第29話:俺の歴史と、光芒の終焉(第1節)
「誰も死なせないわ。……この世界を守るのは、私の役目よ」
天界の終焉兵器『災厄の魔神』の圧倒的な力の前になす術なく、魔王イヴは自らの命を犠牲にした自爆特攻の準備を始めた。
(このままではイヴが死んでしまう)
意を決した軍師ブルーメは、全速力で悠真の元へ駆け寄り、ラブレターを突き出して告白。
その場にいた全員が「ええええええ!?」と驚愕の声を上げたのだった。
「……は? 桜井さん、今、なんて……」
静まり返る雪原。
猛吹雪の中で、悠真の目の前に突き出された、可愛らしいピンク色の封筒。
そこに書かれた丸みを帯びた丁寧な文字を見た瞬間、悠真の思考は完全に停止し、やがて凄まじい勢いで逆流を始めた。
『放課後、裏庭の旧校舎前で待っています。 桜井』
見覚えがある、などという生易しいものではない。
その文字。その封筒。そして、それを突き出している少女の名前が「桜井」であるという、残酷すぎる事実。
(これは、もしや……僕が中学三年の春、机の引き出しの奥の……お菓子の缶箱の中に封印した……!)
悠真の脳裏に、人生最大のトラウマがフラッシュバックする。
同級生の『櫻井』さんだと勘違いし、先走って告白を断り、大爆笑されてクラス中の女子から「自意識過剰なストーカー」と罵られた、あの雨の日の裏庭。
そして何より、目の前の少女に、自分のそんな無惨で滑稽な『黒歴史』のすべてが、完全に知られていたという絶望。
「あ……ああ、ああああ……ッ!?」
悠真の顔が、極寒の雪山にいるにもかかわらず、沸騰したヤカンのように一瞬で真っ赤に染め上がった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
悠真の口から、魂を削り取るような大絶叫が響き渡った。
それは、魔神の咆哮よりも悲痛で、魔王の特攻よりも切実な、一人の少年の尊厳が崩壊する音だった。
「せ、先輩……ごめんなさい、こんな大勢の前で……っ! でも、あの2年前のこと、私ずっと謝りたくて……!」
「ち、違う! 君は……君とは、異世界に来る直前に図書室で初めて会った。つい最近知り合ったばかりの後輩だろ!?」
記憶に固く蓋をした悠真は、現実逃避するように、涙目で事実を全力否定する。
「……そうだよな!? なあ! 2年前のことなんか、僕は何も知らないいいいいい!」
悠真が頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ、その瞬間。
ズズズズズズズッ……!!
スレイプニルの操縦席にセットされたままの『呪いの石』が、彼自身の極大の羞恥心とトラウマ――人生最大の『不幸の残滓』に激しく共鳴し、かつてないほどのすさまじく、どす黒いオーラを放ち始めた。
「な、なんですの……この、禍々しいまでの負の波動は……!?」
悠真のすぐ傍らにいたセレスティアが、あまりのプレッシャーに顔を青ざめさせて後ずさる。
「ゆうゆう……あなた、一体どんな壮絶な過去を背負っていらしたの……!?」
「……これが、世界を導く救世主……悠真様に秘められた、真のお力……」
リーファもルナも、そしてエーテラでさえも、悠真から噴き出すどす黒いオーラの重圧に耐えきれず、武器を構えたまま震え上がった。
スレイプニルの車内では、ドナとリリアーナが計器盤の異常な数値を前に息を呑んでいた。
「す、すごい……! お兄ちゃんの魔力値、メーター振り切ってるよ! スレイプニルの装甲が軋んでる!」
「ええ……。極限の精神崩壊が引き起こす、文字通りの『底なしの不運』。……素晴らしいわ」
彼から溢れ出す極大の『不運エネルギー』は、戦場を包み込んでいた魔神の威圧感すらも塗り潰していく。
「お、おい見ろ……。あいつから、とんでもねえ殺気が……」
ルナ率いる傭兵団が、恐れ慄いて一歩後退する。
「……何というプレッシャーだ。あれが、救世主の真の力か……!」
王国軍のライオネルやゼノアも、額に冷や汗を浮かべて悠真を凝視している。
「あ、あの人間の放つオーラ……魔王様に匹敵する威力……。いやそれ以上……!」
魔王軍のミーナやジルたちでさえも、信じられないものを見るように、彼の方へ完全に注目を奪われていた。
「や、やめてくれ……! みんな、そんな目で見ないでくれ……!」
王国軍も魔王軍も関係なく、戦場の全員の視線が、顔を真っ赤にしてうずくまる少年に集中している。
そんな公開処刑の最中、戦場の中心では、ただ一人、魔王イヴだけが振り返ることなく、自らの命を燃やす特攻の準備を静かに、そして気高く続けていた。
「……私の命で、この世界を……」
彼女の細い体から立ち昇る赤黒い魔力は、すでに臨界点に達しようとしている。
だが、その魔王の魔力増大を警戒し、迎撃態勢を取っていた『災厄の魔神』の動きが、不意にピタリと止まった。
『オォォォォォ……ッ』
魔神の光の無い虚無の双眸が、魔王への警戒から外れ、ゆっくりと後方――異常なまでのオーラを噴出させている悠真の方へと向けられた。
世界を終わらせるはずの天界の兵器が、一人の少年の『黒歴史』から生み出されたエネルギーを、最大の脅威として認識し、警戒を始めたのだ。
「いやだああっ……! 魔神まで僕を見ないでくれええええええ!」
魔王の決死の覚悟の中、魔神を含めた全員が、魔王ではなく真っ赤な顔でうろたえる一人の少年に注目しているという、あまりにもシュールな光景。
そんな中、悠真の悲鳴に呼応するように、『呪いの石』はさらに爆発的なオーラを巻き起こす。
「……先輩、ごめんなさい。でも、今なんです!」
真っ赤な顔をした桜井が、そのカオスな状況を打破するように、力強く叫んだ。
世界を救うための、最高に残念で理不尽な反撃が、今まさに始まろうとしていた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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