第27話:魔王の反撃と、彼女の決意(第1節)
夜営地に冷たい風が吹き抜け、焚き火の炎が大きく揺らいだ。
悠真が両手を広げて、巨大な白虎と魔王軍の軍師を庇うように立ち塞がった直後。
「彼女は敵じゃない! この神獣も! 彼女は……桜井さんは、僕と同じ元の世界から来た、異世界人なんだ!」
その爆弾発言に、セレスティアもルナも、武器を構えたまま信じられないというように目を見開いた。
「異世界……人? 魔王軍の軍師が、悠真様と同じ故郷の者だというのですか!?」
「おいおい、冗談だろ……? あの冷血な狐女の手先が、ただの『後輩』だと?」
ドナやゼノアたちも、唖然として言葉を失っている。
吹雪が止んだ夜の静寂の中、巨大な神獣の背から降り立った少女は、ゆっくりとフードを深く被ったローブを脱ぎ捨て、緑ヶ丘学院の制服姿があらわになる。
「そういえば、ちゃんと挨拶してませんでしたね。……改めまして。お久しぶりです、先輩」
桜井唯は、悠真に向かって静かに頭を下げた。
そして、顔を上げると、少しだけ困ったような、それでいてどこか切なげな微笑みを浮かべる。
「……私にとっては、2年ぶりですが」
その言葉に、足元の巨大な白虎――神獣のちくわが、気まずそうに前足で顔をこすって目を逸らした。
「……先輩、2年ぶり……? いったい、どういうことですか?」
皆が混乱する中、桜井は表情を引き締め、今度は、涙で顔を濡らし目を真っ赤に腫らしたエーテラの方へと向き直った。
「その前に。天界の記録官であるあなたに、どうしても伝えなければならない真実があります」
「真実……?」
「はい。……あのドームで復活した魔神は、世界を救う神などではありません。天界の終焉兵器です」
桜井の冷徹な断言に、エーテラは鼻声交じりの震える声で反論しようとする。
だが、桜井の隣で、神獣が低く威厳のある声で語り始めた。
『……記録官よ。我と魔王が、何者か知っているか?』
「魔族の、王と……その眷属ではないのですか……」
『否。我と魔王は、遥か昔に我が主によって生み出された存在。そして主とは、そなたら……悠真や桜井の故郷の『未来人』だ』
「「「未来人!?」」」
悠真を含め、その場にいた全員が驚愕の声を上げた。
『左様。悠真の住む世界の未来は、天界によって完全に破壊された。生き残った我が主らは時空転移装置で過去へ逃亡し……別次元であるこの世界に不時着した』
「天界が……悠真さんの世界を破壊した? なぜ、そのようなことを……!」
エーテラが、自分の信じていた正義が根本から覆される恐怖に、震える声で問うた。
それに答えたのは、桜井だった。
「天界とは、世界の終焉から生じる『負のエネルギー』を回収して糧とする、巨大な寄生虫のような存在だからです」
「き、寄生虫……!?」
桜井は、エーテラに冷酷な真実を突きつけた。
「彼らは、あらゆる世界に魔神の卵を産み付け、世界の成熟を待ち、絶望や破壊で負のエネルギーを発生させ、それを吸い尽くしてきたのです」
「そ、そんな……。私が今まで『救済』だと信じて記録してきた世界は……すべて、天界の餌だったというのですか……?」
エーテラは完全に崩れ落ち、地面の上に膝をついて涙を流した。
『我が主は、この世界もいずれ破壊されると知り、対抗兵器として魔王と我が神獣を生み出したのだ』
神獣が言葉を継ぐ。
『魔王は遥か昔から、あの魔神の卵の監視を続けてきた。そして我は、それを破壊しうる『救世主』……すなわち、極大の不運エネルギーを持つ適合者を連れ帰るため、別次元の未来へと転移されたのだ』
あまりにも壮大な真実に、セレスティアが青ざめた顔で呟く。
「……では、私たちの世界も、いずれあの魔神によって……跡形もなく消え去るというのですか……?」
「そうです」
絶望に染まりかける連合軍の面々。
だが、桜井は彼らを真っ直ぐに見据え、必死に訴えかけた。
「だからこそ、私たちがここで食い止めるんです! 魔王は、たった一人でその使命を背負ってきました。私たちも、それに続かなくては!」
桜井の言葉に、悠真も強く頷いた。
そして、桜井は泣き崩れるエーテラの前に歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。
「エーテラさん。あなたは天界の記録官です。……あの魔神のシステムに干渉して、停止させることはできませんか?」
「わ、私に……?」
エーテラは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「天界の絶対兵器を停止させるなんて、前例がありません。私のような末端の記録官に、そんなことができるかどうか……」
「やってみなくちゃ分かりません! あなたの力が必要なんです!」
桜井が必死に説得しようとした、その時だった。
バサバサバサッ!
突如、夜の闇の中から無数のコウモリの群れが現れ、一人の女性の姿を形作った。
ゴスロリ風のドレスに身を包んだ、魔王軍四天王『慈愛のミーナ』。
「大変よ!」
いつもは妖艶で余裕のある吸血鬼の彼女が、血相を変え、涙目で夜営地に飛び込んできた。
そのただならぬ様子に、全員が息を呑む。
「魔王様が……イヴ様が、単独で魔神に特攻を仕掛けに行ったわ! このままじゃ、イヴ様が死んでしまう!」
「イヴが……一人で……っ!?」
ミーナの悲痛な叫びが、凍てつく夜の空気をさらに冷たくさせた。
天界の兵器に対し、この世界を守るために作られた魔王が、自らの命を散らそうとしている。
共に過ごした2年間、彼女の抱える孤独と覚悟を知る桜井の瞳が、激しい焦燥に揺れた。
「……行きますよ、先輩。イヴを……魔王を死なせるわけにはいきません!」
桜井が静かに、だが強い決意を込めて神獣の背に飛び乗る。
休戦の夜は、あっけなく終わりを告げた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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