなんかも選ばれる、そこに常時発動するパッシブ効果なんてでれば目も当てられない

そんな博打を打つ代わりに得られるメリットは二つの特殊なランダム効果を初期武器に付与すること

といっても片方はデメリット効果で上手く使えるものもあるが、最悪積むことだってある


「眠る『私』」


15


こんなデメリットだらけのフラグメントで得られるメリット

さぞ素晴らしいものなんだと思うだろうがランダムである以上もちろん当たりハズレがある

ひどいもので自分が与えたダメージと同じダメージを受けるとかがある

なら、俺が手に入れたものは?


「永遠の楽園」


10


殴り続けている拳に変化が訪れる

ハイドラッカーが纏うものとは比較にならないほどドス黒いもやが右腕からあふれ出してくる

変化は顕著に表れた

笑顔だったハイドラッカーが口をつぐみ、全身をブルブルと震わせ始めたのだ


「されど汝、咎を刻む」


5


詠唱終了、()()()()()

パシッ、と後方に向けた右手に飛んできた木刀が収まった

手に持った瞬間右腕のもやが全て木刀へと流れ込み、刀身を黒く染め上げる


4


デメリットはシンプル

装備変更不可、しかも非装備状態だと一定時間経過で手元に戻ってくる

名は『不渡の呪い』


3


メリット

()()は、木刀に触れていない状態で特定の言葉を詠唱し、もう一度手に持つことで発動可能になる

アキラに見せたときはひっくり返ってしばらくなにこいつやばぁみたいな目で見られたほどの激レア効果

右肩を前に出して半身となり、腕を閉じて構えを取る


「キキャキキキキキキャキャキャ???!!!」

「ッ」


2


ハイドラッカーは背を向けて、一目散に走り出す

長く維持はできない

外すことはできない

だから


「アキラ!!」

「『アースウォール』!!」

「キ!?」


誤差無しのベストタイミング!

最高だぜアキラ!


1


ハイドラッカーの逃走方向に土の壁が生成

アキラの役目は二つ、マヒ薬とハイドラッカーが逃げようとした時の足止め

もうどこへも逃げられないその背中へ、至不の木刀に刻まれたその一撃を叩き込む

それは他者を呪い、自分を呪う、おぞましき呪術


「『剪涕(せんてい)離罰(りばつ)』!!」


右肩へと当たった木刀がそのまま左腰まで滑っていく

刀身を染めた黒色はまるでインクが流れるようにハイドラッカーの身体へ刻まれる

『剪涕の離罰』

HPを一割消費し次の攻撃後、自身の基礎ステータスの合計値を参照した追加ダメージを相手に与えるという効果


「キ?」


刻まれた黒色が、忘れていた過去を思い出したかのようにその身体を引き裂いた


0


「——————————!!!!!」



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