第32話:それぞれの帰還、いや元の世界に帰りたいんだが(第2節)
魔神討伐を終え、それぞれの帰路につくための準備が進む中、悠真たちは魔王イヴと魔王軍の幹部たちとの別れの時を迎えていた。
「イヴさん、お体は本当に大丈夫ですか?」
桜井が、心配そうにイヴの顔を覗き込む。
ミーナとリーファの懸命な治療により、イヴはすでに自分の足でしっかりと立っていたが、その表情はどこか優れない。
「……ええ、身体の傷はもう完全に塞がっているわ。……ただ」
イヴは、自らの胸元をさすりながら、深く、暗い溜息をついた。
「どういうわけか、あの魔神に特攻を仕掛けた瞬間『誰にも相手されない』ような強烈な孤独感が、なぜかトラウマのように心に残っているの……」
「「「「…………」」」」
その言葉を聞いた瞬間、悠真を含め、その場にいた全員の視線が一斉に泳いだ。
(……ごめんなさい、イヴさん。あの時みんな、私の『告白』に気を取られて……、しかも魔神すらも……)
命を懸けた魔王の気高き特攻が、よりによって「中学生の勘違い告白」という情けない騒ぎのせいで完全にスルーされていたという、あまりにも残酷な真実。
「……そ、それは……やはり、1000年もの間、一人で世界を背負ってきた重圧が、フラッシュバックしたのでは?」
ヴァネッサが、冷や汗を流しながら必死に幹部として、もっともらしい理由をつけて誤魔化す。
「ええ、そうですわ! きっと魔王様は、まだ疲労が溜まってらしてよ!」
セレスティアも扇子で口元を隠し、目をそらしながら必死に頷いた。
「……そうかしら? ならいいのだけれど」
イヴは不思議そうに首を傾げつつも、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……ともかく、この世界を救ってくれたこと、心から感謝するわ。今後、何かあればいつでも魔王軍を頼りなさい。全力で協力することを約束するわ」
イヴは一行にそう告げると、最後に桜井と神獣に向き直った。
「ブルーメ。そして幻獣よ。……色々とご苦労だったわね。ゆっくり休みなさい」
「はい……! イヴさんも、お元気で」
イヴの優しい労いの言葉に、桜井は深く頭を下げた。
魔王軍の幹部たちも、それぞれが悠真たちに一瞥をくれ、あるいは不敵な笑みを残しながら、イヴと共に魔王城がある北の大地へと帰っていった。
山を下り、雪原から岩肌が目立つ地帯へと出たところで、今度はヴァルハラ傭兵団との別れが待っていた。
「ルナ。今回はわたくしの無理な願いを聞き入れていただき、本当に感謝いたしますわ。あなたたち傭兵団の力がなければ、到底魔神を止めることはできませんでした」
セレスティアが、王女としての威厳と心からの敬意を込めて、ルナに深く頭を下げた。
「へっ、水臭いこと言うな。今回はたまたま利害が一致しただけだ」
ルナはそう言って踵を返しかけたが、ふと立ち止まり、背中越しにニヤリと笑って爆弾を投下した。
「じゃあな、ユーマ。たくさん子孫を作っておけよ! オレたちのも、いずれな!」
「「なっ!?」」
「この、下品なメス犬ですわ……ッ!!」
セレスティアが顔を真っ赤にして扇子をギリギリと握りしめ、リーファも光の杖を震わせる。
ヒロインたちの怒号を背に受けながら、ルナは高笑いして、傭兵団と共に風のように去っていった。
さらに、ドナとリリアーナの賢者コンビも、巨大な魔導戦車スレイプニルの前で別れの挨拶をした。
「お兄ちゃん、ドナたちは一旦クロノスのお家に帰るね! スレイプニルの整備もあるし!」
「……せいぜい、道中も不運に愛されないように気をつけることね、凡人」
二人はそう言い残し、スレイプニルに乗り込んで重厚な駆動音と共に去っていった。
あとは、残された面々が、街道に沿って東の王都アヴァロンへ帰還するだけだ。
「……ではボニー、あなたの馬をお借りできるかしら? ゆうゆうはわたくしと一緒に乗りますわ」
「えっ!? ちょっと待ってください、姫様! それはずるいです!」
セレスティアが王女の権限で悠真を独占しようとし、リーファが必死に抗議する。
「ボニーさんが困っています。先輩、私と神獣の背に乗りましょう」
桜井も、涼しい顔でちゃっかりと自分の陣地へ引き込もうとする。
「あの、わたくしは別に……」
板挟みになったボニーが冷や汗を流してオロオロしていると、見かねたゼノアが鋭い声を上げた。
「姫様、いい加減にしてください! 帰路もまだ危険が伴うというのに、そのような不純な理由で陣形を乱すなど言語道断です! 悠真殿は、ライオネル団長の背に乗っていただきます!」
「ええっ!?」
「おお、このライオネルの背中、特等席ですぞ! さあ、救世主殿!」
ゼノアの鶴の一声により、悠真は有無を言わさず、無駄にキラキラした笑顔を向けるライオネルの馬の後ろに乗せられることになった。
(……助かった。あの中で揉まれるより、何倍もマシだ……)
悠真は、ヒロインたちの嫉妬の修羅場から離れられたことに、心からホッと息を吐いた。
一方、桜井は町人を驚かせないため、移動中のみ限定で、白虎姿の神獣の背に乗って同行することになった。
「では、出発しますわよ!」
セレスティアの号令で、一行は王都アヴァロンへ向けて馬を走らせる。
その道中、悠真のすぐ隣の空を、グレーにくすんだ翼を悠々と羽ばたかせて、エーテラが飛んでいた。
「ふふん。やはり、地上の野蛮人たちは非合理的ですね。原始的な移動手段に頼り、誰の馬に乗るかなどと揉めるなんて」
悠真を巡って激しい争奪戦を繰り広げた中、彼女は堕天してもなお、天界人気取りで他のヒロインたちを見下し、しれっと悠真のすぐ横の特等席をキープしている。
「……エーテラさん、抜け駆けですわよ!」
「悠真様、その堕天使から離れてください!」
馬上から恨めしそうに睨みつけるセレスティアとリーファの嫉妬の視線を浴びながらも、エーテラはどこ吹く風で、幼女を抱いて得意げに胸を張って飛んでいた。
そんな王国軍の隊列に平和な空気が流れていた頃、戦場から魔王城へ帰還する途中のヴァネッサの元には、不吉な知らせが届いていた。
「……そう。あの薄汚い司祭が、まだ蠢いているというのね」
ヴァネッサは、影から現れた密偵からの報告を聞き、扇子を口元に当てて氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「魔神という最大の脅威は去った。だが、天界の『毒』はまだ完全に抜け切ってはいないようね……」
彼女の鋭い瞳が、遠く王都の方角を射抜く。
ユリウス司祭の消息。それは、新たな災厄の種が静かに芽吹こうとしていることを示唆していた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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