第32話:それぞれの帰還、いや元の世界に帰りたいんだが(第1節)
「私が正妻ですわ!」
「いや、わたくしが第一夫人です!」
「えっ、わたしも……?」
悠真の貞操と未来を巡って勝手に盛り上がるヒロインたちのカオスな口論。
「ちょっと待ってください! 私はまだ返事をもらってないんですけど!?」
真っ赤な顔をして悠真に詰め寄る桜井さん。
(このままでは、魔神との戦いよりも恐ろしい修羅場に僕の精神がすり潰されてしまう)
悠真は冷や汗を流しながら、必死に話題を逸らすタイミングを窺っていた。
「あ、あのさ、ちくわ!」
悠真は、少し離れた場所でイヴを背に乗せて休んでいた、巨大な白虎の神獣に向かって、強引に声を張り上げた。
「本当に、何とかして元の世界に帰る方法はないのか!? 転移装置が壊れたって言ってたけど、他に何か……少しでも可能性があるなら教えてくれ!」
悠真の切実な訴えに、ヒロインたちの口論もピタリと止まり、全員の視線が神獣へと集まる。
『……ふむ』
神獣は低く喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。
『次元を行き来するには、我が主(未来人)の技術か、天界の高次エネルギーのどちらかが必要となる。……だが、転移装置は完全に機能停止したし、そこのくすんだ羽根女も、役に立たない。』
「うっ……」
「誰がくすんだ羽根女ですかっ!」
自分のドジを再び指摘され、悠真は言葉に詰まる。
エーテラさんも「どうせ私は、天界に捨てられた、役立たずな女ですよ……」と、灰色の翼をしょんぼりと揺らした。
『となれば、残る可能性は一つだ』
神獣の赤い瞳が、夜の闇の向こう、南西の方角を見据えた。
『我が主が残した、未開の地『ルミアナ密林』の奥深くにある未来人の研究所跡。……あそこになら、あるいは帰還に関する何らかの手段が残されているかもしれん』
「ルミアナ密林……!?」
悠真の胸に、消えかけていた希望の光が再び灯った。
「へぇ、なるほどね」
リリアーナが紫のローブを揺らし、興味深そうに目を細めた。
「噂に聞く密林の古代遺跡は、未来人の研究施設だったのね。私の好奇心をそそるわ」
「やったー! 今度は密林に冒険だね、お兄ちゃん!」
ドナが嬉しそうに悠真の腕に抱きつき、目を輝かせる。
(いや、僕は早く家に帰りたいだけなんだけど……)
そんな切実な思いとは裏腹に、彼女たちは完全に「悠真との新たな冒険(旅行)」にウキウキしているようだった。
「……そうですわね。ですが、密林の探索には入念な準備が必要ですわ」
セレスティアが扇子をパチンと閉じ、王女らしい凛とした顔つきで提案した。
「まずは王都アヴァロンへ戻り、事の顛末を父王に報告し、軍を帰還させなければなりません。それに、エメリアお姉様に遺跡の調査について相談する時間も必要ですわ」
そして、セレスティアは真っ直ぐに桜井さんを見つめ、優雅に微笑んだ。
「もちろん、桜井さんも一緒にいらっしゃるわよね?」
それは、恋のライバルを自陣(王都)に引き込んで監視しつつ、彼女の実力を高く評価しているという、セレスティアなりの強かな誘いだった。
「え……」
桜井さんは戸惑い、魔王軍の軍師という立場から、背後のイヴへと視線を向けて許可を求めた。
ボロボロのドレスを纏ったイヴは、憑き物が落ちたような穏やかな表情で、小さく頷いた。
「行きなさい、ブルーメ。……あなたの待ち望んだ人が、そこにいるのだから」
イヴの優しい後押しに、桜井さんの瞳が潤み、「はい……!」と深く頭を下げた。
「ちくわも、ついて行ってやれ」
イヴが神獣の白い毛並みを撫でながら命じる。
『……我が名はちくわではないが、いいだろう。だが、巨大な神獣のままでは人間の街に出入りできんな』
神獣はそう言うと、ポンッという軽い音と白煙と共に、元の「愛らしい小さな白猫」の姿へと変身した。
「にゃあ」
「まあ、ちくわ! なんてかわいいですの!」
セレスティアが王女の威厳を完全に忘れ、目を輝かせて子猫のちくわを抱き上げ、頬ずりをしてモフり倒し始めた。
「あっ、セレスティア様、ずるいです! 私も! 早く私も抱かせてください!」
リーファも光の杖を放り出し、ただの猫好きの少女としてちくわを奪い合おうとする。
『にゃあぁっ!? 離せ、人間ども! 我はちくわではないと言っておるだろうが!』
威厳ある神獣が、二人の美少女に弄り回されて抗議の声を上げる。
その平和でコミカルな光景に、悠真たちは思わず笑い声を上げた。
「悠真さん。私もついていきますからね!」
ふと、幼女を抱いたエーテラが、真剣な顔で悠真の前に進み出た。
「妻として、旦那の素行を監視しなければなりませんから!」
「だから、いつ僕が旦那になったんだよ!」
めちゃくちゃな理論に、悠真がすかさずツッコミを入れると、リリアーナがクスクスと笑いながら肩をすくめた。
「ふふっ、まるで子連れの押しかけ女房ね。……天界を追放された厄介者が、随分と図々しいこと」
「や、厄介者扱いしないでください! 私は優秀な記録官ですっ! ……元ですけど」
顔を真っ赤にして反論するエーテラを見て、ドナもニヤニヤと笑いながら悠真の肩を叩いた。
「キャハハ。あの幸の薄さといい、お兄ちゃんの残念さといい、ある意味一番お似合いの夫婦かもね!」
「ドナまで変なこと言うな!」
だが、からかわれたエーテラは、ドナに言い返さず、なぜか照れていた。
「お、お似合い、でしょうか……?」
「いや、そこはいつもの反論でしょ!?」
またもや変な方向に盛り上がり、悠真は助けを求めて視線を逸らすが、その先には「また話を逸らされた」と、不満げに頬を膨らませ睨みつける桜井さんがいた。
悠真の心の安息地は失ったままだが、ともかく、わずかな希望の光が見え始めた。
(ルミアナ密林……。そこに、僕と桜井さんが帰るための方法が……)
激動の夜が明け、一行はそれぞれの帰路につくため、下山の準備を始めるのだった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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