21壊れた世界 いつかの幻想 残されたもの
私がこのゲームを始めて理由はシンプル
碌に休みが取れないほど仕事が忙しい時期が終わり、それまでやっていたネットゲームが気が付けばサービスを終了していたためどうしようかと悩んでいたところ、ゲームの予約を複数行っていた友人から二つ枠が手に入ったため偶然誘われたのがきっかけだった
噂に聞いていた本物のVR、始めてみて直ぐにわかった
自分はこのゲームにハマる
格闘術を習っていたことから身体の動かし方には自信があったし、友人とはかなり息があっていたため戦闘で苦労することはなく、手に入ったレアドロップで序盤からかなりいい調子でスタートを切ることができた
気づけば装備も充実し、公式の新人戦で名前を上げてからは自分のことを知る人が増えた
イデアモンスターとの戦闘も経験し、夜の星にスカウトされるまでになった
「……………………」
「君は……………………」
彼を最初に見た時、初心者が偶然会場に迷い込んでしまったのかと思っていたが、このゲームで刀系武器の鞘を手に入れるには特定のクエストで一定以上の戦闘力を見せるか、特定NPCに気に入られるかのどちらかしかない
どちらも始めて直ぐにとはいかないし、一ヶ月程度で手に入れるにはかなりハードルが高い
なにより二回戦を見た瞬間から彼が脅威になることはわかっていた
一瞬で相手を倒したあの手腕を見た時の感覚は、昔格闘の試合で始めて強敵を見た感覚とよく酷似していた
少しの緊張と、激しい高揚感
彼と戦いたいとそう思った
―————だが、いま目の前にあるこれは一体なんなのだ?
戦闘中、彼が呪術を発動するのを止め反撃で吹き飛ばした後、壁際に座り込んだ彼の目の前に突如として現れたとある画面
イデアモンスターの討伐リザルト
見間違えではない、動画や写真などで見たことのある特徴的なシステムウィンドウ
それがいま彼の目の前に表示されている
今は対人戦の真っ最中でそんなことが起きるわけもない
なによりここはクランホーム、基本的にモンスターが入ってくるのは不可能だ
「—————」
彼が何か呟いたかにように見えた後ゆっくりと立ち上がる
その姿はどこか不気味で、さっきとは雰囲気がまったく違う
「……………………ッ?!…………ヒカル君?!」
「……………………どうかしました?…………か……………………カントラさん」
一瞬どう動いたのかまったくわからなかった
空中に砕け散った光の破片
彼がウィンドウをその手で打ち砕いたのが左手を振り抜いた姿勢からわかった
「いや、今あったウィンドウは……………………」
「……………………ああ、これですか…………まあ気にしないでください、それより試合を続行しましょう、時間もないですし」
私の疑問を伝える言葉に彼はなんてことのないように試合の続行を提案
「いや、しかし―――」
「カントラさん」
背筋が凍りついたかのように感じた
声色はまったく変わっていない
なのに雰囲気は先程までとはまったく違い、まるで抜き身の刃物を首元に突きつけられているかのような緊張感
「もう、終わったことです…………後にしましょう」
「…………わかった」
その言葉には、有無を言わせぬ重みがあった
『ええっ?!…………レントさん、いいんですか』
『…………………………………………続行だ』
困惑する実況席
レントさんはどういうつもりなのか
「じゃあ、この硬貨が落ちた瞬間からスタートってことで」
「ああ」
彼が取り出したのは一コール硬貨
このゲームをプレイしているなら誰もが見たことのあるゲーム内通貨だ
表には無数に枝分かれした樹木、裏には九角形が彫られている
指で弾かれたそれが地面に落ちた瞬間、試合が再開される
落ちた
「……………………」
彼はいつの間にか回収していたのか手に木刀を持ってゆっくりとこちらへ歩いてくる
「……………………ッ」
上空に表示された互いのHP
彼の残りHPは三割を切っているのに対し、私のHPは九割以上
彼に私の防御を抜く方法は少なく、呪術の発動には予兆がある
このまま制限時間を待って判定勝ちを狙えば負けることはない
「……………………来ないんですか」
だが、嫌な予感がずっとある
今の彼に後ろ向きな対応を行ってはならないと直感が告げている
佇まいと雰囲気に冷たさが、そして理解できない何かがある
盾越しに見る彼がある程度近づいてきたその瞬間
「なら、こっちから行きますよ」
複数の爆発音
舞い上がる砂煙
盾に来た衝撃
「—————?」
正面から消えた彼の姿
地面に映った誰かの影
これは―――
「『スウィッチアーマー』!!」
――——カァン!!
後頭部に受けた衝撃
咄嗟に使用したスキルは事前に設定していた部位の装備を一瞬で交換するというもの
頭に装備していた軽装の防具を頭部を覆う甲冑防具に切り替えた
一見便利そうに見えるが数秒後に元の装備に戻るし交換した装備の耐久力が大きく削れるという欠点もある、クールタイムもかなり長い
「いまのは…………」
背後を振り向くと地面に着地するヒカル君の姿
あの一瞬でこちらに近づき、盾を足場に飛び上がって銃を発砲したのだろう
一体どうやって
「『ウィンド』」
「!!」
魔法の発動句が聞こえると同時に勢いよくこちらへ
振りかぶった木刀をギリギリのところで防いだ
「『ウィンド』」
また魔法
目の間にいた彼が突然いなくなったかと思うと脇腹に衝撃
「『ウィンド』『ウィンド』『ウィンド』『ウィンド』」
「っな…………無詠唱?!」
いや
「眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』」
「短縮詠唱か!」
魔法を盾で防ぎ、剣を大きく振り回して牽制、ヒカルが後退し距離が空く
「どういうことだ…………?」
魔法に共通する一節目
火魔法なら火よ、風魔法なら風よ
無詠唱はできないが、これならできるという人は多い
だが彼の両手を見ても魔法が発動する予兆はない、つまり
『近接魔法使い!!近接魔法使いです!!ヒカル選手、ここに来て覚醒!!しかも!現状誰もいない風の近接魔法使いだぁー!!』
「マジックストライカー?」
彼は首を傾げ、不思議そうに実況席を見つめている
「知らずに使っているのか?」
「……………………そんな名前なのか」
ただ魔法を両手以外から発動するといってもそう簡単にはいかない、しかも風
理由はいくつかある
「火よ、火球となれ」
魔法を発動する上で詠唱を行うが、何も考えずに唱えれば左手付近に赤い燐光が発生、少し意識すれば右手に発生する
「『ファイヤーボール』!…………『ウェポンシャード』!」
ヒカル君に魔法を打ち込み、さらにスキルも発動
『両利き』の効果を使い盾からも欠片が飛んでいく
「眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』『ウィンド』」
相殺される魔法、そしてスキルの効果範囲から逃げられる
離れて確認できればよく分かった
彼の脚元で燐光が煌めきその後魔法が発動される
「……………………」
あのように魔法を手以外から発動するにはかなりのセンスが必要だ
偶然できるようになったプレイヤーを真似して多くの人が挑戦していたがどうやってもできない人がほとんど、できる本人に聞いてみても要領を得ず参考にすらならない
「『ウィンド』」
そしてマジックストライカーは一種類の魔法でしか行えない
どれか一つでも使えるようになったら最後、他の魔法ではできない
今行われてる連続移動、その有用性を考えれば他にできる人がいてもおかしくはない
どうして風が誰もいないのか、その理由は
ーーーーーーーーーー
「まさかこんなことになるだなんてな」
実況席から見える魔法による連続移動
理論上こういう状態になるとはわかっていたが実際に見るとかなり便利だ
風が身体を押すことにより本来ある踏み込みや体重移動の予兆を消し、さらに不可能な体勢からの攻撃を可能としている
「あれ、なんで風って誰もいなかったんだっけ?」
「ビルドの関係だな」
「えーっと…………優先度だっけ?」
最初に習得できる魔法の選択肢は四種類
MP消費が多いが圧倒的な火力を持つ火魔法
効果範囲が広く、耐久性に優れているためよく魔法の防御に使われる土魔法
直前に使用した水魔法の消費MPの半分だけ、次の水魔法発動の消費MPが下がる連射性能の高い水魔法
消費MPが低く、補助効果が多くて使いやすい風魔法
「ああ、習得優先度は火、土、水、風の順番だ」
クロスフラグメントで赤を三枠、二枠使った場合がそれ、四枠は考える必要がない
「ただし、一枠でのみ風が一番に上がる」
「どうしてそれが風のマジストがいないことに繋がるの?」
「…………結局運なんだよ」
魔法はMPを使う
MPの回復量は赤のフラグメントの数
せっかく貴重な枠を使って風をとっても才能がなくてできませんでしたなんて運ゲーは割に合わない
四枠使う純魔はMAGを上げないマジストになるメリットがあまりないし、なったとしても防御の土や連射の水を使う
そもそも風以外は近距離で発動した時の誘爆ダメージがあるし、魔法防御に優れた特殊な素材が市場に流れるようになったのはごく最近、めっちゃ金がかかる
慣れるのだって時間もMPも使う
そんなことするより遠くから魔法をぶっ放した方が効率がいい
「風以外でなるのは割に合わないのに、風でなるのは難しい…………」
「そういうこと…………だからこそ、あいつは貴重だ」
「確かに!それに多分四色だよね?」
風魔法に一回戦に使ったスキルとさっき使った機構式銃、それに初期武器に宿るタイプの呪術は白のフラグメントでのみ手に入る
四枠プレイヤーとしては理想的な存在
偏らせないというのはこのゲームにおいてとても重要なのだ
そうしない方が強くなれるとしても
「ったく一体誰だ?あいつをスカウトした奴は」
「私じゃないよ?…………うーん、多分シンキ君じゃない?」
ウチの参謀役
たまにこっちに情報出さない時あるからなあいつ
色々と納得いかない時もあるが、優秀で替えが効かない
「あ~あいつなら黙ってるかもな……………………というか」
一体どうしたもんか
本来であればさっさと終了させてさっきヒカルの前に表示されたウィンドウについて聞くべきなんだろうが、実際ヒカルが言うようにリザルトが表示された時点でもう終わったこと
後で聞けば問題はないんだが
「どうやったらクランホーム内にイデアモンスターが……………………あん?」
視線を逸らした先、客席の入り口から焦った表情の稀人がこちらへと向かってくる
「レントさんっ、伝えたいことが…………」
「一先ず落ち着け、冷静に一つずつだ」
「は、はい」
ゆっくりと伝えられたとある事実
「……………………本当か?」
「本人も来ていますし、多分そうかと」
「……………………なら、あいつは…………」
視線の先には今も魔法を使って善戦し続ける黒い髪のプレイヤー、ヒカルだ
「……………………マジか」
ーーーーーーーーーー
何度も木刀を打ち込まれ少しずつ削られていくHP
魔法だけは何とか当たらないようにギリギリで防御
いくら風のマジックストライカーが強かろうとあのように連続で使用し続ければすぐにMPは枯渇する
しかし今の彼がこのままMP切れまで続けることは無い
必ず何か仕掛けてくるはずだ
「………どう来るっ!」
「……………………『ウィンド』」
何度も見た風魔法による加速、その勢いに乗った一撃を盾で防いだが違和感
「武器は…………」
「夢想、差し込む木漏れ日」
盾で受け止めた右手に木刀が無い
詠唱が始まり視線を向けると、少し離れた彼の後方の地面に木刀が突き刺さっているのが分かった
いや待て、それだけでは
「安寧の日々、眠る『私』」
「またそれかっ」
「永遠の楽園」
頭によぎった違和感を隅に追いやり現状確認
『ピンポイントプッシュ』は届かない
『剪涕の離罰』は攻撃用呪術、触れた物体に高威力のダメージを与える
プレイヤーのHPでは直撃を貰えば耐えるのは難しい
とはいえ盾で防げば粉砕され、彼の魔法を防ぐ手段が無くなってしまう
「されど汝、咎を刻む」
後方にステップを踏み木刀へ手を触れたその瞬間
「火よ、飛球となれ『ファイヤーボール』!」
「…………『ウィンド』」
発動はさせない
咄嗟に避けられるが問題はない
『なんと!避けられた先にある木刀に魔法が直撃!粉々に砕け散ってしまったぞ~!』
彼の腕から黒いモヤは消えている
「『ウィンド』…………眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』」
それでも彼は諦めていない
右側面に回り込み少し離れた場所から魔法を撃つヒカル
「『ウィンド』……………………『ロック』『セット』」
「!」
さらに回り込み、いつの間にか彼の左腰付近に浮いていたホルスターのようなものから引き抜かれた銃を発砲、その弾丸は月光のような輝きを放っていた
さっきの違和感は木刀が無くなったことだけではない、鞘まで消えていたからか
「—————」
二方向からの同時攻撃、避けるのは厳しい
魔法は盾で防げるがそうすれば弾丸は防げない、その逆も然り
魔法は特に何もない普通の魔法だ、だがあの弾丸は初見
「いや、あの時と同じっ!」
彼が一回戦で木刀に纏わせていたものと同じ輝き
ブラフに使っていたのなら威力はほぼ変わらないはず
「くッ」
魔法は盾で防ぎつつ弾丸も避けようとするが命中重視で腹部を狙われていたので避けきれない
脇腹の痺れ、HPが二割削れる
彼の使う銃は威力が高い代わりに連射性能が低い
威力は変わっていない
「……………………」
種は全て割れた
彼と向き直れば銃をこちらに構えたまま立ち尽くす姿が目に入る
武器は壊した、銃弾も無限ではない、MPも残り少ないはず
これで私の―――
―——コンッ
今、後頭部に何か、当たったような
「……………………?」
視界に映りこんだとあるもの、それは
「『剪涕の離罰』」
ーーーーーーーーーー
『YOU!WIN!』
「……………………」
飛んできた木刀をキャッチしつつ先ほどまでの戦いを思い出す
カントラさんは木刀を破壊すれば呪術を止められると思っていたみたいだが『不滅の呪い』の所為でそれは不可能
木刀に触れて準備を終えた後、背後に回り込み魔法や【死の踏駆音】を使って俺に意識を裂かせる
『不渡の呪い』による移動にカントラさんの頭部が重なるようにして位置調整し当たった瞬間呪術を発動
どうして自分が負けたのかわからないまま試合は終了したことだろう
「……………………はぁ」
正直、こんなのはただの八つ当たりだ
向こうは一ヶ月、こっちは一年
バカみたいだ
「……………………一年かぁ」
―————ヒカル
忘れていた記憶が蘇ってくる
あいつの顔、あいつの声
思い出の数々が頭の中を流れていく
「悪いな、忘れて…………でもちゃんと思い出しただろ?」
―————うん
きっとシロなら、そう言う
あいつはたまに変なところがあったけど、今思えばそれもなんだかんだ楽しかったな
「ははは…………」
―————
「……………………ああ」
実況の声も、観客の喧噪も、まったく耳に入ってこない
今も俺の心の中を占めるのはいつか見た夢の人
「お別れ…………したけどさ…………」
―————?
痛い、心が痛い
涙が溢れて止まらない
シロはもういない、その事実に耐えられない
どんなに大丈夫だって、それでもがんばって歩いて行けるって心の中で思ってたって
それでも―――
―————ヒカル
「もう一度…………お前に会いたいよ…………シロッ…………!!」
―————ヒカル
声が聞こえる
俺の中から、思い出の中から
あいつが俺を呼ぶ声が
―————ヒカル?
きっと立ち直るから、ちゃんと前に進むから
―————ヒカル!
せめて今だけは、立ち止まって泣くことを許してくれ
『……………………聞こえてる?』
「……………………………………………………………………………………ん?」




