14近づいて、遠ざかって
Day-78
森の入り口
「…………走ってついてきて」
「え」
今日の鍛錬はいつも違って夜の時間
シロは一言そう告げて、森の奥へと走り去ってしまった
「ちょ、嘘だろ?!」
呆気にとられるも急いで追いかけ始める
夜の森は昼間と違って薄暗く、月明りに照らされているといっても地面はほとんど見えない
なんとかバランスを崩さずにいるが如何せん走り辛い
「く…………これは」
「……………………くるよ」
「説明くらいしてくれよ?!」
「……………………切り抜けて」
気づけばシロは俺のすぐ傍を並走、流石に文句の一つも出てくるのだが、シロとは逆方向から強烈な殺気が漂ってくる
「—————!!!」
近づいてくるのは木と生き物が融合したかのような見た目の小柄で腕の長いモンスター
サルだ
モン木ーってかふざけんな
「くっそ、こんな時に!」
こいつは物理耐性が高い癖に再生能力持ちで素早いとかいうこの森の中でも屈指の強敵
全力で逃げれば追いつかれることはないが今は暗い森の中、どうしても速度を落とさざるを得ない
「ぐぅ…………」
殴りかかってくる一撃を打ち返そうとするが、俺のステータスでは太刀打ちできない
バランスを崩して地面を転がっていく
直ぐに起き上がろうとするが、敵はそんな甘くはない
体勢を整える暇もなく次の攻撃が迫ってくる
「—————!!!」
「……………………」
「……………………シロ」
投げ込まれた透明な剣がサルを吹き飛ばす
そのまま森の奥に消えていった
座りこんだまま訝し気にシロを見つめていると気まずそうに口を開く
「……………………殺気はわかるし、体幹も大丈夫……………………私だけが相手だと、後で困る……………………」
「……………………まあ言いたいことはわかる」
鍛錬に慣れてきたから抜き打ちでやってみようって思ったんだろう
俺も急に料理を作ってみてくれって言うことあるし
チラチラとこちらの様子を伺いながら小さくなっていく声を聴いていると、怒られないか震えているペットのように感じられる
卑怯だ
「…………怒ってないからそんなに気にすんなって」
「…………ほんと?」
「ほんとほんと、でも次からは事前に言ってくれ」
「…………わかった、じゃあ始める」
「いやちょ、少しは反省する素振りくらい見せろっての!」
走り出すシロに、それを追いかけ始める俺
それから今までの鍛錬が夜の森を疾走することに変わり毎日疲労困憊でぶっ倒れる羽目になったが、慣れてくると実際有用だったんで困る
シロは俺ができそうなレベル限界ギリギリを攻めてくる
それが嬉しいような苦しいような、もしかしてMに目覚めたんじゃないかって一時期心配になった
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Day-139
「よし!凄いぞシロ、全部正解だ」
「…………やった」
テーブルの上にあるいくつもの色付きコップの前で、俺とシロは互いに今の結果を喜んでいた
シロの味覚を何とかするためにかれこれ三ヶ月
色んな味の違いを覚えるために定期的に試験のようなものを繰り返してきたが今日は全て正解
正直こんなに早くできるようになるとは思わなかった
「…………やってみるか?」
「うん」
シロは嬉しそうにキッチンに直行、直ぐに調理を開始する
手際よく料理を作っていくシロ、その成長を見て感慨に浸る
ふと、帰れる気配が未だに無いことを思いだした
「帰る…………か」
夜の星新人戦、もうかなり前のことのように感じられる
もし今の俺ならば、優勝できたりするんだろうか
「いや、一ヶ月の期間内に始めた人限定なんだし、俺はとっくに除外されなきゃだめだな」
そんなことを考えては時間を潰しているとシロの準備が終わったようで、二つの器を持ってテーブルにやってくる
「…………できた」
「これは、シチューか」
「…………ヒカルが最初に作ってくれた」
シロが作ったのは俺が初めてシロに作った料理
今この時に作ったのは、それだけシロにとって大事な記憶だったからだろう
「いただきます」
一口
「……………………どう?」
「…………美味しい」
「…………ほんと?」
「ああ、ちゃんとできてる」
「……………………よかった」
ほっとしたように微笑むシロ
あの時と同じように見えて、ぜんぜん違うように思えた
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Day-157
「…………今日は魔法を教える」
「教えるって、別に普通に使えるぞ?」
「……………………構えて」
シロは剣を呼び出す
聞くより見せた方が速いらしい
武器を構えてシロから目を離さず集中する
「……………………?!」
一陣の風が頬を伝う
気づけば少し離れた位置にいたシロがすぐ傍にまで近づいていた
「なんっ?!」
右下からくる切り上げを身体を逸らして回避
すぐさま迎撃に移ろうとしたが視界にシロの姿はない
また風が
「どこにっ!」
右回りで後ろへ振り返ると一瞬視界の端に白い髪が目に入る
必死に目で追いかけようとするが左側から殺気
「ぐぅっ!」
武器を盾に衝撃をこらえる
来た方向を見てもシロの姿はない
今の一瞬でどうやって?
「これは…………」
周囲の様子がおかしい
さっきまで無風だったのに今が風が荒れ狂うようにして周囲を渦巻いている
断続的な風の音
正面に現れたシロの姿、だが音と共にすぐさま視界から掻き消える
残ったのは揺れる草花たち、一部は放射状に倒れておりまるでその場所で爆発が起きたかのよう
「魔法を、足で撃っているのか?!」
理屈は簡単
風の一節魔法『ウィンド』は発動すると、風の球体を出現させそれに触れた地点から人をある程度吹きとばせるほどの暴風を発生させることができる
「……………………当たり」
答えを告げるとシロは正面で立ち止まり、右足を少し上げた状態で魔法を発動、詠唱はしてなかった
右足裏に発生させた「ウィンド」の球体を踏みしめるように足を下す
瞬間爆発するような音が周囲に響き渡った後、シロはかなり早い速度で前方に移動していた
「……………………ヒカルもやってみて」
「やれって言われても、どうやって手以外から撃つんだ?」
「…………?」
「なんでできないの?的な視線を送れても…………」
試しに足を持ち上げ足裏を意識して詠唱してみる
「風よ『ウィンド』」
「……………………」
しかし発動したのは左手
それ以降何度も試してみたが上手くいくことはなかった
「シロはどうやってできるようになったんだ?」
「…………最初から」
「そうですか…………」
マズイ
今までの鍛錬は結構何とかなってきたが今回は流石にどうにもならないみたいだ
頭を抱えて悩んでいると、シロがこっちに手を伸ばし―――――
「!!」
「……………………え」
驚いて、少し身を引いてしまった
シロの困惑する声と表情を見てマズいと思い直ぐに誤魔化すように明るく振舞った
「何かあったのか?」
「……………………えっと」
「もしかして何かコツとかあるのか?」
「……………………手を、出して」
「ああ」
伸ばした手を、シロが握る
自分とは違う、柔らかい女性の手
我慢、だ
「…………ここからどうするんだ?」
「…………………………………………」
「シロ?」
シロはただ俺の顔をジッと見つめ、しばらくすると手を握る力を少しだけゆるめた
「…………繋げる」
手の平からじんわりとした温かさが感じられ、さらに赤い燐光が出現し始める
「!」
「…………動かないで」
普通とは違う奇妙な感覚
皮膚が粟立ち、血管の中をミミズが這いまわるかのような不快感
腕からゆっくりと感覚が移動していき、最終的に足の辺りで止まった
「…………詠唱」
「か、風よ……………………『ウィンド』!」
魔法が手からではなく足で発動したのが感覚的に理解できる
「……………………!」
風の球体が足の上で渦巻いている
気づけばシロは手を離していた
「…………今の感覚を覚えて」
「なるほど、こういう感じなのか……………………というかこれはどうしたら?」
「……………………今日はもう終わり」
「え」
そう言ってスタスタ歩き去っていくシロ
つま先の上で発動したので少しでも足を動かせば魔法で身体が吹っ飛んでしまう
いや別に死んだりはしないけど流石にちょっと怖いっていうか
「し、シロ?!待ってくれよ……………………お~い…………」
手を伸ばして助けを請うが、もう見えなくなってしまった
どうしたものかと考え込んでいると不意にさっきのことを思い出す
温かい感覚
沸き上がる感覚
気づかれないように取り繕って、明るく振舞った
深呼吸
「……………………大丈夫…………大丈夫なんだ……………………」
手が震えそうなのを必死に我慢して呟いた、まるで自分に言い聞かせるかのように
魔法はとっくに消えていた
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Day-167
「か、勝てない…………」
「……………………」
流石に何が置いてあるかもわからない物置をそのまま放置するわけにはいかず、定期的にシロと物品を整理していたのだが、偶然あるものを見つけた
二つ折りになってはいたが、見覚えのある白と黒のモノクロ模様の盤面
開くと中からいくつかの小物が落ちてくる
ポーンルークナイトビショップクイーンキング
チェスで使われる駒だ
「チェスボード…………シロはやったことあるか?」
「…………少しだけ」
「もう結構時間が経ってるし、少し休憩がてらやってみないか?」
「…………いいよ」
シロは軽く承諾してくれたが、甘く見てもらっては困る
これでも結構昔からやっていたんだ、偶には勝負事で負けまくる気持ちを味わってもらうぜ
「くくく…………」
「?」
早速対局を始めようと思ったがよく見ると気がついた
「あっ、駒が黒しかないな…………物置にあったか?」
「……………………なかったと、思う」
「マジか…………悪いしっかり見てなかった」
これだと遊べない
何か駒の代わりにできるものはなかっただろうか
「…………なら、これ」
「ん?……………………おお」
シロがチェス盤に指を置くと、盤面に青白い糸が飛び交い透明な駒達が綺麗に整列した姿で並び立つ
空掴の糸で駒を形作ったのだ
「凄いけど、こんな風に使っていいんだろうか、これ…………」
「……………………便利」
シロはナイフやフォークを出したり、なんかよくわからないオブジェみたいなのも出していた
何というかこう罰当たりな気がしてくる
「まあいいや、取り合えず勝負だシロ」
「…………かかってきて」
負けるつもりは、ない
「…………チェック」
「……………………」
現在50試合中50負け
あっれーおかしいな
俺こんなに弱かったっけ?
「つ、強くね」
「……………………偶に、やってた」
「…………どれくらい?」
「……………………覚えてない」
一体いつからこの場所にいるんだこいつ
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Day-174
「……………………!」
「ハアァッ!」
森の中、木刀と剣がぶつかり合う
間合いの取り合いから多様なフェイント
その場の地形さえも利用し、互いに剣戟を交わし合う
木を足場に飛び込んで相手の側面へと回り込む
「…………風よ!」
魔法を用意、できるだけ発動を遅らせシロの行動を待つ
「…………!」
撃ってきたのは『ウィンドスラッシュ』
狙いはこちらが着地する瞬間
「『ウィンド』!」
魔法を発動
場所は背中に重なるように
落ちる速度が上がり地面に着くと同時にしゃがみ込んで魔法を回避
木刀を投擲しつつ魔法を発動して加速
シロは普通に回避しこちらは素手、向こうは迎撃の構え
「風よ、『ウィンド』!」
振られる剣の腹に拳を合わせて魔法を発動
剣はそのまま上へと吹き飛ばされるが直ぐに二本目が飛んでくる
「……………………」
切りかかる
魔法で迎撃
また次の剣で切りかかる
そんな応酬を何度も繰り返す
ある程度合わせてくれているがこれはそう長くは続かない
「……………………!」
不意にシロが剣を背中に回すと弾かれるような音
呪いによって戻ってきた木刀が防がれる
地面に木刀が転がりその後すぐに俺の手元に戻ってくる
呪いによる移動地点にシロの後頭部を合わせておいた
「まあわかるよな、けど!」
こちらは戻ってくるタイミングに合わせて振りかぶっている
シロは正面を開けているので絶好のチャンス
シロは左手を正面に持ってきているが剣の生成前にはギリギリ間に合うはずだ
「……………………ダメ」
「?!」
剣が落ちてくる
魔法で吹き飛ばした最初の剣だ
それは左手に収まり、こちらの攻撃をしっかりと受け止めた
後退しようとするが間に合わない
右手が振り下ろされた
「……………………よくなってる」
「…………なら、いいんだけど」
剣が首元で止まり、戦いは終わり
今日はシロと模擬試合
相手に有効打を与えた時点で試合は終了
今まで何度もやってはいるが、一度も勝てたことはない
「……………………もっと強くなって」
「…………やれるだけやってみる」
武器を構えもう一度
今度こそ勝ってみせる
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Day-181
時刻は日が落ちたばかり
家を出た直ぐの平地で、俺とシロはとあるものを組み立てていた
白い外装で円筒形、三脚で斜めに掛けられており、上に行くほど太くなっている
先端と後端はガラスが嵌められており、後端から覗けるようにできている
「どこで見つけたんだこんなもの」
「……………………拾った」
「落ちてるものかこれ…………?」
目の前にあるのは望遠鏡、しかも天体観測用のものだ
試しに覗いてみるが結構綺麗に映っている
物置じゃその辺に転がってあって少し不安だったが特に問題は無さそうだ
「…………使ったことあるの?」
「え?……………………昔ちょっとな」
「……………………そうなんだ」
始まりは夕食を食べ終わった後、シロが物置からこれを引っ張り出してきたのが事の発端だ
どういうものか聞かれ、せっかくなので使ってみようということになり今に至る
星はまだ出ていない
望遠鏡の調整を終え、すぐ傍にある長椅子にシロと一緒に座った
「「……………………」」
今日のシロは少し様子が変だった
朝起きたら目の前で俺のことを覗き込んでいたり
鍛錬ではどこか上の空
調理中に指を切ったり
体調が悪いのか聞いてみても大丈夫としか言わない
「……………………」
気にしすぎだっていうことはわかる
今だって、隣に座るシロの距離がいつもより少し遠くなっていても、偶然の範疇だ
シロは少し下を向いた状態でずっと黙ったまま、何かを喋ろうとしては口を閉じるのを繰り返している
「……………………シロ―——」
「ヒカル」
「…………どうした?」
いつもとは違う、はっきりとした声
こちらの目をジッと見据え、覚悟を決めた様子で口を開いた
「…………ヒカルは……………………私のことが、怖い?」
「——————」
いつ、気づかれたんだろうか
「…………ここに来る人はみんな、辛い記憶を抱えてる」
「……………………」
「…………ヒカルも、そうだって、わかってた」
最初から
「…………でも、ヒカルは、そんな風に見えなくて、一緒にいて、楽しくて」
それは
「…………私のお願いも、一緒に叶えてくれて」
「…………私を見てくれて」
「……………………私に、いろんなことを教えてくれて」
シロは俯いて、自分のやってきたことを後悔するかのように言葉を伝えていく
「……………………でも、ヒカルはずっと我慢してた」
声は少しだけ震えていて、まるで細い糸を断ち切るように
「……………………ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にした
「……………………シロ」
シロの言う通り、俺は女性が怖い
理由は、思い出すのも嫌になる
今は少しだけマシになってはいるが、当時は女性を見るだけで気分が悪くなるくらいだった
「「……………………」」
沈黙が続く
夜は段々ふけっていき、星が輝き始め、暗い夜の空を少しずつ塗り替えていく
シロには、なんて答えるべきなんだろう
今の現状を思い出す
「シロ」
この世界はゲームだ
今は時間の加速によってまるで別の世界で生活しているように見えるが、本物ではない
機械によって出力された情報を脳が受け取って実際にその場所にいるかのように錯覚させる、いわば制御された幻覚に過ぎない
シロだって作られた人工知能で、インプットされた知識を機械的に出力しているだけに過ぎないんだ
もしこれがクエスト的なイベント会話なのならシロの好感度を上げるためにそれらしい言葉を伝えればいいだけだ
―————ゲームはゲームで、本物じゃない
シロが立ち上がった
―————本物じゃないなら、怖がる必要なんてないんだ
いつも通り表情は変わってない、けど覚悟を決めた面持ちで
―————俺の心はまだ傷ついてなんかいない
「…………寒くなってきたから、何か淹れてくる」
シロは立ち上がって、歩き去っていく
だから―――――
「……………………え」
正直に答えるなんて、無理だった
「……………………どうして?」
腕を掴んで、シロが去るのを止めている
「……………………この世界の星ってさ、俺のいる世界とはまったく違くてさ」
拒絶することも、それらしい言葉を伝えるのも、怖くてできない
だから誤魔化すように、逃げるように
「どういうものか全然わからないんだ」
自分にできるのは、これだけ
「……………………俺一人だと駄目なんだ」
怖くて震えてしまいそうだけど
「……………………シロと、二人じゃないと」
「—————」
失いたくは、なかった
「……………………いい、の?」
「なに言ってんだ、俺が頼んでるんだぞ?」
「…………うん」
二人で並んで、星を見上げた
距離は、いつもより少しだけ、近かった




