第30話:少女にパパと呼ばれた日(第2節)
雪煙が晴れ、静寂を取り戻した極寒の山頂。
魔神という強大な脅威が去り、各陣営は満身創痍の体を休め、傷ついた仲間の介抱に奔走していた。
その中心には、倒れ伏した魔王イヴを囲むように、魔王軍の四天王たちが集まっていた。
「イヴ様! しっかりしてください、イヴ様……!」
慈愛のミーナが、ボロボロになったイヴの体を抱きかかえ、血の涙を流しながら必死に応急処置を施している。
吸血鬼の秘術である血の治癒能力を全力で注ぎ込むが、イヴの生命力は風前の灯火のように揺らいでいた。
「クソッ……! オレの炎じゃ、傷を焼いて止血するくらいしかできねえ……!」
業火のジルが、己の無力さに悔しそうに牙を噛みしめる。
謀略のヴァネッサも、扇子を握りしめ、いつもの冷静さを失ってただ見守ることしかできなかった。
「……皆の者、心配するな……この程度では、まだ……」
イヴが弱々しく目を開け、かすれた声で呟く。
少し離れた場所では、桜井唯が巨大な白虎の神獣に寄りかかり、祈るように両手を組んでイヴを見守っていた。
そこへ、白と青の聖装を翻した少女が、雪を蹴って駆け寄ってきた。
「……私も、手伝います!」
教団の光の巫女であるリーファだ。
彼女が杖を掲げると、温かく神聖な光が、イヴの体を優しく包み込んだ。
「あ、あんたは……教団の巫女! なぜ、敵である魔族を助けるのよ!」
ミーナが驚きと警戒の声を上げる。
「教団の教えは、決して絶対ではない……今日、それがよく分かりました」
リーファは、真っ直ぐな瞳でイヴとミーナを見つめ返した。
「天界が世界を滅ぼそうとし、あなたたちが世界を守ろうとしていた。これまでの教えは、正しくなかったのです……。それに何より」
リーファは、遠くで雪を掻き分けている悠真の背中を見つめ、優しく微笑んだ。
「悠真様が命がけで救おうとした命を、私が見捨てるわけにはいきません」
光の巫女の清浄な魔力と、闇の吸血鬼の秘術。
本来なら決して交わることのない二つの力が、一つの命を救うために見事に息を合わせる。
「……感謝するわ、教団の巫女よ。我が主を救ってくれた恩は、決して忘れない」
ヴァネッサが静かに頭を下げ、ジルもそれに倣う。種族の壁を越えたその光景に、戦場は温かな空気に包まれていた。
一方、その頃。
悠真は、魔神が消滅した巨大なクレーターの周りを、半狂乱になって掘り返していた。
「エーテラさん! エーテラさん、どこだ!! 返事をしてくれ!!」
素手で雪を掻き分け、指先が凍傷で赤く腫れ上がっても、彼は止めることができなかった。
「お兄ちゃん、もうやめなよ……」
ドナが涙を流しながら悠真の腕にすがりつき、必死に彼を止めようとする。
「魔力充填を限界まで引き上げたグングニルの直撃だよ……? しかも、魔神のあの凄まじい爆発の中心にいたんだよ。……やっぱり、跡形もなく消滅しちゃったんだよ……」
「そんなことない! 彼女は天界の記録官だろ!? あんなに強くて、いつも偉そうに規則だのなんだのって……!」
悠真は、あふれる涙を拭いもせず、絶叫した。
彼がどれだけ泣いて叫ぼうとも、あの純白の翼も、いつも少し怒ったような顔も、雪原のどこにも見当たらない。
(僕が、自分の黒歴史から逃げようとして、情けない姿を見せたせいで……彼女に無理をさせたんだ……!)
自分の不幸体質が、またしても大切な誰かを奪ってしまった。
その絶望に、悠真が雪の上に突っ伏そうとした、その時だった。
トクン……。
魔神が消滅した跡地に残された、漆黒の巨大な『魔石のかけら』が、突如として心臓のように脈打ち、眩い光を放ち始めたのだ。
「……何事だ!? 魔石が光っているぞ!」
「まさか、また魔神が復活するというのか!?」
ゼノアとライオネルが鋭い声を上げ、一斉に武器を構え直した。
彼らの声に王国騎士団の兵士たちも騒然となり、戦場の空気が再び張り詰める。
光は次第に形を変え、一つのシルエットを形成していく。
戦場にいた全員が、息を呑んでその光景に注目した。
やがて光が収まると、そこには――。
「……嘘、だろ」
悠真の目の前に、一人の幼い少女が倒れていた。
年齢は二、三歳くらいだろうか。幼く愛らしい顔立ちに、透き通るような白い肌。
そして何より、その背中には、見覚えのある『純白の翼』が、小さく可愛らしく生えていたのだ。
「ま、まさか……あのような小さな子供が、あの魔石から……?」
セレスティアが扇子を取り落とし、信じられないものを見るように目を見開いた。
悠真は、震える足でゆっくりとその少女に近づいた。
雪の上に横たわるその姿を間近で見ると、銀色に近い髪の色や、整った幼い顔立ちが、どことなくエーテラに似ているように思えた。
「君は……エーテラさんの、生まれ変わりなのか……!」
彼女の魂が、魔石の力を使って新しい命として転生したのだ。
そうに違いない。
「よかった……! 本当に、よかった……っ!」
悠真は、あふれる涙を抑えきれず、白い羽を持つその小さな体を強く、強く抱きしめた。
腕の中に伝わってくる、驚くほど柔らかく、温かな命の鼓動。
それは、間違いなく新しい命の誕生だった。
「うえぇぇぇん! エーテラぁ……! やっぱり、死んじゃったんだねぇ……!」
ドナもその場にへたり込み、悠真の背中にすがりついて大粒の涙を流した。
「……ドナさん、違うよ」
(違う、エーテラさんは死んだんじゃない、生まれ変わったんだ。彼女の犠牲は、無駄じゃなかったんだ……!)
そう自分に思い聞かせようとした、まさにその瞬間だった。
「……このロリコン! 破廉恥な規則違反者ぉぉぉ!!!」
背後の上空から、聞き慣れたはずの、あの凛とした怒声が響き渡った。
ドスッ!!!!
「ぶふぅっ!?」
感動の涙を流し、幼女を熱烈に抱きしめていた悠真の顔面は、後頭部に凄まじい威力の『飛び蹴り』を喰らい、冷たい雪の中へと深く、深くめり込んだのだった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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