第27話:魔王の反撃と、彼女の決意(第2節)
慈愛のミーナがもたらした、魔王イヴの単独特攻という最悪の知らせ。
夜営地の空気が凍りつく中、桜井唯――魔王軍の軍師ブルーメは、誰よりも早く行動を起こした。
「……行きますよ、先輩。イヴさんを死なせるわけにはいきません!」
彼女は静かに、だが強い決意を込めて神獣の背に飛び乗った。
「待って桜井さん、僕たちも行く! ドナ、スレイプニルを出して!」
悠真の叫びに呼応し、ドナが「任せて!」と戦車の操縦席へと飛び込む。
セレスティアたちも即座に乗り込み、魔導戦車スレイプニルは轟音を上げて雪原を蹴り出した。
先行する桜井と巨大な白虎の神獣。
凍てつく夜風が吹きすさぶ中、神獣の背の上で桜井は、前方を見据えたまま静かに語りかけた。
「……ちくわ」
『なんぞ、人間よ』
「私にとって、先輩との再会は2年ぶりだったけれど……イヴさんにとって、ちくわとの再会は、1000年ぶりだったのよね」
桜井の言葉に、巨大な神獣は走る速度を落とさず、低く喉を鳴らした。
『……ふん。イヴは1000年経っても相変わらず、退屈そうで口が悪かったがな。……だが、この世界はずいぶんと変わっていた』
神獣の声には、桜井が知る「尊大な子猫」の姿とは違う、深い哀愁が込められていた。
『我が主……そなたらの故郷の未来人は、魔神の誕生に備えて途方もない時間、研究を続けたのだ』
「……ええ」
『そして最後に、我を別次元の未来へ転移させた後、主は自らの知識と世界の真実を、後に『古文書』と呼ばれる様々な記録として残した』
神獣は雪原を力強く蹴りながら、さらに言葉を継ぐ。
『それだけではない。主は、自分の助手として雇ったエルフとドワーフの子孫にも、この世界の未来を託したのだ』
「……エルフとドワーフの子孫」
桜井の脳裏に、先輩や皆さんをからかって遊んでいた、二人の賢者の姿が浮かんだ。
「ふふ……。その助手の子孫たちも、随分といたずら好きに育ったのね」
『ああ。だが、あいつらが作ったあの鉄の箱と兵器は、間違いなく我が主の技術の系譜だ。……よくぞここまで、形にしてくれた』
神獣は誇らしげに鼻を鳴らすと、再び鋭い瞳を前方へ向けた。
「だからこそ、よね」
桜井は、神獣の首筋の白い毛並みを優しく撫でた。
「1000年間、たった一人で魔神を監視し続けたイヴさんの想いを、私たちが無駄にしてはいけない。……彼女は、この世界を守るという主の遺志に、誰よりも忠実なだけなんだから」
悠真が来るまでの2年間、軍師としてイヴの傍に仕えてきた桜井。
彼女は、冷酷な仮面の下にある、途方もない孤独と、この世界への深い愛情を知っていた。
『退屈だわ』
彼女は、イヴがいつも呟いていた口癖を思い出した。
1000年もの間、ただ一人で世界の終わりを待ち続けることが、どれほど重く、『退屈』なことか……。その言葉の重みに、桜井の胸が締め付けられる。
「……急ぎましょう、ちくわ」
やがて、猛吹雪の向こうに、再び巨大な銀色のドーム跡が見えてきた。
「あれは……!」
桜井が息を呑む。
天を衝くほどの巨躯を持つ『災厄の魔神』の足元で、漆黒のドレスをボロボロに引き裂かれながらも、たった一人で孤軍奮闘する魔王イヴの姿があった。
「ハァァァァッ!!」
イヴの細い腕から放たれる漆黒の魔力弾が、魔神の装甲に直撃する。
だが、その強固な防壁は揺らぐだけで、魔神に致命傷を与えるには至らない。
逆に、魔神の巨大な腕が容赦なくイヴを薙ぎ払う。
「くあっ……!」
イヴは雪原を数メートル転がり、血を吐いて膝をついた。
「イヴさん!」
桜井の視線の先、少し離れた場所では、魔王軍の幹部たちが立ち尽くしていた。
「………………」
普段は冷徹なヴァネッサが、扇子を握りしめたまま心配そうに空を見上げ、ただ無言で歯を食いしばっている。
好戦的なジルでさえ、圧倒的な力の差の前に手を出せず、大剣を雪に突き立てて悔しげに顔を歪ませていた。
「くそっ……! あのデカブツ、オレの炎が全く通じねえなんて……! 魔王様が一人で……クソッ!!」
そこへ、夜の闇を切り裂くように、バサバサと羽ばたくコウモリの群れが舞い降りた。
息を切らし、ドレスを乱したミーナが、転がり込むように桜井たちの元へと駆け寄ってくる。
「ハァ、ハァ……っ! 間に合って……!」
だが、ミーナの目に飛び込んできたのは、血を吐いて膝をつき、なおも立ち上がろうとする魔王の痛々しい姿だった。
「ああっ……! イヴ様……!!」
ミーナは悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
普段の妖艶な吸血鬼の余裕は完全に消え失せ、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、桜井の袖にすがりつく。
「ブルーメ……! お願い、イヴ様を……! あのままじゃ、本当にイヴ様が死んでしまうわ……ッ!」
魔王のあまりに痛々しい姿に、四天王たちすらも手出しできない絶望感が漂っている。
『グルルルォォォッ!!』
ミーナの悲鳴と共に、神獣が猛然と魔神に飛びかかり、その巨大な腕に牙を立ててイヴを援護する。
「やめてください、イヴさん! もう十分です!」
桜井は神獣から飛び降り、血まみれのイヴに駆け寄った。
だが、イヴは荒い息を吐きながらも、その赤い瞳に決死の光を宿し、ゆっくりと立ち上がった。
「……退きなさい、ブルーメ。私の邪魔をするな」
「ダメです! これ以上一人で戦えば、イヴさんの命が……!」
桜井の制止を、イヴは冷たく、しかしどこか悲壮感を孕んだ声で遮った。
「あの人間たち……あなたの探していた『救世主』の放ったあの攻撃ですら、この魔神を倒しきれなかった。……なら、私がやるしかないでしょう?」
「だからって、一人で背負う必要なんて……!」
桜井の悲痛な叫びを背に、漆黒のドレスを血に染めた魔王は、魔神へ向けて再び魔力を練り上げる。
その孤軍奮闘の姿に、桜井が唇を噛みしめた、まさにその時――。
『――お待たせ、お姉ちゃん!』
猛吹雪を切り裂く轟音と共に、八本の鋼鉄脚を軋ませてスレイプニルが戦場へと躍り出た。
戦車の窓越しに、悠真たちの必死な瞳が桜井とイヴを真っ直ぐに見据えている。
彼らの本当の『最終決戦』が、今、幕を開けようとしていた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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