16いつか見た、誰か
「私の本当の名前は、『二―ヴァ・イノセンス』……………………貴方たち稀人と殺し合う運命にある、イデアモンスター」
「イデアモンスター……………………?」
「もし私がこのまま生きて外に出ることになれば、たくさんの人を殺す……………………稀人だけじゃない、他の人たちも」
自分が持っている黒い鞘を、かつて戦ったあの恐怖の象徴を思い出す
いま目の前にいるシロがあれと同質の存在だなんて、まったく思えない
「……………………それだけ」
お前がイデアモンスターで、人を殺すかもしれないからって
それで、死ぬって?
「待てよシロ、そんなこと急に言われたって……………………?!」
手を伸ばした瞬間、一気に背筋が凍りつく
「……………………ヒカル」
「…………シロ?」
首元に感じる、鋭い剣の感触
漏れ出る殺気
一瞬の出来事で、まともに反応できなかった
長い髪が垂れ、シロの顔を隠して表情が見えない
「言ったよね、何かあったら、直ぐに出ていくって……………………」
「それは…………」
ここに来たばかりの頃に言ったこと
冗談じゃ、ない
シロは今、本気で俺を切るつもりだ
「それでも止めるっていうなら……………………剣で、証明して」
「!!」
後ろに下がって武器を引き抜く
右上からくる袈裟斬りに対応して防御するが、一撃で木刀を粉々にされる
「ぐぅぅぅぅぅ!!!」
襲い掛かる衝撃にたたらを踏む
今まで受けたことのない本気の一撃
腕にきた強い痺れが止まらない
「……………………!」
おかしい
どうして急にこんなことになる
「あぐっ……………………シロ、なんでだ!」
次にくる一撃を元に戻った木刀で防ぐも、何度も何度も打ち砕かれ、木刀の再生が回復の早いEPでも間に合わないほどの連撃
「イデアモンスターだからって、必ず死なきゃいけないのか?!」
よくわからない焦燥感が全身を支配する
このままじゃ良くないことがわかる
足元からドス黒い何かが登ってくるかのような不快感
嫌な予感がずっとしている
「だったら!今まで普通に暮らしてきたのは、なんだったんだ?!」
頬に裂傷が入る
シロと俺のステータスはそう大きく離れてはいない
空握の糸の効果はあまり働かないのかそこまでHPは減っていない
それでも細かいダメージは蓄積していく
「ほかに何か理由があるんじゃ――――くッ?!」
離れているのに減少するHP
確認してみると、細い針のような短剣が右肩に深々と突き刺さっているのが目に入る
シロの左手には同じような短剣が握られている
いつ投げ放たれたのか気づかなった
「シロ、お前なにを?!」
「……………………もう、黙って」
シロは突然手に持った短剣を自分の右肩に突き刺した
鮮血がほとばしり、血がシロの腕を、右手に持った剣を、赤く染め上げていく
「……………………!」
「うぐっ…………」
振りかぶった血まみれの剣を避けるが、浅く切り裂かれさらに深く踏み込んで追撃がやってくる
「■■■■!…………カハッッ?!」
魔法を使い回避しようとするが、なぜか発動しない
胴体を深く切り裂かれHPが一気に減少する
口に出したはずの言葉が、音として機能していない?
「魔法が…………■■、なにをっ?!」
■■の名前が出てこない
それだけじゃない
風魔法の■■■■■■■■■も、■■■■■■■も頭の中からなくなっている
まるで記憶が塗りつぶされたかのように
混乱する頭を抱える
「くっそ……………………」
せめて少しでも隙を
「『ロック』!……………………『セッ―——?」
武器を鞘に納め名前を呼ぶ必要のない【■■■■■】を起動しようとしたところ、視界の中に小さな何かが転がってくる
「…………種?」
指先程度の大きさの緑色の種、勢いが落ちて止まった後急に芽を出し、身体から飛び出した三種類の燐光が、種に向かって吸い込まれていく
「これは…………くっ」
身体にかかる倦怠感、視界に見えた異常に気付き急いで種の近くから離れる
「……………………」
種の範囲を抜け原因に目を向ける
シロは油断なくこちらを見据えていて、その手には今のと同じ緑色の種が握られていた
「は…………名前の消去に、MPやEPの吸収?」
視界の左上を見れば、MPやEPのゲージが減少していたのがわかる
名前が消え、魔法が打てない
燃料のない機構なんてただのガラクタと一緒だ
今はわからないが、ステータスを確認すればスキルにもなにかしら不具合が発生してるだろう
剣の効果を思い出す
「……………………まだ」
勝つためには、フラグメントに関するものを縛り、ステータスも縛り、武器一本であいつに勝たなければいけないってことだ
「……………………あきらめないの」
「…………あたり、まえだっ!」
それでも勝機がないってわけじゃない
剣のデメリットであいつが俺を殺しきることはできない
「ッ!」
どんなに切り裂かれたって
「うおおおおお!!」
どれだけ倒れたって
「■■!」
このまま、こんな結末で終わるなんて―――――
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………はぁ…………まだ……………………」
「……………………っ」
一体、何回切り裂かれたのだろう
あれから何度も行っていたシロへの攻撃は、一度たりとも成功していない
HPは、もちろん残り一で止まっている
地面に倒れ伏したまま起き上がれない身体を、木刀を杖代わりに無理やり立ち上がる
痛みはなくても、ダメージを受けた時にくる痺れなんかが精神を削ってくる
「……………………もういい」
「……………………?」
気づけば■■は手から剣を消し、地面に落ちた種を拾い上げていた
俯いたままこちらへ向かって歩いてくる
もしかして―――——
リ―—————————ッ
「?!」
突然、辺りに金属音のようなものが響き渡った
「……………………終わらせる」
リ―—————————ッ
鈴のような、鐘のような、金属を叩くような音
けれど、どこか違和感のある音
まるで本来の音を無理やりスロー再生したかのような
「なにを……………………?!」
■■の背後に、何かが浮かんでいた
それは稀人なら誰もが見たことのあるこのゲームの象徴
赤と青と緑で彩られた円状の存在
稀人の物とは違い四分割ではなく三分割になっているが、それは確かに―――——
「クロス・フラグメント?!」
リ―—————————ッ
甲高い金属音に包まれながら、あいつは言葉を発し始めた
「—————ここにあるのは意思なき種」
腕を水平に掲げ、握りしめた拳を開く
そこには先ほどの種が緑の燐光を発しながらその存在を誇示し続けていた
「—————己が無ければ芽吹くことはなく、されど他しか吞み込めない」
それと呼応するように背後のフラグメントが緑色の光を発し始める
「—————ここにあるのは名もなき血」
次に、■■の腕から流れ落ちる血が赤の燐光を輝かせ、同じようにフラグメントが光る、今度は赤
「—————刻んだ全てへ注ぎ込み、呼び名は意味を失った」
血が重さを失ったかのように浮き上がり、手の平の上、種の中へと吸い込まれていく
「—————血は定義を覆し、種は意思を芽生えさせる」
血を吸い込み終わった種が、震え始めた後急激に成長を始める
枝を伸ばし、幹を作り、いつの間にかその手の上には大きな樹がそびえ立っていた
「—————ここにあるのは夢なき糸」
糸が、いくつもの青い糸が燐光を放ちながら樹の周囲を回り始める
「—————天を切り裂き、果ては消えゆく」
フラグメントが青く光った後、糸が樹に突き刺さり内部へと潜り込んでいく
「—————世界を定め、顕現せよ」
瞬間、樹が膨れ上がるように爆発した
木片が周囲にばらまかれるが、俺はそれをただ見続けることしかできなかった
その異様な光景に、身体が動かない
「—————天地は今、この手にある」
その手に握られていたのは、一本の杭
粗削りで、頼りなさそうな粗雑な杭
俺の持っている木刀と打ち合っても、向こうが折れるとしか思えないほど細さだ
けれど確かにわかる
―————あれを受ければ俺は死ぬ
それが、よくわかった
「……………………■■?」
ゆっくりとした足取りで、こちらに近づいてくる
「■■」
立ち止まって杭を構える、その目はどこか虚ろだ
「……………………」
殺気すら、感じられない
「『イミテーションアビリティ』」
静寂を突き抜ける、その一瞬
「■■!!」
飛び出したその思いは、虚空へ消え去り
「《いつか見た誰か》」
拒絶を意味する一撃が、この胸を突き刺した
「……………………がッ……………………」
なあ、どうして
「……………………ごめんなさい」
どうして、そんな顔、するんだよ
「……………………さよなら、ヒカル」
HPがゼロになり、身体から力が抜け膝をつく
背を向けて遠ざかっていく■■の姿を、俺はただ黙って見送ることしかできなかった
意識が遠ざかり視界が暗闇に染まっていく中、最後に聞こえた水音はあいつが穴へ飛び込んだ時の音だったのだろうか
「—————」
それとも、地面に残った、透明な―――――




