第30話:少女にパパと呼ばれた日(第1節)
鼓膜を破るほどの轟音。
そして、それに続いて訪れたのは――恐ろしいほどの、真っ白な静寂だった。
バリアを失った魔神の巨体に、悠真の黒歴史を圧縮したグングニルの漆黒の閃光と、イヴの命を燃やした赤黒い特攻が、十字に交差して直撃したのだ。
「イヴさん!!」
「エーテラああああ!!」
桜井の悲痛な叫びと、悠真の絶叫が、光の奔流の中に吸い込まれていく。
世界を理不尽に終わらせるはずだった『神』の巨体は、相反する二つの規格外のエネルギーに呑み込まれ、全身に亀裂を走らせていた。
ピキリ……メキメキメキッ……!
幾何学的な光の輪が砕け散り、漆黒の装甲が剥がれ落ちる。
やがて、完全に沈黙した災厄の魔神は、ゆっくりと、しかし確かな重量を伴って後方へと傾き――
ズドォォォォォォォォォン!!!!!
極寒の雪原に凄まじい地響きを上げて倒れ伏した。
舞い上がった雪煙が、戦場全体を真っ白に覆い尽くす。
「……やった……!?」
「倒れたぞ! あの化け物が!」
ルナや王国軍、魔王軍の兵士たちが歓喜の声を上げる中。
スレイプニルから飛び出し、雪の上にへたり込んでいた悠真の目からは、とめどなく涙が溢れていた。
「エーテラさん……イヴさん……っ!」
自分が不甲斐ないばかりに、彼女たちに命を懸けさせてしまった。
その激しい後悔と絶望に苛まれ、ただ立ち尽くして泣くことしかできない悠真。
だがそんな中、戦車から降り立ち、紫のローブを翻しながら近付いてきたリリアーナが、冷ややかに、しかし力強く彼の背中を叩いた。
「凡人。いつまで泣いているの?」
「……え?」
「まだ終わっていないわ。早く、とどめを刺しなさい」
リリアーナの冷静な声に、リーファもハッと気づいたように叫んだ。
「あっ……! 悠真様! 早く、あの『奇妙なナイフ』を!」
リーファの叫び声に、悠真はハッとして顔を上げた。
見れば、倒れ伏した魔神の巨体の中央、胸部の装甲が砕けた奥で、まだ弱々しくも赤い光のコアが明滅を繰り返している。
「……ナイフ!」
その言葉に、悠真の脳裏にエメリア王女の言葉が蘇る。
――『古文書によれば、このナイフはその封印を解く……あるいは閉ざすための『鍵』です』
悠真は涙を乱暴に拭い、立ち上がった。
もう、これ以上誰にも悲しい思いはさせない。僕が、この手で終わらせるんだ。
「うおおおおおおおっ!!」
悠真は全速力で雪を蹴り、倒れた魔神の巨体へと駆け寄った。
腰に差していた、古びた装飾の施された『奇妙なナイフ』を引き抜く。
彼自身の強大な不運の残滓――黒歴史のオーラを吸い込んだそのナイフは、柄から刀身にかけて、これまで見たこともないような強い光を放っていた。
「これで……最後だ!!」
悠真は魔神の胸部に飛び乗り、明滅するコアの中心へと、ナイフを深く突き立てた。
ガキィィィンッ……!!
ナイフがコアに到達した瞬間、魔神の巨体がビクンと大きく跳ねた。
そして、ナイフの光がコアの赤い光を完全に飲み込み、眩い閃光となって爆発する。
『――――――…………』
断末魔の悲鳴すら上げることもなく、災厄の魔神の巨躯は光の粒子となって分解され、大気中へと溶けて消滅していった。
そこ残されたのは、魔神のコアがあった場所に転がる、巨大な黒い『魔石のかけら』だけだった。
「……終わった……」
悠真が魔石のそばで膝をつき、安堵の息を漏らした直後。
少し離れた雪原のくぼみで、倒れている人影を発見した。
「イヴさん!」
桜井と共に駆け寄ると、そこには漆黒のドレスを血に染め、ボロボロになった魔王イヴが倒れていた。
「……う、ん……」
「イヴさん! イヴさん!」
桜井が半泣きになりながら彼女を抱き起こす。
イヴはゆっくりと目を開け、軍師としての冷徹な仮面をかなぐり捨ててポロポロと涙をこぼす桜井の顔を見て、ふっと弱々しく微笑んだ。
「……泣くな、ブルーメ。……余は、まだ死んでおらぬわ」
「……っ! よかった、本当によかった……!」
イヴがかすかに息をしていることを確認し、悠真も心の底から安堵した。
特攻の直前、グングニルの威力が魔神の装甲を砕いたおかげで、自爆に至る前に魔力が相殺され、致命傷を免れたのだ。
だが。
「……エーテラさんは? エーテラさんはどこだ!?」
悠真はハッとして、慌てて周囲を見回した。
イヴと同じように、魔神のバリアに激突したはずの純白の天使の姿が、どこにも見当たらない。
「エーテラさん! どこにいるんだ!」
悠真は雪を素手で掻き分け、喉が裂けるほどに彼女の名前を呼び続けた。
だが、返ってくるのは冷たい吹雪の音だけだ。あの純白の翼も、いつも僕を「規則違反です」と叱ってくれた、少し怒った顔も、どこにもない。
「……ウソでしょ……?」
スレイプニルの車外へ飛び出してきたドナが、顔面蒼白で雪原に立ち尽くしていた。
彼女の視線の先には、魔神が消滅した跡地に残された巨大なクレーターだけが広がっている。
「私の……グングニルの直撃のせい? 発射を途中で止められなかったせいで、あいつごと消し飛んじゃったの……!?」
普段は強気な天才鍛冶師が、自分が放った一撃が仲間を消滅させてしまったかもしれないという絶望に、ポロポロと涙をこぼして膝をついた。
「ドナのせいじゃない……! 僕の、この不運のせいだ……!」
悠真は、自らの『不幸体質』が常に周囲をトラブルに巻き込み、結果的にエーテラをあんな危険な行動に走らせてしまったのだと、深い自責の念に押し潰されそうになっていた。
「嘘だろ……。僕のせいで、彼女が……!」
絶望が悠真の心を黒く塗り潰そうとした、その時だった。
トクン……。
魔神が消滅した跡地に残された、巨大な『魔石のかけら』が、突如として脈打つように、淡い光を放ち始めたのだ。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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