第25話:魔神の起動と、全軍の衝突(第3節)
極寒のヘルヘイム山脈の頂。
天を衝くほどの巨躯を持つ『災厄の魔神』の足元では、常識ではあり得ない光景が繰り広げられていた。
「おい、人間飼いの犬っころ! お前の攻撃、効いてねえぞ! 毛がフサフサなだけで、牙は鈍ってんのか!」
「うるせえ! てめえの炎こそ、あのデカブツの装甲を焦がすことすらできてねえじゃねえか!」
魔王軍幹部『業火のジル』と、ヴァルハラ傭兵団の『銀色の狼』ルナ。
犬猿の仲であるはずの獣人二人が、肩を並べ、互いに悪態をつき合いながらも、迫りくる魔神の巨腕を同時に弾き返している。
「……何が起きているのだ? なぜ、敵同士であるはずの魔王軍が、我々と同じくあの化け物を攻撃している?」
少し離れた場所でその光景を眺めていたライオネルは、黄金の甲冑を鳴らして驚愕の声を上げた。
ゼノアも、鋭い視線で戦場を分析しながら首を傾げる。
「分かりません。ですが、彼らの殺意は本物です。魔王軍は本気で、あの魔神を討伐しようとしている……」
その時、吹雪の向こうから、巨大な白い虎の神獣が魔王軍の陣形を縫うように駆け込んできた。
その背に乗るのは、魔王軍の軍師『幻影のブルーメ』――桜井唯だ。
「……もう、始まっているのですね」
彼女は神獣の背から飛び降りると、陣形の最後方で腕を組み、静かに戦況を見つめている『謀略のヴァネッサ』の傍らへ降り立った。
「ええ、ブルーメ。……遅かったわね。天の使いは?」
「撒きました。ですが、彼女は必ずここへ戻ってくるでしょう……」
桜井は、憂いを帯びた瞳で魔神を見上げた。
そして、ヴァネッサの合図と共に、上空で待機していた黒い羽の魔族の精鋭たちと、巨大な神獣が、一斉に魔神へと攻撃を開始した。
「……ッ!!」
その光景を見て、セレスティアは一瞬だけ息を呑み、すぐに傍らに控える二人の騎士団長へと向き直った。
「ゼノア! ライオネル団長!」
彼女の凛とした声が、吹雪を切り裂いて響き渡る。
「魔王軍がなぜあのような行動に出たのか、その理由は分かりません。ですが、あの『魔神』を破壊するという目的において、今この瞬間だけは同じですわ!」
セレスティアは、紫色の瞳に揺るぎない決意を宿し、王女としての気高さを見せつけた。
「王国騎士団、および全軍に命じます! 総攻撃を開始しなさい! あの災厄を、一歩たりともこの山頂から逃がしてはなりませんわ!」
「ハッ! 御意に!」
「承知いたしました、麗しき我が姫君!」
ゼノアとライオネルが力強く応じ、すぐに全軍へ向けて号令を飛ばした。
「全軍、突撃! 我らが姫君の盾となり、あの巨悪を討ち果たせ!」
「恐れるな! 魔王軍に遅れをとるなよ!」
「「「オオオオオオオッ!!」」」
騎士団長たちの号令を皮切りに、アルカディア王国軍が怒涛の勢いで進軍を開始した。
ライオネルの黄金の剣閃、ゼノアの鋭い斬撃、そしてリーファが後方から放つ神聖魔法の光が、魔神に向かって一斉に放たれた。
魔王軍、ヴァルハラ傭兵団、そしてアルカディア王国軍。
かつて敵対していた三つの勢力が、この瞬間だけは完全に一つとなり、世界の終焉を阻止するための「全軍共闘」が実現したのだ。
だが――。
ガガガガァァァァッ!!
「くそっ! まったく歯が立たねえ!」
ジルの炎も、ルナの大剣も。
魔神の漆黒の装甲に触れた瞬間、目に見えない強固な障壁に弾かれ、傷一つ残すことができない。
「ハァァァッ!!」
ライオネルが愛馬を駆り、渾身の突きを放つが、剣先は虚しく滑り、彼自身が反動で大きく体勢を崩した。
「……なんと強固な! 剣気が通らん!」
「聖なる光よ、かの邪悪を穿て!」
リーファが懸命に放つ光の矢も、魔神の周囲に展開された光の輪に触れた途端、水しぶきのように霧散してしまう。
「……無駄ね。あの装甲は、この世界の魔力法則とは根本的に異なるもので構築されているわ」
後方で静観していたリリアーナが、紫のローブを揺らして冷静に分析する。
彼女は杖を地面に突き立て、冷ややかな瞳で魔神を見上げた。
「……我々の力だけでは、あの障壁を突破するのは不可能よ。あの規格外の『兵器』が到着するまでは、ね」
「兵器って……まさか、ゆうゆうたちの乗ったスレイプニルのこと!?」
セレスティアが震える声で叫ぶ。
「ええ。悠真の『不運エネルギー』を極限まで圧縮した、グングニルの一撃。それ以外に、あの天界の産物を破壊する手段はないわ」
「悠真様……どうかご無事で、早く……!」
リーファが祈るように両手を組む。
セレスティアも、細剣を強く握りしめ、吹雪の向こうを食い入るように見つめた。
その頃。
追手を振り切り、上空からドームのある山頂へと戻ってきたエーテラは、自分の目を疑っていた。
「……な、何なのですか、あれは」
彼女の視界に広がるのは、自分を守ろうとしてくれた人間たちと、自分を殺そうとした魔族たちが、肩を並べて戦っているという、論理が崩壊した戦場。
そして何より、彼らが総攻撃を加えている対象は――。
『もうすぐ……世界を救う光が、産声を上げる』
自分が信じ、守り抜こうとしていた『神』だった。
だが、その『神』は、人間も魔族も見境なく、ただ無慈悲に、周囲のすべてを破壊しようと巨大な腕を振り回している。
(……あれが、救済の光?)
エーテラは、空中で呆然と立ち尽くした。
悠真たちの『あれは災厄だ』という言葉が、激しいノイズとなって彼女の論理回路を激しく揺さぶる。
「このままでは、負傷者が増えるばかりですわ」
剣も魔法も通じない、圧倒的な絶望。
(ゆうゆう、急いで……! わたくしたちが、もたないわ……!)
魔神の巨大な腕が振り下ろされ、全軍の心が折れかけた、その時だった。
『――待たせたな、野郎ども!』
吹雪を切り裂き、八本の鋼鉄脚を軋ませて、巨大な魔導戦車が戦場へと躍り出た。
その上部に搭載された神槍『グングニル』の砲身が、冷たい光を放ちながらゆっくりと魔神へ向けられる。
「お待たせ! ドナ特製、対神兵器の出番だよ!」
戦車の操縦席から、ドナの威勢のいい声が響く。
待ちに待った反撃の狼煙が、ついに極寒の山頂に上がる。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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