第24話:桜井の再会と、シスコンにされた僕(第3節)
山脈の冷たい風が、スレイプニルの分厚い装甲を叩きつける。
悠真は、神獣の背から見下ろす桜井の冷ややかな視線を浴びて、完全に言葉を失っていた。
「……桜井さん。怒ってるのは分かるけど、エーテラさんを見殺しになんてできないだろ!」
悠真が必死に食い下がると、桜井は小さく溜息をつき、憂いを帯びた瞳を細めた。
「……そういう意味のヤキモチで言っているわけではありません。彼女を助けに行く必要はないと言ったのは、彼女が天界の回し者だからです」
「天界の回し者……?」
桜井は、軍師としての冷徹な仮面を被り直し、悠真と、彼に抱きついたままのドナを見据えた。
「この2年間、私は魔王軍の中で天界の動きを探り続けてきました。……先輩。あのドームに眠っているのは、世界を救う神の卵なんかじゃありません」
桜井の言葉に、悠真はゴクリと唾を飲み込んだ。
「あれは、天界がこの世界を強制的にリセット……つまり、終焉させるために送り込んだ『破壊兵器』。災厄の魔神そのものです」
「世界を、終焉させる兵器……!?」
悠真は、信じられないというように首を横に振った。
「嘘だろ……。エーテラさんは、そんな世界を終わらせるようなことをするために来たんじゃない! 彼女は、真面目で、いつも規則規則ってうるさいけど……本当に悪い子じゃないんだ!」
必死にエーテラを庇う悠真を見て、桜井は少しだけ瞳を和らげ、静かに告げた。
「ええ、分かっています。彼女自身は、あの卵が世界を滅ぼす災厄だとは知らされていないのでしょう。天界の命令を純粋に信じ込み、それが世界を救う光だと疑わずに、命がけで任務を果たそうとしているだけです」
「……知らされていないだけ?」
「はい。そして、彼女の任務は『神の復活(終焉)』を見届けること。……天界の命に縛られた彼女は、追っ手をかわした後、必ず自らの意志で、あのドームへと戻ってくるはずです」
桜井の静かで確信に満ちた説明に、悠真はようやく状況を理解し、息を呑んだ。
エーテラは騙されている。
自分が何を目覚めさせようとしているのか、本当の意味を知らないまま。彼女は純粋に、それが世界を救う光だと信じ込んで、命がけで任務を果たそうとしているのだ。
「……だから、私たちが向かうべきは、彼女を追いかけることではなく、あのドーム。魔神の復活を阻止することです」
「でも……」
「大丈夫ですよ先輩。追手には、追い払うだけでいいと指示しています」
桜井はそう告げると、足元の巨大な白虎――ちくわの首筋を軽く叩いた。
神獣が低く喉を鳴らし、身を翻す準備をする。
「……わかった。ドナ、スレイプニルを反転させてくれ! みんなが待つドームへ戻るんだ!」
悠真が叫ぶと、ドナも真剣な顔で頷き、悠真の胸から飛び降りて操縦席へ駆け戻った。
だが操縦席に座るなり、ドナはちらりと横目で悠真を見た。
その口元には、先ほどまでの緊迫感とは裏腹に、面白がるようないたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「ねえ、お兄ちゃん。あの軍師の女の子……桜井さんだっけ? お兄ちゃんと、どういう関係?」
「えっ!?」
急な質問に、悠真は間抜けな声を上げた。
ドナは操縦桿を握ったまま、ニヤニヤと笑いながら悠真の赤い顔をからかう。
「た、ただの学校の後輩だよ! それより、今はそんな話をしてる場合じゃない! 早く急いでくれ!」
悠真が必死に誤魔化し、真っ赤になって顔を背けると、ドナは「へぇ〜、あっそ」と楽しそうに肩をすくめた。
「じゃあ、お兄ちゃん! スレイプニル、最大出力で引き返すよ!」
ガシュゥゥゥッ!!
魔導戦車が重厚な駆動音を響かせて急反転する。
その先頭を、桜井を乗せた巨大な神獣が、風のように駆けて先導していった。
一方、その頃。
魔族の追撃部隊から逃れるため、雲海の上を飛翔していたエーテラは、荒い息を吐きながら必死に純白の翼を動かしていた。
「……はぁ、はぁ……ッ! しつこい生き物たちですね……!」
背後から迫る漆黒の魔法弾を紙一重でかわしながら、彼女の脳裏には、先ほどドーム(神の卵)に触れようとした瞬間の記憶が蘇っていた。
(あのドームの奥から……圧倒的なまでの、高次エネルギーの奔流を感じました)
それは、彼女が天界の主から聞かされていた通り、世界を浄化し、すべてを新しく生まれ変わらせる『救済の光』の波動に違いなかった。
(私の任務は、あの神の復活をこの目で見届けること。邪魔なハエ共を撒いたら、すぐにあの場所へ戻らなければ……)
だが。
彼女の完璧なはずの論理演算に、ノイズのように一つの言葉が割り込んでくる。
『お待ちになって、エーテラさん! あれは神などではありません! 世界を終わらせる災厄ですわ!』
セレスティアの悲痛な叫び。
そして、自分を庇うように立ち塞がってくれた、悠真の真剣な瞳。
「……あり得ません。天界の法典に、エラーなど存在するはずがないのです」
エーテラは、胸の奥で小さく跳ねる「迷い」という名のノイズを振り払うように、首を激しく横に振った。
「彼らは、地上の不確定な情報に惑わされているだけ。……私が、真実を見届けます」
エーテラは祈るように胸の前で手を組み、再びドームのある山頂へと進路を向けた。
『もうすぐ……世界を救う光が、産声を上げる』
彼女の純粋な祈りが、風に溶けて消えていく。
そして、その祈りとともに。
山頂にそびえる鈍色のドームの奥深く。
漆黒の闇に沈む巨大な『卵』の表面に、ピキリ、と一本の亀裂が走った。
ドクン。
ドクン。
『……必ずこの目で見届けます』
果たしてそれは、救済の産声なのか。
あるいは……、
世界を理不尽に終わらせる、『絶望』の鼓動なのかを。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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