第30話:少女にパパと呼ばれた日(第3節)
ドスッ!!!!
「ぶふぅっ!?」
感動の涙を流し、幼女を熱烈に抱きしめていた悠真の顔面は、後頭部に凄まじい威力の『飛び蹴り』を喰らい、冷たい雪の中へと深く、深くめり込んだ。
抱きしめられていた幼女は、悠真が前へ吹っ飛んだ拍子にぽすんと雪の上に尻餅をつき、きょとんと丸い目を瞬かせている。
「……このロリコン! 破廉恥な規則違反者ぉぉぉ!!!」
背後の上空から、聞き慣れたはずの、あの凛とした怒声が響き渡った。
「え、えっ!?」
悠真が顔面を雪まみれにして振り返ると、そこには、少し制服の裾を焦がしながらも、純白の翼を広げて仁王立ちしている少女――エーテラがいた。
「エ、エーテラさん!? 生きてたの!?」
「当たり前なのです! 私は優秀な天界の記録官です!」
エーテラは腕を組み、ふんぞり返るようにして胸を張った。
だが、その無機質を装う瞳の奥には、悠真たちの無事な姿を見て安堵したような、微かな涙の跡が光っていた。
「ま、まあ……私の元々の役目は一応『神の卵』の監視ですから……? 魔神への干渉は、権限消費の対象外だという、私の精密な予測が的中したに過ぎません。えっへん!」
エーテラは、少しだけ頬を染め、視線を泳がせながらも自慢げに語り続ける。
「……バリア解除後は、危うく意識を失いかけましたが、ギリギリで『瞬間移動』を行使し、上空へと退避しました。ですから……消滅などしていません!」
少し得意げに種明かしをする彼女に向かって、ドナが「うわぁぁぁぁん!」と泣き叫びながら突進した。
「エーテラぁぁぁ! よかった、生きてたんだねぇ! ほんとによかったぁぁ!」
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、鼻水を押し付けないでください! 離れなさい、汚いです!」
ドナに思い切り抱きつかれ、エーテラは顔を真っ赤にしてタジタジになっている。
その微笑ましい光景に、悠真は心から安堵の息を吐き出した。
(本当によかった……僕の不運のせいで、誰かが死ぬことにならなくて……)
誰も死ななかったという事実に、胸の奥が温かくなる。
さらに、そんな和やかな空気の中で、思いもよらず誕生した新たな命が……。
「……パパー!」
「えっ?」
雪の上に座っていた、魔石から生まれた白い羽を持つ幼女。
彼女が目をぱちくりと瞬かせた後、満面の笑顔で短い両手を広げ、悠真の胸にトテトテと飛び込んできたのだ。
「ぱ、パパ!? 僕が!?」
全軍がざわめく中、悠真は慌てて幼女を抱きとめた。
最初に魔力を込めて抱きしめられたことで、どうやら彼を『親』だと認識(刷り込み)してしまったらしい。
「だ、ダメです! 神聖なる天の使いの誕生に、そのような不純なスキンシップは! 離れなさい、このロリコン規則違反者!」
エーテラがドナを引き剥がし、今度は悠真から幼女を引き離そうと必死に腕を引っ張る。
だが、幼女は「えへへ〜」と笑いながら悠真の首にギュッとしがみついて離れない。
「あはは! お兄ちゃんがパパになっちゃった! じゃあ、ドナも。お兄ちゃ~ん、だっこ~!」
ドナが面白がって、便乗するように悠真の背中に飛びついた。
「おっ、戦勝祝いのハグか? いいねぇ、オレも入れろ!」
魔王の治療を終え、エーテラの無事な姿を見て一安心していたルナが、豪快な笑い声を上げて駆け寄ってくる。
そして、制止しようとしていたエーテラごと巻き込むように、悠真の体に思い切り飛びついた。
「うわぁぁっ! 重い、重いってば! みんな離れて!」
「きゃあっ! なぜ私まで……離れなさい、ルナさん!」
「あははは! お兄ちゃんあったかいねー!」
「パパ〜!」
世界を救った直後の現場でさえも、美少女たちが悠真を中心に絡み合う、いつも見慣れた修羅場が展開されていた。
「…………」
そのカオスな惨状を、少し離れた場所から、桜井唯――『幻影のブルーメ』は、腕を組みながらふくれっ面で見つめていた。
2年間、ずっと、ずっと待ち焦がれた先輩との再会。
しかも、あんなに大勢の前で、顔を真っ赤にしてラブレターを突き出し、決死の告白をしたというのに、完全にそっちのけにされてる。
(……もう、せんぱい!)
そんな彼女の隣に、セレスティアが優雅な足取りで歩み寄ってきた。
彼女は扇子で口元を隠し、雪の上で押し潰されている悠真を眺めながら、桜井に微笑みかけた。
「ふふっ……。想い人を追って、遠く離れたこの異世界まで来るなんて……とてもロマンチックなお話ですわね、ブルーメ……いえ、桜井さん」
「……セレスティア様」
桜井が視線を向けると、セレスティアは紫色の瞳に強い光を宿して続けた。
「ですが、わたくしも、彼を想う気持ちでは負けておりませんわよ?」
「ぶん……、あの凡人のどこがいいのかしら? 女たらしは死ねばいいわ」
後方で杖を突いたリリアーナが、冷たい声で吐き捨てる。
「悠真様……! 世界を救った救世主だというのに、本当にふしだらですわ! わたくしというものがありながら……っ!」
リーファは、神聖な光の杖をギリギリと握りしめ、嫉妬に顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「はぁ……。またいつもの光景ですね、エリザ様」
「そうねぇ、ボニー。相変わらず、お兄さんはモテモテだわ」
ボニーとエリザも、そのドタバタ劇を遠巻きに眺めながら、やれやれと肩をすくめていた。
「……ほんと先輩は、相変わらずですね」
桜井は、雪原で「助けてくれぇ!」と情けない声を上げている先輩を見つめ、ぷくっと頬を膨らませた。
だが、そのカオスな修羅場の中心で。
悠真とともに巻き込まれ、絡まれていたエーテラの純白の翼が、突如として不吉な『黒いオーラ』に包まれ始めたことに、この時の僕たちはまだ誰も気づいていなかった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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