第25話:魔神の起動と、全軍の衝突(第1節)
時間を少しだけ遡る。
悠真とドナを乗せた魔導戦車スレイプニルが、突如として雪原を急発進し、猛吹雪の向こうへと消えていった直後のことである。
「お、おい待て! 勝手な行動をするな、鉄の箱!」
魔王軍の幹部と対峙していたルナが、振り返って怒号を響かせるが、重厚な駆動音は遠ざかるばかりだった。
突然の離脱に、王国騎士のゼノアやリーファたちも戸惑いの色を隠せない。
「……悠真殿? エーテラ様を追われたようですが、護衛もつけずに無茶な……」
そんな王国の連合軍の動揺を見逃すほど、魔王軍の幹部は甘くなかった。
「アハハハハ! おいおい、仲間割れか?」
最前線に立つ『業火のジル』が、燃え盛るような赤いショートヘアを揺らし、腹を抱えて大笑いした。
「荒野を駆ける『銀色の狼』様も地に落ちたもんだ! てめえの『男』は、敵を前にして尻尾を巻いて逃げ出しやがったな! 人間に飼い慣らされた挙句、その飼い主にすら見捨てられるとは……犬以下の腰抜けだぜ!」
「……なんだと?」
ジルの強烈な挑発に、ルナの黄金色の瞳がスッと細められた。
彼女にとって、悠真はただの人間ではない。自らの群れ(傭兵団)を救い、何度も死線を越えてきた大切な存在だ。
そして何より――月明かりの下で唇を重ねた、彼女が密かに認める『未来の夫候補』なのだ。
「てめぇ……! オレの婿殿を、腰抜けだと……ッ!?」
誇りと、愛する者を愚弄された怒りが限界を超えた。
ルナはギリッと牙を鳴らし、全身の毛を逆立てながら、身の丈ほどもある大剣を抜いて飛び出そうとした。
「ぶっ殺す!! その減らず口、二度と叩けねえようにしてやる!」
「お待ちください、ルナ殿!」
ゼノアがサッと入り込み、再び彼女の胸元を制しようとする。
だが、その緊迫した空気を、全く別のベクトルの怒りが切り裂いた。
「お待ちになって!!」
セレスティアが、銀の細剣を下ろし、一歩前に出た。
その紫色の瞳は、魔王軍のジルではなく、味方であるルナを真っ直ぐに射抜いていた。
「セレスティア姫、止めるな! あいつだけは許さん!!」
「ゆうゆうの婚約者は、このわたくしですわ! さっきから聞いていれば『オレの婿殿』だなんて……! この泥棒猫!」
「あぁ!? 今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ、じゃじゃ馬姫!」
ルナが牙を剥いて言い返すが、セレスティアは全く怯まない。
敵の幹部を前にして、まさかのマウント合戦が勃発したのだ。
(はぁ……、また始まった。何もこんな時に……)
見習い騎士のボニーは、いつものやり取りに半ば呆れている。
「いいえ、重要ですわ! それに、ゆうゆうがただ敵前逃亡するはずがありません!」
セレスティアの反論に、隣にいたリーファも肯定する。
「その通りです!」
リーファは、吹雪の向こうへ消えたスレイプニルの軌跡を振り返りながら、絶対的な信頼を込めて言い放った。
「悠真様が起こす『不運なトラブル』の数々には、必ず何か意味があるのです! 今回もきっと、わたくしたちを勝利へ導くための、奇跡の布石に違いありませんわ!」
(いや、それはただの過大評価では……)とゼノアが胃を痛める中、ジルの嘲笑が再び響いた。
「ギャハハハ! 奇跡の布石だと!? ただの逃亡をそう信じ込むなんて、おめでたい頭してるぜ! さあ、かかってきな、負け犬ども!」
「……もう我慢ならねえ。どけやこぉらぁあああ!!」
ルナの理性の糸が、完全にブチ切れた。
彼女は獣の殺気を爆発させ、ゼノアの制止を強引に振り払うと、大剣を天高く掲げた。
「おい、お前ら。全軍、突撃ィィッ!! あの生意気な狐の首を獲るぞ!」
「お、そうこなくっちゃ」
「退屈してたんだ、腕が鳴るぜ!」
「うぉぉぉ!やっちまえ!!」
ルナの怒号に呼応し、ヴァルハラ傭兵団の精鋭たちが一斉に雄叫びを上げて雪原を蹴り出した。
ルナ軍が、魔王軍へと激突しようと加速する。
――だが、両軍の刃が交わるよりも早く。
ドクン。
背後の巨大な銀色のドーム(魔神の卵)から、鼓膜を破るような、重く、禍々しい脈動が響き渡った。
「な、なんだ……!?」
「地震か!?」
ルナの足が止まり、突撃しようとしていた傭兵たちが雪の上に倒れ込む。
王国騎士団の馬たちも、本能的な恐怖に嘶き、前脚を上げて暴れ始めた。
ピキリ、ピキリ……!
鈍色に輝くドームの表面に、巨大な亀裂が走り始める。
その隙間から、まるで夜の闇を濃縮したかのような、圧倒的な暗黒のオーラが噴き出した。
ズガアアアアアアン!!!
凄まじい轟音と共に、ドームが内側から弾け飛んだ。
もうもうと立ち込める雪煙と土煙の中から、異形の魔物が産声を上げる。
『――――――オォォォォォォォォォォォォ……ッ』
それは、空気を震わせるような、金属音と獣の咆哮が混ざり合った、不気味な産声だった。
煙が晴れた後に姿を現したのは、天界が作った兵器らしい、無機質で神聖さと禍々しさが混ざり合った異形の巨人だった。
幾何学的な光の輪を背負い、漆黒の装甲に覆われたその体は、ゆっくりと立ち上がりながら、天を衝くほどの巨大な姿へと進化・変貌していく。
「……あ、あんな化け物が、ドームの中に……?」
リーファが震える手で光の杖を握りしめ、ボニーが絶望的な表情で後ずさる。
天を衝くほどの巨体から見下ろす、光の無い虚無の双眸。
その圧倒的なプレッシャーの前に、激昂していたルナの足は完全に止まり、好戦的なジルすらも冷や汗を流して大剣の柄を握り直した。
「……いよいよ、始まったか」
ジルの獣耳がピンと張り詰める。
それは、王国軍も魔王軍も関係ない。
この世界に生きるすべての生命の『終焉』が、今まさに幕を開けた瞬間だった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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