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4恐怖を飲み干して



「ハイドラッカー……………………?」


黒い人型のもやの名前なのだろうか

引きつったアキラの顔を見る限り、危険だということはわかる

月明りに照らされ全体的な姿が見て取れる

ゆらゆらと揺らめいて掴みどころがなく、顔が真っ黒で左手になにか黒い物体を持っていることがわかる

確かに不気味だがそこまで―——緑の燐光が煌めく――――


「キキッ……………………」

「……………………あ?」


なんだ

    顔が

           笑顔

  口               なん

怖い

      逃げろ   緑

 アキラ?   逃げ   誰もいない

動かない 逃げろ       怖い スキル

   夜  見てる   こっちを見てる     笑って  オカシイ

逃げろ 月 笑顔 もや 糸 動かない 時間 まだ 逃げろ

どうして 逃げろ モンスター 怖い 逃げろ 逃げろ 逃げろ

逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ



……………………逃げろ



…………逃げろ



逃げろ……………………



逃げろ



逃げろ!



逃げろ!!



逃げ……………………



「……………………あ……………………」


左手に持つ黒い物体へ手を伸ばす右手

ゆっくりと引き抜かれたそれは、暗い森の中、消えてしまった月光を宿すかのように輝いている

大振りのナイフ

ああ、これは



こ ろ さ れ る



「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


糸の粘性が無くなった瞬間一気に走り始める

みっともなく声を上げ、体勢を崩しても遮二無二に走り続ける


「……………………がっ?!」


背中に衝撃が走る

HPが三割も減っている

前に吹き飛ばされてもなんとか起き上がって走り出す

走って、走って、走って、どれくらい時間が経った?

十秒?五分?一時間?気づけば時間の感覚がなくなっている


「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」


背後を振り向き先ほどの怪物がいないのを確認すると立ち止まり、息を整える

スタミナの数値はないので疲れることはないはずなのに呼吸が苦しい

何度呼吸をしても動悸が収まらない


「……………………あれ?」


だが、さっきまであった恐怖心がもう感じない

背筋が凍りつくような感覚と沸き上がってくる焦燥感がなくなっている


「どうして……………………ッ」


背後から肩を掴まれる

近づいてくる気配も物音もしなかった

このエリアにいるプレイヤーは自分以外にはアキラくらいしかいない


「……………………アキラ、だよな…………?」


肩から感じるのは冷たい温度

声をかけても帰ってくるのは沈黙ばかり

先ほどの恐怖が少しだけ戻ってくる

今この瞬間、自分はどうするべきか

答えは


「う、うおおおおおお!」


武器を手に振り向き背後の恐怖へと立ち向かう

今のHPならばさっきの攻撃も一撃くらいなら耐えられるはず

何もできないまま、死ぬわけにはいかない


「……………………」


視界がズレる

振り抜く右手に力が入らない

見えるのは黒いもやと振り抜かれたナイフ

肩を掴んでいたのは右手だった

つまりこちらが攻撃に移るのを、読んでいたということ

身体が、地面へと落ちる

落ちておく視界には、立ったままの自分の下半身

HPは既に尽きていた


「キキキキキャキャキキキキキキャキャキャキャキャキャキャ!!!!!」


「……………………ははっ」


____________________


     GAME OVER


     CONTINUE?

      YES/NO

               15s

____________________



ーーーーーーーーーー



「……………………」


目が覚めると青い空と木漏れ日が見える

身体を起こして周りを見ると、自分が森林内にいくつかある開けた空間であることがわかる


「…………うーん……………………うーーん?……………………」


さっきまで自分が経験した出来事を考える

急に夜になった森

イデア・モンスター

ハイドラッカー

恐怖

ナイフ

掴まれた肩

即死


「どうしたもんかな……………………」

「…………ヒカル」

「うおお!?……………………ってなんだアキラか、びっくりした」


背後から唐突に声をかけられ座ったまま飛び上がるところだった

振り向くと、さっきまで明るく笑っていたはずの姿とは違い、見るに堪えないほど悔しさ、憤り、悲痛が折り重なった表情を浮かべたアキラが地面へ座り込んでいた


「ごめん、ヒカル。エリア攻略はあきらめるよ」

「え?どうした、急に」

「ハイドラッカーを倒すのは無理だ、現実的じゃない」

「聞く限り、あいつがここにいるのはイレギュラーだってのはわかる」

「ハイドラッカーは定期的にいくつかの生息地へ移動することが有名で、期間はだいたい一ヶ月から二ヶ月、でもこのエリアで目撃されたという報告は一度もなかった」

「……………………」

「どこにも見当たらない時期があったけど…………まさか初期エリアにいただなんて、予想外だよ」

「……………………そうか」

「向こうは少し触れるだけHPを消し飛ばす即死攻撃をしてくるし、最前線のプレイヤーが俊敏特化の構成でも追いついてくるだけのAGIを持っている。碌に強化も入っていない初期装備で攻略しようだなんて不可能だ」

「一ヶ月くらいここで待つっていうのは?」

「ここのリスポーン地点、制限時間があるんだ」

「期間は?」

「一週間」


アキラが言葉を発するたびに、その姿はどんどんと小さくなっている気がした

ようやく拾い集めた宝物が、自分の目の前で一つ一つ砕かれていくかのように


「無理に頼み込んでおいて勝手なこと言っているのはわかっている。でもごめん、僕には、できない」

「…………わかった……………………まあそれはそれとしてちょっと協力してくれ」

「え?」


立ち上がりメニュー画面を開く

装備品、残弾、消費アイテム、魔力量なんかを確認

アキラは驚いた顔のまま固まっており、なんだかちょっと笑える

あの人も、こんな気持ちだったのだろうか


「…………よし、まあやるだけやってみるよ」

「正気?ヒカルもあのモンスターを見たならわかるだろう?あんな恐怖心は今まで感じたことがない、あれは人間が感じられる恐怖を遥かに上回る、本当の恐怖そのものだよ!」

「うん、正直めっちゃビビってる」

「ならなんで?!」

「それは…………うーん」


立ち上がったアキラは理解が追いつかないといった様子でこちらへ詰め寄ってくる

きっと、同じ経験をしたもの同士、考えも一緒だと思っていたのだろう


「『ゲームとは、特別な時間のために存在している』」

「え?」

「『今の人々には想像もつかない世界、知識、現象を空想の中で築き上げ、プレイする人間に見たことのない新しい発想を与えてくれる』」

「『楽しい、嬉しい、好き、感動したと、ポジティブな感想』」

「『広い現実の中にある、小さな時間』」

「『誰かと笑顔を共有したい、それこそが遊戯の本質だ』」

「……………………」

「『けれど、ゲームはそれだけではない』」

「『悲しみ、憤り、嫌悪、恐怖、ゲームが人の手によって作られる以上、そういう感情も往々にして存在する』」

「『けど、結局はゲームだ』」

「『ゲームは、楽しんだものが勝者だ』」

「『善も悪もまとめて飲み干して、笑ってしまえばそれは思い出に成り下がる』」

「『心というものを証明する手段を、人は持ち合わせてはいない』」

「『それがゲームの枠を超え、悪意を以て人に危害を加えない以上、傷ついたという言葉は結局本人の問題に過ぎないのだから』…………なんて言ってた人がいたんだ。ましてやこれはVRゲーム、この身体は作り物で現実の身体が傷ついたりしない」

「だから俺はこの世界(ゲーム)を楽しみたい、ふざけるわけでもなく真剣に…………俺も、自分に負けたくない」

「!」


それはアキラが自分に言った言葉だった


「頼む、少しだけ協力してほしい。一緒に戦ってくれとは言わない」


頭を下げて、懇願する


「勝算が、あるの?」

「それを確認するためにもアキラの力が必要なんだ」



ーーーーーーーーーー



「…………ゲームを楽しみたい、か……………………ひどい嘘だな」


明るい日が差す森の中で一人、佇んでいた

右手には木刀

左手には、小さなガラス瓶

深呼吸を繰り返し、心の準備を整える


「ハイドラッカー!!俺は!!ここにいるぞ!!」


大声を上げ森の中を歩く

あいつが現れるとき周囲は一気に夜へと移り変わる

こうやって自分の居場所を誇示すれば、自ずとやってくるはずだ


「…………もうきた、案外ノリがいいみたいだな」


景色が一瞬で切り替わる

太陽の暖かさが消え、ざわめくように風が吹く

空には巨大な満月が灯り、木々の薄いこの広場を照らしだす

眼前には首を傾げる黒いもや

ナイフを携え、目がないはずなのに、こちらをジッと見つめている気がする


「よう」

「キキッ」

「…………今日、お前(恐怖)を乗り越える」


互いに武器を構え宣言する


「……………………キキッ」


煌めく緑の燐光が、開戦の合図だった



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