第31話:パパ、責任を取ってください(第3節)
「……とことん、ついてない。僕の不幸体質は、異世界から帰る道まで塞いじゃうのか……」
神獣から「転移装置はもう使えない」と宣告され、元の世界へ帰る手段を失った悠真は、雪原に膝をついて絶望のどん底に沈んでいた。
「ふふっ……。世界を救っても、凡人は最後まで『不幸の塊』ね。本当に、最高に残念だわ」
「ええ。でも、なんだか……いつものゆうゆうらしくて、安心しましたわ」
セレスティアも扇子で口元を隠しながら、クスクスと苦笑いを浮かべ、リーファもやれやれと肩をすくめている。
「ちょっと、笑い事じゃないって……! 二度と家に帰れないんだぞ!」
悠真が涙目で抗議すると、リリアーナが紫のローブを揺らしながら、いつもの容赦ない毒舌で、さらに追い打ちをかけた。
「ええ、あなた自身のドジでね。……まあ、自業自得というやつかしら」
悠真がぐぬぬと言葉に詰まっていると、先ほどまで泣いていたエーテラが、幼女を片手で抱きかかえながら、なぜか自信満々にふんぞり返った。
「ふっふっふ、心配いりません。悠真さん!」
「えっ?」
エーテラは胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
「天界の第一級記録官である、この私の『テレポート』で、あなたを元の世界へ返してあげましょう!」
その言葉に、悠真の顔にパッと希望の光が差した。
確かに、エーテラの天界の力による空間転移なら、次元を超えられるかもしれない。
「ほ、本当か、エーテラさん!? 君の力なら……!」
だが、その希望は、隣に立つリリアーナの冷ややかな一言によって、一瞬にして打ち砕かれた。
「……へえ。その、くすんだ羽根の『堕天使』が、どうやって?」
エーテラは、自分の背中にある薄汚れたグレーの翼を振り返って見つめた。
「そ、そうだったぁぁぁぁ〜〜!!」
天界の権限を剥奪され、永久追放された彼女に、高次元のテレポートなど使えるはずもないのだ。
「うわぁぁん! 私はもう、天界の力を使えないんでしたぁぁぁ!」
エーテラは再び雪の上にへたり込み、幼女を抱きしめながら号泣し始めた。
「……ダメだこりゃ」
悠真は深くため息をつき、再び絶望の淵へと沈み込んだ。
だが、そんな深刻な状況にあって、全く別のベクトルで熱を燃やしている少女が一人いた。
「……そんなことより、先輩!」
「えっ?」
桜井唯が顔を真っ赤にしながら一歩、悠真へと距離を詰めてきた。
「帰れないなら、それはもう仕方ありません。……それより、さっきの返事、まだ聞いてないんですけど」
桜井の目は本気だった。
2年間、この異世界で彼を待ち続けた彼女にとって、帰還問題よりも、今ここで恋の決着をつけることの方がよっぽど重要だったのだ。
「え、あ、いや……ええと……。な、何の……ことでしょうか……?」
「何の返事か忘れたとは言わせませんよ? ……もう一度、見せましょうか?」
悠真がしどろもどろになっていると、桜井はブレザーのポケットから、あの忌まわしい『ピンク色の封筒』を半分だけ覗かせ、脅すように突きつけてきた。
「ひぃっ!? わ、わかった! わかったから、それだけは勘弁してくれ!」
悠真がしどろもどろになっていると、号泣していたはずのエーテラが、ガバッと顔を上げた。
「『そんなこと』って何ですか! あなた、この妻子を見捨てるのですか!」
「だから! その誤解を生む言い方をやめろって!」
悠真が必死にツッコミを入れるが、桜井はエーテラをジロリと睨みつけ、再び悠真へと向き直った。
「……せんぱい! 私のこと、どう思ってるんですか!?」
「悠真さん! あなた、ちゃんと責任を取ってくれるんでしょうね!?」
桜井の「せんぱい」と、エーテラの「あなた」。
二人の美少女からの強烈な板挟みに遭い、悠真は完全に逃げ場を失っていた。
「……ふふっ。こういう修羅場が見たかったのよ」
リリアーナは杖を突きながら、愉悦の笑みを浮かべてその光景を眺めている。
「くっくっくっ。お主も相変わらず、趣味が悪いねえ、リリアーナ」
ドナがいたずらっぽい顔で笑いながら、その様子を面白そうに見守る。
だが、このカオスな状況を、さらに斜め上へと加速させる人物がいた。
「――お待ちになって!」
セレスティアが、扇子をバサリと広げて二人の間に割って入ったのだ。
彼女は、王女としての気高さを崩さず、桜井に向かって堂々と宣言した。
「想い人を追って、たった一人で異世界にまで来た桜井殿の情熱……同じ女として、素晴らしいと思いますわ! そこで、わたくしから一つ提案があります」
「提案……ですか?」
桜井が怪訝な顔をすると、セレスティアは満面の笑みで言い放った。
「ええ。わたくしは、彼女をゆうゆうの『第三夫人候補』として迎えることを提案しますわ!」
「「「……は?」」」
悠真、桜井、そして周囲の全員が、その爆弾発言に言葉を失った。
「だ、第三夫人……!?」
桜井が、予想外の『公認』と、そのパワーワードに激しく困惑する。
「ええ。もちろん、第一夫人(正妻)はわたくしですわ。そして、第二は先約がありますの」
セレスティアが視線を向けると、先ほど治療を終えた魔王と戻ってきたリーファが、顔を真っ赤にしてモジモジとしていた。
「えっ……わ、わたしも、もらってくれるんですか……?」
普段は真面目な巫女であるはずの彼女は、完全に照れ隠しで光の杖をいじっている。
「ちょっと待ってください! 浮気者! 悠真さんには、この子の父親としての責任があります! 私が正妻です!」
エーテラが、どさくさ紛れに幼女を盾にして正妻の座を主張し始める。
「はははっ、こりゃあ子宝に恵まれそうだな、ユーマ!」
ルナが豪快に笑い飛ばし、完全に面白がって事態を煽っている。
「ちょっと待ってください! 私はまだ返事をもらってないんですけど!?」
桜井が顔を真っ赤にして抗議する。
雪原に響き渡る、悠真の貞操と未来を巡って、ヒロインたちが勝手に盛り上がる騒がしい声。
(……いや待て。僕は今、元の世界に帰れなくて、それどころじゃないんだが!?)
「なんで僕そっちのけで、勝手に話が進んでるんだよ!」
帰還できないという深刻な問題は完全にどこかへ吹き飛び、悠真の必死のツッコミは、ヒロインたちの騒がしい口論の中に虚しく掻き消されていくのだった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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