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残念で不幸なぼくを異世界美少女が欲しがる件について  作者: 高安ゆき(ゆきゆき)
第4章:『残念で不幸な僕が、美少女たちと全面戦争する件について』

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第23話:マンホールと子猫と彼女(第3節)

 その夜、桜井唯は自分の部屋で、通学用の指定カバンの中身をベッドの上にすべてぶちまけていた。


 数学の教科書、英単語のノート、綺麗にまとめた筆箱。

 明日からの日常に必要なはずのそれらを躊躇いもなく床に落とし、空になったカバンの底に、数日分の下着や防寒具、そして少しの薬を次々と詰め込んでいく。


「……人間よ。今ならまだ間に合うぞ」


 ベッドの隅でその様子を見つめていた子猫の『ちくわ』が、忠告するように低く響く声を投げかけた。


「転移陣は、使用回数に制限がある。あの男が先に行ってしまったおかげで、魔力を2回消費することになる。……最悪の場合、もう二度とこの世界へは帰れなくなるかもしれんぞ」


 子猫の重い警告に、桜井は服を詰める手をピタリと止めた。


 家族のこと、学校のこと、これからの未来。

 すべてを捨てて、見知らぬ世界へ飛び込む。それがどれほど無謀で、取り返しのつかないことか、彼女自身が一番よく分かっていた。


 それでも。


「……それでも行きます」


 桜井は、震える手でカバンのファスナーを閉めた。


「2年前のあの日から、私の時間は、ずっと止まったままです。だから……あの時のことを、やり直したいんです」


 桜井の、悲痛なまでの覚悟と義務感。

 あの日、彼をあのような理不尽な不運に巻き込んでしまったのは自分だ。だからこそ、私が助けに行かなければならない。


 その真っ直ぐで嘘偽りのない瞳をしばらく見つめ返した後、子猫は「……そうか」とだけ短く応え、目を閉じた。


 最後に、桜井は机の上に置いてあった、悠真の部屋から持ち出した『不幸の残滓(缶箱)』を両手でそっと包み込んだ。

 冷たいブリキの感触が、先輩が抱える理不尽な不運の重みを伝えてくるような気がした。


「……待っていてください、先輩」


 桜井は、決意と共にその箱を胸に抱きしめると、カバンの最も深い場所へと慎重にしまい込んだ。


 翌朝。

 桜井は、いつもと変わらぬ清楚なブレザーの制服姿で家を出た。

 家族には「行ってきます」と、登校のフリをして告げた。それが、元の世界での最後の言葉になった。


 雨上がりの冷たい空気が残る中、桜井は悠真が落ちた裏路地のマンホールへと向かった。


「……誰もいないわね」


 周囲に人気がないことを確認し、桜井はカバンの中から、不吉な黒いオーラを放つ缶箱を取り出した。


「よし、人間よ。その箱の蓋を少しだけ開け、中のエネルギーを解放するのだ」


 子猫の指示に従い、桜井が震える指で缶の蓋をわずかにずらした瞬間。


ブォンッ!!


 圧倒的な『不幸のエネルギー』が、目に見える黒い波動となって溢れ出し、マンホールの暗い底へと吸い込まれていった。

 直後、アスファルトの地面に、幾何学模様の巨大な魔法陣が青白く浮かび上がる。


「陣が再起動したぞ! さあ、飛び込むのだ!」


 桜井は、目をギュッと閉じ、抱きかかえた子猫と共に、光を放つマンホールの底へと躊躇なく身を投げ出した。



 強烈な浮遊感と、視界を白く染め上げる光の奔流。

 次に桜井が目を開けた時、彼女は極寒の雪原に立っていた。


「……ここは?」


 頬を刺すような冷たい風。見渡す限りの銀世界と、遠くにそびえる禍々しい黒い城。


 元の世界とは全く違う、圧倒的な異世界の空気がそこにはあった。

『――クックック……。ようやく、本来の魔力を取り戻したぞ』


 桜井の腕の中から飛び降りた子猫が、雪の上に降り立った瞬間。

 その小さな体が、膨大な魔力の光に包まれ、急激に膨張していく。


「えっ……ちくわ?」


 光が収まった後、そこにいたのは愛らしい白猫ではなかった。

 巨大な二本の角を持ち、赤く光る眼を爛々と輝かせた、巨大な白い虎の神獣。

『我は誇り高き白虎の神獣。長き封印より、ついに蘇ったのだ!』


 先ほどまでの可愛い声とは打って変わって、地響きのような威厳ある咆哮が雪原を揺らす。

 桜井はその威圧感に一瞬息を呑んだが、すぐに本来の目的を思い出し、神獣に詰め寄った。


「そ、そんなことより! 先輩はどこ!? この世界のどこかにいるんでしょ!?」


 桜井の必死な問いかけに対し、巨大な白虎は、さも誇らしげに胸を張って答えた。


『フン、安心せよ。我は律儀な神獣だ。そなたの『2年前をやり直したい』という強い願いを汲み、転移陣の設定を特別にイジってやったのだ』


「……え?」


『転移先を、この世界の『2年前の過去』に設定してやったぞ! 感謝するが良い!』


 誇らしげに鼻を鳴らす神獣の前で、桜井は完全に言葉を失い、その場に膝から崩れ落ちた。


「……ちくわ。そういう意味の『やり直したい』じゃないです……っ!」


 桜井は、震える両手で顔を覆い、清楚な、しかし心底絶望した声でツッコミを入れた。


『な、なに? す、すまぬ……。我、人間の比喩表現というやつには疎くてな……』


 桜井の悲壮なオーラに気圧され、巨大な神獣が、猫のように耳を伏せてタジタジと後ずさる。


「……どうしよう。もしかして、先輩の不運が、私にもうつったのかしら……」


 桜井は雪の上にへたり込んだまま、深く、深くため息をついた。

 神獣の壮大な勘違いのせいで、自分は先輩がこの世界に現れるまでの丸2年間、見知らぬ異世界で孤独に過ごさなければならなくなってしまったのだ。


「……ちくわ。私、これから2年間、どうすればいいの……?」


 途方に暮れる桜井に、神獣は気まずそうに咳払いをして提案した。


『……我の顔に免じて、魔王軍に身を寄せさせてもらおう。そなたを『救世主を覚醒させる鍵となる少女』として紹介すれば、無下に扱われることはあるまい』


「……魔王軍」


 他に選択肢はない。桜井はブレザーの裾についた雪を払いながら、凛とした瞳で立ち上がった。


「……分かりました。先輩がこの世界に現れる時まで、私、ここで待ちます。必ず私が見つけ出せるように……この世界で、準備を整えます」


 その決意を汲んだ神獣は、彼女を魔王城へと導いた。

 そして魔王の前で、桜井は「救世主を覚醒させる鍵となる少女」として紹介されたのだった。


 神獣の後ろ盾と、彼女自身が持ち込んだ『不幸の残滓』の知識。

 桜井は、悠真がこの世界に現れるまでの2年間、魔王軍の中で『軍師ブルーメ』として、着々と地盤を固め続けてきた。


 冷たい魔王城の玉座の傍らで、彼女は『軍師ブルーメ』として冷徹な仮面を被り続けた。

 いつか必ずこの世界に現れるはずの、彼を迎える義務を果たすためだけに。



――そして今。


「せんぱい……」


 雪の舞う山中。

 巨大な神獣の背に乗る彼女の視線の先には、2年越しに探し続けていたあの人の姿があった。

設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。

https://www.pixiv.net/users/119429388

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カクヨムにも作品連載中、ぜひご覧ください。
『高安ゆき、13歳。AIじいやと小説をはじめますの ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ ) ୨୧』
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