第29話:俺の歴史と、光芒の終焉(第3節)
『発射まで、残り10秒!』
スレイプニルの車外スピーカーから、ドナの緊迫したカウントダウンが響き渡る。
だが、目標である『災厄の魔神』の前面には、あらゆる攻撃を弾き返す強固な光のバリアが展開されたままだった。
このまま主砲グングニルを撃っても、悠真の極大の不運エネルギーは相殺されてしまう。
「やばい! 今回の攻撃も、無駄になっちゃうよ!」
「……ええ。でも、今更発動は止められない」
天才と謳われた賢者二人も、ただ歯を食いしばって計器盤を睨みつけるしかなかった。
「はぁ、はぁ……準備は整ったわ。私が、この世界を……!」
そして、赤黒い魔力を全身に漲らせた魔王イブが、魔神の背後から自らの命を燃やして突っ込もうとしている。
だが、魔王イヴの特攻も、あのバリアの前では犬死に終わるだろう。
(………このままでは、グングニルは防がれ、イヴさんの特攻も無駄になってしまう!)
ピンクの封筒を握りしめる、桜井の両手が汗ばむ。
ルナが唇を噛みしめ、セレスティアたちも絶望に顔を歪める。
誰もが最悪の結末を予感した、その時だった。
「……一か八かです」
悠真の傍らで震えていた純白の翼が、決意と共に大きく羽ばたいた。
バサァッ!!
激しい羽音と共に、エーテラの純白の羽毛が雪原に舞い散る。
彼女は、魔神の正面――すなわち、今まさに発射されようとしているグングニルの射線の直線上に沿って、単独で猛スピードで飛び出していったのだ。
「エーテラさん!? 何をするつもりですか!」
リーファが驚愕して叫ぶ。
「ちょっと待って、エーテラ! 邪魔だよ、そこをどいて! グングニルが当たっちゃうよ!」
戦車の操縦席から、ドナが血相を変えて怒鳴った。
「ダメよ、今更発動は止められない!」
冷静なリリアーナでさえ、額に冷や汗を浮かべて制御桿を必死に抑え込もうとしている。
『残り、5……4……!』
そして同時に――
「消えなさい、偽りの神よ! うおおおおおおお!!」
魔神の背後から、赤黒い魔力を全身に纏った魔王イヴが、凄まじい速度で特攻を開始した。
このままでは、エーテラ、魔王、そしてグングニルの閃光が、同時に魔神へ激突し、すべてが消滅してしまう。
「……エーテラさん……っ!?」
自分の黒歴史の暴露による極大の羞恥心で、頭を抱えて悶え苦しんでいた悠真が、その悲痛な光景にようやく我に返った。
「や、やめろおおおお!!」
自分の不甲斐なさを呪いながら、彼は雪を蹴って立ち上がり、遠ざかる純白の背中へ向かって必死に手を伸ばした。
「戻ってくれ! 君が死ぬ必要なんてないんだ!」
悠真の絶叫が、猛吹雪の戦場に響く。
魔神へと肉薄する直前。
エーテラは、空中で最後に一度だけ、チラリと悠真の方を振り返った。
無機質で、いつも「規則違反です」と怒ってばかりいた彼女の顔に、今まで見せたことのない、人間らしい、優しくも寂しげな笑顔が浮かんでいた。
「……見ていてください、悠真さん。私の、最大の規則違反を」
彼女の唇が動き、その言葉が風に乗って悠真の耳に届いた。
直後、エーテラは天界の記録官としての権限を解放し、自らの体を魔神の強固なバリアへと叩きつけた。
ピシィッ……!!
エーテラが魔神の光の輪に触れた瞬間。
魔神の動きが一瞬だけピタリと停止し、あの絶望的に分厚かったバリアが、ガラスが砕けるように完全に消失したのだ。
「ふふ……規則違反って……思っていたより、疲れますね……」
バリアの消失と引き換えに、力を使い果たしたエーテラは、空中でふらふらとよろめいた。
「……ふぅ。……ここで、少しだけお休みします」
エーテラはそう小さく呟くと、そのまま糸の切れた操り人形のように、無防備な姿で真っ逆さまに落下していった。
『……3!!』
「エーテラさん……!」
「光よ、どうか彼女を……!」
セレスティアとリーファが悲鳴を上げ、ルナが「バカ野郎が!」と悔しげに大剣を雪に突き立てる。
『……2!!』
「ひぃぃっ! エーテラさんが、死んじゃいますぅ……!」
ボニーが涙目でうろたえ、エリザは静かに、だが鋭い瞳でその光景を脳裏に焼き付けていた。
『……1!!』
(イヴさん、エーテラさん……お願い、生きて……!)
桜井が胸元で両手を組み、ピンクの封筒をくしゃくしゃに握りしめながら祈る。
神獣のちくわ、そして後方のヴァネッサたち魔王軍の幹部たちも、ただ無言で固唾を呑んで見守っていた。
『……ゼロ!!』
ドナのカウントダウンが終わりを告げた。
ズガァァァァァァァァァァン!!!!!
「きゃあああっ!?」
「くっ……! 凄い反動ね!」
スレイプニルの車内で、発射の凄まじい衝撃にドナが悲鳴を上げ、リリアーナが歯を食いしばって制御桿にしがみつく。
砲身から、悠真の黒歴史を圧縮した極大のどす黒い閃光が放たれた。
「これが私の……ッ! 最後の命よぉぉぉッ!」
そして魔神の背後からは、イヴの命を燃やした赤黒い特攻が同時に直撃した。
バリアを失った魔神の巨体に、相反する二つの規格外のエネルギーが十字に交差し、凄まじい爆発を引き起こす。
世界を理不尽に終わらせるはずだった『神』の巨体が、すべてを飲み込む眩い光芒へと変わっていく。
「イヴさん!!」
「エーテラああああ!!」
桜井の悲鳴も、悠真の絶叫も。
王国軍や魔王軍の兵士たち、すべての者たちの叫びは、その圧倒的な光の渦の中に掻き消されていった。
鼓膜を破るほどの轟音。
そして、それに続いて訪れたのは――恐ろしいほどの、真っ白な静寂だった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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