26背後に注意
太陽が中天に登る時間帯
巨大な石造りの扉の前に数人の人影が並び立っていた
「…………よろしいのですか」
集団の中でひときわ背の高い男性が扉に手をついた女性に声をかける
「…………放置は、できません」
「しかし、貴方様が自ら向かう必要は」
「この鍵を使えるのは、私だけです」
女性が懐から小さな物体を取り出すと扉の前に掲げる
すると石扉が輝きだしゆっくりと音を立てて開かれる
「……………………行きましょう」
「……………………」
女性が先導するように集団が扉の奥へと入っていく
「A」ルート事件による全プレイヤーの強制ログアウトから二日後のことだった
ーーーーーーーーーー
「……………………」
硬いもの同士がぶつかり合う音が響く
一人の人間が、壁にかけられた黒い板に白い棒を当てて動かしていた
その背後には数十人の人間が等間隔に並べられた椅子に座り、同じように並べられた机の上を覗き込んでは腕を動かしたり正面を向いたりを繰り返していた
「……………………ッ」
その中でひときわ目立つ人物
まるで漂白されてしまったかのような真っ白な髪を、腰まで伸ばして顔を隠した男性がいた
彼は周囲の者たちとは違い手元を一切動かしていない
その表情は見えないが焦っていることだけはわかる
「……………………や、やばい」
授業終了のチャイムが鳴るまで、彼が動き出すことはなかった
ーーーーーーーーーー
「……………………」
教室には誰もいない
今日は夏休みの登校日、ほとんどの人間はとっくに帰っているか部活動に勤しんでいるところだろう
椅子に身体を寄りかけ、教科書を睨む
「……………………まったく覚えてない……………………はぁ」
内容が全然頭に入ってこない
今までやっていた授業の内容が完全に頭の中から吹き飛んでいた
「……………………まぁ一年も勉強から離れてたし、しかたないか」
時間加速があればいくらでもゲームがプレイできて便利だなって思っていたがこんな弊害が生まれるとは
自分が取っていたはずのノートの内容、今では見覚えのない他人のものにしか感じられない
早急に対策を講じる必要があるはずなのだが
「……………………あいつ、何やってるんだろうな」
思考はずっと、あの世界の方へと向いている
強制ログアウトにより目を覚ました俺が最初にやったことといえば、VR内で起きた出来事が夢じゃなかったか確かめることだった
急いでパソコンを開いて関連情報を確認したところ、ネット内は阿鼻叫喚のお祭り状態だった
先日のイデアモンスター討伐に続いて突然の「A」ルート到達
強制ログアウトによる情報の遮断から憶測に憶測が飛び、先日のイデアモンスター討伐と相まって陰謀論じみた言説も飛び交っていた
「……………………これ俺の所為になるんだろうか」
流石に怖くなって見るのをやめた
安心したのは俺に関する名前が一切出ていなかったこと
恐らくレントさんがしっかり口止めしてくれてるのか、判断待ちなのか
「どうすっかな」
それから二日が経ち、今もまだログインができない状態が続いている
基本プレイ無料、世界で唯一のフルダイブVRではあるものの、プレイヤーの不満は少しづつ溜まっていく
そもそも強制アップデートが入るってなんだ?普通運営がその辺調整できるものだと思うんだが
「「C」ルートの時は半日でログインできるようになったらしいが……………………」
「C」ルート
レントさんに言われ調べてみたが、その内容はかなりひどい
正直どうしてマトさんや他プレイヤーがあそこまで俺を敵視していたのか納得がいった
半年前に起きたとある事件、それは―——
「ん?……………………あっマジか」
ポケットから振動、見てみれば「World Idea Fragment」公式からのお知らせだった
ログイン制限解除は今日の五時半、今は四時半なので一時間後に解除されるらしい
他にも色々書いてある
「…………?」
教室に誰かが入ってきた、男性か
忘れ物か、今から帰るのか、理由はわからないが気にすることはないだろう
この白い髪の所為かおかげか、クラスでは浮きまくっている
後ろを通る人を気にせずさらに詳しく見てみると、長時間のログイン制限によるお詫びなのか補填として三種類の中から一つアイテムが貰えるらしい
リストから一つ選んで習得できる「スキルの書」にアクセサリーとして装備するとEPの回復量を底上げしてくれる「EPジェネレーター」
最後が
「「マナポーション?!」」
内容が内容だけに大きな声を上げてしまった
MPを回復できる方法が自然回復のみである現状、能動的に回復する手段は喉から手が出るほど欲しい
魔法の威力を考えれば当たり前だ
というか
「ん?」
声が二重に聞こえてきたことに違和感を覚えて振り返って見ると、そこには先ほど教室に入ってきた男
近くで見るとかなり顔が整っていてどちらかというとクールなイケメンといった感じ
けれどらんらんと輝く瞳がそれを台無しにしている気がする
「なあマジなのか?!マナポーション配布って?!」
「え、あー、そう、みたいだけど…………」
テンションが高く、今すぐ踊り出しそうな気配すら漂ってくる
あと顔が近い近い
「うひょーこれでウチのクランメンバーも喜ぶぜ~最近研究が行き詰ってたって言ってたしな~モノホンがあれば完成が一気に近づくな!」
踊った
「は、はぁ、それは良かった?」
「おう!」
親指を立て目を弓なりにした笑顔で白い歯が反射で光る
なんだこいつ
「えっと」
「ってか若葉、お前もやってたんだなイデフラ!」
「イデフラ?……………………ああ」
ワールドイデアフラグメントってことか
いいのかその略し方で
「えっとその、会ったことあったっけ?」
「ん?覚えてないか…………っていうか悪いな、勝手にスマホ横から見て」
「ああいや、それは別に」
向こうは覚えているみたいだがこっちはまったく覚えてない
相手の言葉は途切れない
「いつから始めてたんだ?」
「えっと、一応三日?前から」
「マジか、そりゃ災難だったなー、せっかく始めたばっかだったてのに。ってかどうよ、凄くね?!VR!!」
「まぁ、それはもちろん」
「だろ!」
満面の笑み
なんというかこのゲームが好きって感情がひしひしと伝わってくる
悪い奴じゃ、なさそうだな
「そういえば今、クランって言ってたけど」
「あら、もしかして知らない感じ?」
「…………まぁ」
「ほーん」
意外そうな顔でこちらを見てくる
こいつこの学校で結構有名なのか?
マズイ、俺が疎いのか忘れてるだけなのかよくわからん
「なら聞いて驚け!なんと―――」
「ちょっと隼人!いつまで待たせるの!」
「げっ鈴…………」
教室の前側扉から誰かが入ってくる、眼鏡をかけた女性
少しウェーブがかかった茶髪でキリっとした目からは意思の強さが感じられる
女性は一瞬こちらを見て驚いたように立ち止まるが、直ぐに隼人と呼ばれた男に詰め寄った
「忘れ物は?」
「み、見つけた」
「ならさっさと来る!部長が呼んでるんだから!」
「え、あっちょっと待てよ!」
そういって腕を掴まれ、引きずられるように連れていかれる
抗議の言葉も無視され、扉を抜ける瞬間こちらを見て声をかけてくる
「えっと、若葉!またな!」
「あ、ああ」
そのまま見えなくなり、教室に静寂が戻ってきた
なんというか、嵐のように去っていったな
というか、また?
「……………………帰ろ」
時計を見ればそろそろ電車が来る時間
タイミング的にちょうどログイン制限が終わる頃には家に帰れるだろう
ーーーーーーーーーー
「……………………」
「なぁ」
廊下を歩く
教室棟を抜け、となりの部室棟に行くため連絡路へ
「どうしたんだよ一体、確かに待たせちまったけどよ…………」
「そういうそっちこそ、どうしたのよ」
「ん?」
歩きつつ、先ほどまでの隼人の行動について聞く
「なんであの『白髪鬼』なんかに話しかけていたのよ」
「いやお前、そういう言い方はやめろって…………」
さっきまで教室にいたあの男
普通じゃない真っ白な髪で、しかも長く伸ばして顔まで隠してる
一年の時からかなり有名で色んな人が興味本位で声をかけたりしていたが、反応が悪く周囲から浮きまくっている
悪い噂もあって、教師に便宜を図ってもらっているとか、悪い大人とつるんでいるとか、煙草吸ってたとか、あんまりいい話を聞かない
無理やり顔を見ようとした先輩が半月後に急に転校したって話から、みんな怖がって関わるのを避けている
「っていうか別にいいだろ、俺別に若葉になんかされたわけじゃねぇし」
「あんた別に今まで声とかかけていなかったじゃない、どういう風の吹き回し?」
「いやなんつーか、お前、気づかなかった?」
「なによ」
「あ~」
部室棟に入ると雰囲気が変わる
吹奏楽部や演劇部なんかの音が聞こえてきて、隼人も視線を向けるが直ぐに戻す
「こう、雰囲気っつーかなんというか、いつもと違くなかったか?」
「いつもと違うって…………」
そんなことを言われても、教室に入ったらあんたがアレと話してるのを見てびっくりし過ぎてそれどころじゃなかったし、何よりあの真っ白な髪に目がいってそんなの気にする暇なかったし
「授業中もそうだったけど、夏休み前とは全然違かったぞ…………今まではこうピリッとしてて、今はみよよんって感じだ」
「どういう感じよそれ」
こいつ偶に変なこと言うのよね
ただそれがあんまり馬鹿にならないあたりムカつくけど
「まあいいや、そういや深山先輩が呼んでるって言ってたけど、何の用だっけ」
「あれよ、一昨日の」
そう言っているうちに気づけば部室の前までたどり着いた
内部はかなり広めで防音がしっかりしている
どちらかというと放送室に近い
「ほら、行きましょ」
「ああ」
部室のガラス窓に貼られた紙にはこう書かれている
―——VR部、と
ーーーーーーーーーー
水の中から浮かび上がるかのような不思議な感覚
よく考えれば今回で三回目?四回目?だ、慣れるはずもない
地面に脚をつき、一息
周囲を見渡せば、そこは見覚えのある場所
「ああ、そりゃそうなるか」
初期エリアを抜けた石畳の道、初期リスポーン地点だ
「……………………シロ、いるか?」
周囲には誰もいないが虚空に向かって声をかける、すると
『ん~~~~』
身体の中心、胸の辺りから白い光が零れ落ちふよふよと浮かんだ後弾ける
そこに現れたのは見慣れた姿
若干表情が緩んでいて、眠そうに目をこすっている
『…………おはよ~』
「寝てたのか」
『…………ぅん』
まだ半分寝ぼけているみたいだが、特に問題ないみたいで良かった
せっかくだし完全に目が覚めるまで色々確認しておこう
ステータスを開く
____________________
NAME:ヒカル
JOB:旅人
所持金:305809コール
HP(体力):100/100
MP(魔力):100/100
EP(燃料):200/200
SP(霊気):5398
STR(筋力):20
MAG(魔法干渉域):20
DEX(器用):28
AGI(敏捷):20
VIT(耐久):24
LUC(幸運):20
装備
右手:至不の木刀 付:【死の踏駆音】
左手:機構式TOS斥力銃
頭:飾り紐の髪留め
胴:巡遊の旅装
右腕:皮籠手 付:揺らめく篝火の指輪
左腕:皮籠手
腰:巡回の旅装
脚:行脚のブーツ
[魔法]
『風魔法』
→ウィンド 1MP
→ウィンドスラッシュ 3MP
→ダウンバースト 7MP
[機構]
『斥力機構』
『背追機構』
[スキル]
『全進壮来』⇄『緩去全戻』
[ability]:『越境』
____________________
最大HPは元に戻っていた
確か一時間に一%回復するんだっけ
まあ取り合えずはこれか
____________________
・『全進壮来』
分類:スキル(異質)
発動後自身のステータスを基礎ステータスの1.1倍に変化させる
その後このスキルは『緩去全戻』となる
・『緩去全戻』
分類:スキル(異質)
発動後自身のステータスを全て一に変化させる
その後このスキルは『全進壮来』となる
____________________
『全身全霊』のメリットとデメリットを完全に分けたスキル
というか効果時間が書いてないんだけどどうなってるんだ?
「『全進壮来』」
____________________
STR(筋力):22
MAG(魔法干渉域):22
DEX(器用):22
AGI(敏捷):22
VIT(耐久):22
LUC(幸運):22
____________________
試しに使ってみれば、ステータスが一律揃っている
これはステータスが上がるというよりもこの値になるって感じか
しばらく待ってみるが、一向にスキルが終了する気配が無い
永続?
「補助ステータスを捨てる代わりに永続のバフ効果か…………び、微妙」
ゲーム性ガン無視だな、流石異質スキル
というかずっと身体から緑の燐光が出ててうざったい、現状使い得だが凄い目立つ
一応『剪涕の離罰』が基礎ステ参照だから使えなくはない
次はこっち
「『緩去全戻』…………うおっと」
____________________
STR(筋力):1
MAG(魔法干渉域):1
DEX(器用):1
AGI(敏捷):1
VIT(耐久):1
LUC(幸運):1
____________________
清々しいまでの全て一、身体に力が入らない
これじゃあ赤子に手を捻られる始末だ
まあ使い方に関しては問題ない
「解除っと、後は」
ステータスが元の数値に戻る
最後を確認する
____________________
・『越境』
超えられぬものがある
超えてはならぬものがある
それでも貴方は切り裂いた
自分自身を証明するために
使用中自身の基礎VITの値だけ基礎STRと基礎AGIが上昇するが一秒毎に最大HPが十パーセント減少する
_____________________
「イカれてんのか?」
いやこれはちょっとマズイだろ
VITの値だけ上がるってことはSTRとAGIが40まで上がるってことだろ?
確か現状のトッププレイヤーのステータスがだいたいそれくらいって話だから普通にヤバい
「いやデメリットを考えれば妥当、なのか?」
分からん
取り合えず試しにつかってみるか
「『越境』」
____________________
STR(筋力):40
MAG(魔法干渉域):20
DEX(器用):28
AGI(敏捷):40
VIT(耐久):24
LUC(幸運):20
____________________
「え、えぐい……………………どうしよコレ」
今補助ステ積んでないけどあったらもっとひどいことになるぞこれ
アビリティに関する情報とかネットに転がってなかった
いや、レントさんは知ってるっぽかったけど今から聞きには行けないよなぁ
入った瞬間ハリネズミになる未来しか見えない
ん?なんか身体がミシミシ言ってる
「……………………うがっ?!」
全身の骨が折れて死んだ、そういえばそうだった
ーーーーーーーーーー
「てなわけで、ちゃんと喋ってもらいたいんだが」
『……………………ちゃんとって言われても』
リスポーンして直ぐ、しっかりと目を覚ましたシロに詳しいことを聞く
正直何でシロが生きているのかも、「A」ルートが何なのかもわからない
『…………前に言った時と変わらない』
「あの暗闇にいたって話か?」
『うん』
本人も理解してないのか
多分「A」ルートってのが理由なんだろうが、如何せん何の情報もない
リザルトっぽいのも即砕いたし、判断がつかない
『…………というか、ヒカル』
「どうした」
『…………私、生きてる』
「まぁ、うん」
『……………………』
無言の圧を感じる
いやお前
「今さら感動の再会とかできないだろ」
『……………………』
「……………………したいのか」
『……………………』
コクリと頷く白いお嬢様
こうなるともうどうしようもない
甘いのかな、俺
まあいいか、ハイハイ321スタート
「……………………シロ、お前、どうして…………死んだはずじゃ…………」
『……………………わからないけど、生きてる』
「わからないってなんだよ……………………くそ」
目から涙が出てくる
なんだよそれ、あんなに死ななきゃいけないとか言って色々好き勝手やったくせに、結局こんな風にひょっこり現れやがって、俺が一体どんな気持ちだったと思ってやがる
『…………ごめんなさい』
「謝るなよ!」
『…………でも』
「…………いいんだ、いいんだ!」
生きている、今ここで、シロが生きている
いつものように、あの日々と同じように
覚めるはずだった夢の続きを、今こうして見ることが出来ているんだ
だから、いいんだ
『…………ヒカル』
「…………シロ」
互いに手を伸ばす
触れることはできないけれど、きっとそこには温かさがある
シロも、泣いていた
「お前が生きていて、よかった」
『……………………うん』
お互い余韻に浸っていたところ、しばらくして離れる
そして
「そういや俺のインベントリ操作してたよな、あれは?」
『…………これ?』
速攻空気を切り裂いて話を戻す
シロ相手に流れなんか気にしてたら身が持たない
慣れた手つきでメニューを開き、インベントリのリストを見せてくる
そうそうそれ
『……………試しに開いてみたらヒカルのも一緒になってた』
「それも「A」ルートってやつの所為か」
それからしばらく色々と調べてみた、まとめると
・シロがなぜか生存している
・神の力は消滅していた
・インベントリが共有、シロのと合わせて三倍くらいまで広がった
・シロは俺のメニューを操作可能、逆は無理
・シロは武器を装備できるが武器を振っても撃ってもすり抜ける
「神の力が無くなってたのは安心だな」
正直結構不安だった、そして
『形が変わってる』
メニューに表示されたクロスフラグメント
その形状が円に十字ではなく、外円に三色『白』を内円とした二重丸に変化していた
『白』からは植物のような線が他の色に伸び、まるで花が開いているようにも見える
「……………………あとなんかあったか?」
『……………………あっ』
何か見つけたようで、こちらに渡してくる
手紙と箱?
『……………………メールボックスに入ってた』
「えーっと箱はあれか、補填のやつ」
運営やフレンドからのメッセージが入るボックス
箱に触るとウィンドウが出てきて選択画面が出てきたが今はキャンセル、本命は手紙だ
「……………………これは」
『…………なんて?』
手紙を裏返してシロにも見せる
そこには大きく手短に
『…………「A」ルート到達者へ、この場所まで来るといい?』
始めにこの文が、そしてその下には座標のようなものが
シロがマップを開き座標を入力
『…………「原理の庭」時計塔前転移門?』
「みたいだな」
早速行ってみよう
『…………どっち?』
「ん?どっちって…………そりゃあまずはギルドに行かないと」
確かギルドに行けば「原理の庭」行きの転移門が使えるはず
『…………前?後ろ?』
「後ろって…………え」
振り返って見てみると、そこには薄暗い大穴が
「な、なんで扉が開いてるんだ?」
初期エリアに向かう道
閉じているはずの石造りの大扉が完全に開き切っていた




