第31話:パパ、責任を取ってください(第2節)
悠真がクズ男のような扱いをされている傍らで、慈愛のミーナと光の巫女リーファによる懸命な処置が功を奏し、魔王イヴはようやく上体を起こせるまでに回復していた。
「イヴ様、ご無理をなさらないでください!」
ミーナが慌てて支えようとするが、イヴは静かに首を振った。
「……大丈夫よ。皆に、礼を言わなければ」
イヴの言葉に応えるように、巨大な白虎の神獣――ちくわが彼女の傍らに歩み寄り、その白い背中に魔王をそっと乗せた。
神獣の背に揺られ、イヴは悠真たちの元へと近づいていく。
「……人間たちよ。いや、悠真。……よくぞ、あの魔神を討ち果たしてくれた。感謝する」
イヴは、悠真と、彼を取り囲む仲間たちを見渡し、深く頭を下げた。
そこには、かつて「退屈だわ」と冷酷な仮面を被っていた魔王の面影はなかった。1000年もの間、たった一人で世界を守るという呪縛から解き放たれた彼女の表情は、憑き物が落ちたように穏やかで、まるで一人の少女のそれだった。
そしてイヴは、悠真の腕の中で幼女にすがりつかれている、グレーの翼を持つ少女へも視線を向けた。
「……天界の記録官よ。敵であったはずのお前が、自らを犠牲にしてバリアを解除してくれたこと……心から礼を言うわ」
「……べ、別に、あなたたちのためではありません。私はただ……」
エーテラは顔を赤くして視線を逸らし、幼女の頭を撫でながらモゴモゴと言葉を濁した。
そんな彼女の不器用な態度に、イヴはふっと柔らかく微笑んだ。
和やかな空気が流れる中、セレスティアが扇子を閉じ、真剣な眼差しで神獣とイヴに問いかけた。
「魔王様、そして神獣殿。一つお伺いしたいことがありますわ。……あのドームに眠っていたのが『災厄の魔神』だということは分かりました。では、古文書に記されていた『異世界へ帰る扉』は、一体どこにあるのかしら?」
リーファも、期待に満ちた瞳で頷く。
「そうです。悠真様もついに、念願が叶った……のですよね?」
悠真が元の世界へ帰るための、唯一の希望。
だが、神獣は気まずそうに目を逸らし、イヴは静かに首を横に振った。
『……残念だが、この場所にはそのような『扉』など存在せぬ。そして悠真よ、そなたが持つそのナイフも、扉を開く『鍵』などではない』
「えっ……? どういう事?」
悠真は、自分の腰に差した奇妙なナイフを見下ろし、驚きの声を上げた。
神獣が重々しい口調で説明を始める。
『1000年の時が経つうちに、天界側の嘘の教えと、我が主(未来人)の残した真実が混ざり合い、いつしか意味が曲解されて伝わってしまったのだ』
「……『扉』とは、天界が魔神を使って行う『浄化した世界への扉』という、ただの比喩表現よ」
イヴが静かに言葉を継いだ。
「そして『鍵』とは、その魔神を完全に封印し、消滅させるためのナイフの例えに過ぎないわ」
つまり、あのナイフは「異世界への扉を開く鍵」ではなく、「世界の終焉という扉を閉ざすための鍵」だったのだ。
イヴは、愕然とするリーファを見つめて言った。
「元々、あなたが身を置く教団という組織は、天界の嘘を広めるために作られた機関だった。後に我が主、異世界の未来人の残した真実が断片的に広まり……結果として、あなたたちが信じる『救世主の言い伝え』が出来上がったのよ」
教団の教義そのものが、天界の嘘と未来人の真実が混ざった歪なものであるという残酷な事実。
だが、リーファは少しの動揺を見せた後、すぐに光の杖を胸に抱き、悠真を見つめて優しく微笑んだ。
「……天界の教えは嘘だったかもしれませんが、悠真様がこの世界を救う『救世主』だという言い伝えだけは、真実でよかった」
その真っ直ぐで揺るぎない信仰心(愛)に、悠真は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「それなら……私たちが来た時に使った、あのマンホールの転移装置で帰れるんじゃないですか?」
事態の推移を見守っていた桜井が、神獣の首筋を撫でながら尋ねた。
だが、神獣はさらに気まずそうに、耳をペタンと伏せた。
『……それが、そうもいかんのだ』
「どうして?」
『あの転移装置は、何度も使えるものではない。本来は、我と『救世主』が同時に転移し、帰還用の回数を残しておく予定だった。だが……』
神獣は、恨めしそうな目で悠真をジロリと睨みつけた。
『この男が、想定外の不運でマンホールに落ち、一人で勝手に転移装置を起動させてしまったのだ。その後、我らも後を追って転移したことで、装置は完全に故障し……もう、二度と使えなくなった』
「あ…………」
戦場に、冷たい雪山の風が吹き抜けた。
「まさか僕のせいで、もう使えなくなった……?」
神獣の非情な宣告に、悠真は膝から崩れ落ちた。
魔神を倒し、世界を救い、そして英雄として堂々と元の世界に帰れるはずだった。
だが、一番の目的であった「元の世界へ帰る」という願いは、他でもない、自分自身の最初のドジ(マンホール落下)のせいで完全に絶たれてしまったのだ。
「そんな……。じゃあ、私たちはもう……」
桜井も肩を落とし、神獣の首筋から手を離してへたり込んだ。
(嘘だろ……。僕の帰る場所は、僕の不運のせいで消えちゃったってことか!?)
「……とことん、ついてない。僕の不幸体質は、異世界から帰る道まで塞いじゃうのか……」
絶望の淵に沈む悠真。
世界を救った勇者は、自らの理不尽な不幸を呪い、雪原の真ん中で真っ白に燃え尽きた。
「ふふっ……。世界を救っても、凡人は最後まで『不幸の塊』ね。本当に、最高に残念だわ」
リリアーナが紫のローブを揺らし、いつもの調子で容赦ない毒舌を放つ。
「ま、まあ……これはまさしく、世界を救った英雄の代償、……ということですよね?」
リーファが慌ててフォローを入れつつも、どこか呆れたように光の杖を握り直す。
「ええ。でも、なんだか……いつものゆうゆうらしくて、安心しましたわ」
セレスティアも扇子で口元を隠しながら、クスクスと苦笑いを浮かべた。
その言葉に、周りに集まったみんなもやれやれと肩をすくめ、思わず笑い声を上げる。
世界を救う大一番を終えてもなお、いつものように悠真の不幸をいじり倒す、騒がしくて容赦のない日常が、そこにはあった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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