第24話:桜井の再会と、シスコンにされた僕(第1節)
雪が舞う山中、ガラス越しに視線を交わす悠真と、神獣の背に乗る一人の少女。
「……桜井、さん?」
その言葉は、誰に届くわけでもなく、ただ車内の空気に溶けて消えた。
見慣れた『緑ヶ丘学院のブレザー』。
風に揺れる茶色のボブヘアに、右側のリボン。
そして、あの雨の日に自分を真っ直ぐに見つめてくれた、憂いを帯びた瞳。
魔王軍の軍師『幻影のブルーメ』として、巨大な白い虎を従えているその姿は、紛れもなく元の世界の後輩、桜井唯その人だった。
「なんで……桜井さんが、こんなところに……!」
なぜ、彼女がこの異世界にいるのか。
なぜ、魔王軍の軍師として神獣を従えているのか。
頭の中で無数の疑問が渦巻くが、それを呑み込むほどの衝撃と喜びが、悠真の体を突き動かした。
「桜井さん……! 本当に、桜井さんなんだな!」
悠真は弾かれたように窓から離れると、何も考えずにスレイプニルの分厚い扉に手をかけた。
「ちょっと、お兄ちゃん!? どこ行くの!」
「外に出るんだ! 桜井さんが、あそこにいる!」
悠真が扉のレバーを引こうとした瞬間、ピンクのツインテールが視界を遮り、ドナが彼の手をガシッと掴んで引き留めた。
「ダメだよ! 相手は魔王軍の幹部と、あんな巨大な神獣なんだよ!? お兄ちゃんが一人で外に出たって、危ないだけじゃん!」
「でも、あれは桜井さんなんだ! 僕の後輩で……!」
「はぁ? 何言ってんの! 頭ぶつけて、イカれたんじゃないの!?」
ドナは小柄な体で、必死に悠真の腰にしがみつき、体重をかけて引き戻そうとする。
「離してくれ、ドナ! 彼女と話がしたいんだ! それに、エーテラさんも助けなきゃ!」
「お兄ちゃんはここで主砲を撃つ準備をするの! ドナの言うこと聞いてってばぁっ!」
扉のレバーを引こうとする悠真と、それを全力で阻止しようとするドナ。
二人が揉み合いになった、その時だった。
ガチャリ。
「あっ」
悠真の腕が不運にも、扉のロック解除レバーに深く引っかかってしまった。
重厚な扉が、勢いよく外側へと開け放たれる。
「うわあっ!?」
「きゃああっ!?」
外から吹き込む強烈な吹雪。
揉み合ってバランスを崩していた二人は、支えを失い、開いた扉から雪原へと真っ逆さまに落下した。
ドスッ!
「痛っ……!」
幸いにも、積もった雪がクッションとなり、大怪我は免れた。
だが、悠真が咄嗟にドナを庇うように抱きしめて倒れ込んだため、二人の体勢は最悪なものになっていた。
悠真は仰向けに倒れ、その胸の上には、彼にきつくしがみついたドナが乗っかっている。
「も〜! だから危ないって言ったのに、お兄ちゃんのおバカ!」
ドナは涙目で抗議しながらも、悠真の胸に顔を埋め、寒さから逃れるようにギュッと抱きついてきた。
(またこのパターンかよ……!)
悠真が顔面蒼白で身を起こそうとした、その時。
雪煙が晴れた視界の先。
巨大な白虎の神獣が、悠真たちのすぐ目の前まで歩み寄っていた。
そして、その背から見下ろす桜井唯と、完全に目が合った。
桜井は、悠真の無事な姿を見て、心臓が爆発しそうなくらい高鳴っていた。
あの日からずっと、ずっと探し続けていた先輩が、ついに目の前に現れたのだ。
だが、彼女の視線は、悠真の胸にぴったりと張り付き、「お兄ちゃん!」と甘えているピンクのツインテールの少女に釘付けになった。
(あのピンクの髪……それに、お兄ちゃん?)
桜井の脳裏に、かつて悠真のマンションを訪れた際に対面した、彼の妹・小春の顔がフラッシュバックする。
年齢は少し幼く見えるが、その生意気そうな顔立ちと声は、間違いなく小春にそっくりだった。
「……小春、ちゃん?」
桜井が思わず呟いたその言葉に、ドナはピクリと反応した。
(ん……コハル? この人、お兄ちゃんの知り合い? もしかして……)
ドナは一瞬で状況を理解すると、悠真の胸にさらに顔を擦り寄せながら、あざとい上目遣いで桜井を見つめ返した。
「そうだよ! お兄ちゃんは、私のことだーい好きなんだから! ね、お兄ちゃん♡」
「なっ、ドナ!? お前、急に何を……!」
悠真は慌ててドナを引き剥がそうとするが、彼女は小柄な体に見合わぬ力でしがみついて離れない。
端から見れば、悠真が「実の妹を雪原に押し倒して、熱烈に抱きしめ合っている」という、弁解の余地もない変態的構図が完成していた。
桜井は、その惨状を静かに見下ろした。
2年間待ちわびた感動の再会。
だが、目の前の先輩は、相変わらずの理不尽な不運で転び、しかも実の妹そっくりな少女と、雪の上でイチャイチャしている。
「……先輩」
桜井は、心の中の安堵と、ほんの少しのヤキモチを隠すように、ふぅと小さく息を吐いた。
そして、軍師としての冷徹な仮面を半分だけ被り直し、上品な、しかし呆れを含んだジト目で悠真を射抜いた。
「……先輩って、そんな趣味があったんですね」
「ち、違うんだ桜井さん! これは事故で……それにこの子は小春じゃなくて!」
「言い訳は結構です」
ピシャリと撥ね退けられ、悠真は雪の上に四つん這いになったまま石像のように固まった。
神獣の背から見下ろす桜井の瞳には、かつての憂いだけでなく、呆れたようなジト目と、隠しきれない微かな不満が宿っている。
(……先輩は、どこに行っても相変わらずですね)
思い描いていた感動の再会は、相変わらずの不運によって、見事に打ち砕かれてしまったのだ。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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