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残念で不幸なぼくを異世界美少女が欲しがる件について  作者: 高安ゆき(ゆきゆき)
第4章:『残念で不幸な僕が、美少女たちと全面戦争する件について』

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第23話:マンホールと子猫と彼女(第2節)

 閑静なマンションのリビング。


 対面に座った悠真の妹、小春は、獲物を前にした狩人のように目をキラキラと輝かせ、身を乗り出してきた。


「で……! うちの残念なお兄ちゃんの、一体どこが良くて付き合ってるんですか!?」


 直球すぎる質問に、桜井は顔から火が出るのを感じた。


「え、えっと、あの……!」


 膝の上に置いた手が、ギュッと制服のスカートを握りしめる。


 ここは「彼女」として、怪しまれないような完璧な嘘をつかなければならない。


(でも、先輩のどこが好きかって……)


 桜井は頭の中で必死に言葉を探そうとする。

 思い浮かんだのは、雨の日に泥まみれの子猫を放っておけず、自分のおやつの『ちくわ』を差し出していた、あの不器用で優しい横顔だった。


「その……先輩は、すごく優しくて……」


「優しい? あのポンコツが? まあ、確かに不器用にお人好しなところはありますけど……」


 小春は腕を組み、「ふむふむ」と品定めするように桜井を見つめる。


「それでそれで? いつから付き合ってるんですか? 手、繋ぎました!? キスは!?」

「ひゃっ!?」


 怒涛の質問攻めに、桜井の顔は完全に沸騰した。


「そ、そんな、まだ……っ! 私たち、付き合い始めたばかりで……その、まだ手を繋ぐのがやっとというか……っ!」

「えー! お兄ちゃん奥手すぎ! こんな可愛い彼女がいるのに、勿体ないなぁ!」


 小春はケラケラと笑い、すっかり桜井のことを「兄の初々しい彼女」として信じ切ってくれたようだった。

 桜井のあまりに真っ赤な顔と、しどろもどろな態度が、逆に嘘偽りのない純情さを醸し出していたのだ。


「あ、あの! 妹さん……小春ちゃん、ですよね?」

「はい! 呼び捨てでいいですよ、桜井先輩!」


 すっかり打ち解けた様子で笑う小春に、桜井は内心で平謝りしながら、本題を切り出した。


「実は……先輩に貸していた本を、明日どうしても学校で使わなきゃいけなくて……。その、せ……先輩の部屋、少しだけ探させてもらってもいい……かな?」


「あ、そういうことですか! 全然いいですよー。お兄ちゃんの部屋、奥の突き当りです。あ、散らかってたらごめんなさいね!」


 小春はあっさりと承諾し、「私もお茶のお代わり淹れてきますね!」とキッチンへ向かった。


 桜井は、大きく安堵の息を吐き出すと、抱きかかえていた子猫の『ちくわ』と視線を交わし、悠真先輩の部屋へと足を踏み入れた。


ガチャリ。


 初めて入る、先輩の部屋。

 少しだけ散らかった机や、壁に貼られたポスター。そして、部屋の空気に微かに混じる、先輩と同じシャンプーの香り。


 桜井の心臓が、小春の面接の時とは違う意味で、ドクンと大きく跳ねた。


(……先輩の部屋)


 少しだけその香りに浸っていたい衝動に駆られたが、腕の中の神獣ちくわが、鋭く低い声でそれを遮った。


『……人間よ、油断するな。この部屋、凄まじい力が渦巻いておる』


「え……?」


 子猫は桜井の腕から飛び降りると、机の引き出しの前に立ち、毛を逆立てた。


『ここだ……。この引き出しの奥深くから、とてつもなく重く、どす黒い『不幸の残滓エネルギー』が漏れ出しておる……!』


 桜井はゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る机の一番下の引き出しを開けた。

 奥の方に、古いお菓子の缶箱が隠すようにしまわれていた。


「これ……?」


 桜井が缶箱を手に取ると、それはズシリと重く、冷たかった。


 蓋を開けた瞬間。


「……っ!」


 桜井は、その中身を見て息を呑んだ。

「これが……先輩の、不幸の残滓……?」

『……間違いない』


 子猫は、その缶箱から溢れ出る異常なオーラを前に、畏怖の念を込めて震えた。


『我は、魔力のないこの世界で、魔王軍を導くための『不幸パワーの適合者(救世主)』を探しに来た。だが、これほどまでに強大な負のエネルギーを溜め込む人間など、見たことがない』


「救世主……?」


『ああ。あの男こそが、真の適合者だ。奴のこの強大な『不幸の残滓』さえあれば、マンホールの転移陣は確実に再起動する。……あの男は我を置いて勝手に転移してしまったが、これで我も異世界へ帰還できる』


 子猫の言葉に、桜井はギュッと缶箱を胸に抱きしめた。


 先輩が、異世界にたった一人で落ちてしまった。しかも、自分が関わった「あの日の出来事」が、彼の不運の根源の一つになっているのだとしたら。


「ちくわ……お願い」


 桜井は、真剣な瞳で子猫を見つめた。


「私も、連れて行って。先輩のところへ」


『……人間よ、正気か? 異世界は、魔族やモンスターが跋扈する危険な場所だぞ』


「それでもいい! 先輩を一人にしておけないの!」


 桜井の、一切の迷いがない真っ直ぐな瞳。

 子猫はしばらく彼女を見つめ返した後、ふっと小さく息を吐いた。


『……ふん。我が命の恩人の頼みだ、仕方あるまい。我の背に乗ることを特別に許可してやろう』


 子猫の承諾を得た桜井は、缶箱を自分の学生鞄にしまい込んだ。


 部屋を出る前、桜井は机の上にあったメモ帳に、小春宛ての書き置きを残した。

(もし私が戻れなかった時、先輩と私の身に何が起きたのか……真実を知らせるために)

 桜井は、震える手で短い言葉を綴り、それを机の中央に置いた。


 リビングへ戻ると、小春が湯気を立てるお茶を運んできたところだった。


「小春ちゃん、ごめんなさい!」

「えっ、桜井先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて」


「さっき、先輩から急に電話で呼び出されちゃって……! 本は見つからなかったけど、すぐに行かなきゃ!」

「えーっ、お兄ちゃんから!? せっかくお茶淹れたのにぃ……。あ、でも、彼氏からの呼び出しなら仕方ないですね。気をつけて行ってらっしゃい!」


 小春の無邪気な笑顔に、桜井は深く頭を下げてマンションを後にした。


 夜の冷たい風が、雨上がりの街を吹き抜ける。

 桜井は、不幸の残滓が詰まった鞄を胸に強く抱きしめた。


(私が……私が先輩を助けなきゃいけないんだ)


 暗い夜空を見上げ、桜井は誰にも届かない決意を込めて呟く。


 ただの女子高生であった桜井唯が、異世界へ身を投じるための後戻りできない扉が、今、静かに開かれようとしていた。

設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。

https://www.pixiv.net/users/119429388

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