第22話:一触即発と、天使の暴走(第3節)
「天界の正義を、ここで示します!」
吹き荒れる雪風の中、エーテラは純白の翼を羽ばたかせ、巨大な銀色のドームへと真っ直ぐに突き進んでいた。
バサ、バサ、バサッ!
その後方からは、魔王軍幹部ヴァネッサの命を受けた無数の魔族たちが、黒い雲のように群れを成して追従してくる。
「させないわよ、天の使い! 落ちなさい!」
背後から放たれる漆黒の魔法弾や、鋭利な氷柱。
エーテラは空中でアクロバティックに身を捻り、それを紙一重でかわしていく。
「もうっ! だから私の神聖な制服を焦がさないでと言っているのです! この無作法な生き物たちは!」
普段の無機質な記録官の顔はどこへやら、エーテラは頬をぷくっと膨らませ、プンスカと可愛らしく激昂しながらも、ついに追手を振り切って、巨大なドームの前へと到達した。
「……到着しました。これより、神の卵を――」
だが、エーテラがドームに触れた瞬間、周囲に殺気を感じた。
「――むむっ、待ち伏せですか!」
ドームの影から、さらに大勢の魔族の伏兵が姿を現したのだ。
上空からの追手と、地上からの伏兵。
エーテラは完全に退路を断たれ、巨大なドームの壁を背にして包囲されてしまった。
(このままでは、袋叩きです……! しかし、ここで瞬間移動のエネルギーを消費するわけには……)
天界の一記録官であるエーテラにとって、テレポートは一日に何度も行使できるものではない。
ここで力を使い果たせば、『神』の復活に支障をきたす可能性が高い。
「……不本意ですが、一時撤退を最優先とします!」
エーテラはドームの起動を諦め、包囲網の僅かな隙間を縫うように、空高くへと反転・逃亡を開始した。
「逃がすな! あの白い羽をむしり取れ!」
獲物を逃がすまいと、魔族の群れが執拗にエーテラの背中を追跡していく。
その光景を、スレイプニルの車内から窓越しに見つめていた悠真は、血相を変えて叫んだ。
「ドナ! エーテラさんが逃げてる! このままじゃ追いつかれる、スレイプニルを出してくれ!」
至近距離で、悠真の真剣な瞳に見つめられ、両肩をガシッと掴まれているドナ。
「お、お兄ちゃん……!?」
さっきまではドナが悠真をタジタジにして遊んでいたのに、今は完全に立場が逆転し、彼女は顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。
「お願いだ! 早く!」
「わ、わかった! わかったから! ドナに任せなさいってばぁっ!」
ドナは真っ赤な顔で操縦席のレバーを力いっぱい引き抜いた。
ガシュゥゥゥッ!!
魔導戦車スレイプニルが、重厚な排気音を響かせながら、エーテラを追って猛然と雪原を走り出す。
「お、おい待て! 勝手な行動をするな、鉄の箱!」
魔王軍と対峙していたルナの怒号が響くが、スレイプニルは構わず加速していく。
だが、その八本の鋼鉄脚が雪を蹴り上げようとした、まさにその時だった。
「――グルルルォォォォォッ!!」
突如、猛吹雪の向こうから、一際禍々しい影が進路を塞ぐように音もなく降り立った。
巨大な二本の角を持ち、赤く光る眼を爛々と輝かせた、巨大な白い虎の神獣。
その白くふわふわとした毛並みと、どこか見覚えのある瞳の光に、悠真は一瞬だけ既視感を覚えた。
(あの虎……どこかで……?)
だが、考える暇もなかった。
神獣が放つ強大なプレッシャーに反応し、スレイプニルの自動防衛システムが作動。
ギギギギィィィッ!!
猛スピードで雪原を走っていた戦車が、けたたましい音を立てて急ブレーキを踏んだ。
「うわあああっ!?」
慣性の法則に従い、悠真の体がふかふかのシートから宙に投げ出される。
そして、真っ直ぐに飛んでいった先は――。
「きゃんっ!?」
ドスッ!
操縦席でレバーを握っていたドナの背中に激突し、そのまま彼女を押し倒す形で、操縦席の狭い床へと転がり落ちた。
「いっ、たた……。ご、ごめんドナ! 大丈夫!?」
悠真が慌てて身を起こそうとすると、顔のすぐ下には、ドナの小柄な体があった。
悠真の両腕が彼女の頭を包み込むように床につき、完全に「床ドン」の体勢になっている。
「も〜……お兄ちゃんってば、大胆なんだから……♡ そんなにドナに押し倒されたかったの?」
ドナは痛みを忘れたように、頬を赤く染めて艶然と微笑み、悠真の首に腕を回そうとしてきた。
「ち、違う! 急ブレーキのせいで……!」
悠真が顔から火を出して弁解しようとしたが、ふと、窓の外の光景に視線が釘付けになった。
「え……?」
巨大な白い虎の神獣。
その背中に、一人の少女が乗っていた。
風に揺れる茶色のボブヘアに、右側のリボン。
そして、真っ直ぐ自分を見つめてくれた雨の日にそっくりな――
あの憂いを帯びた瞳。
悠真は息を呑んだ。
魔王軍の軍師『幻影のブルーメ』として現れたその顔は、あの日、図書館で偶然出会った後輩、『桜井唯』に瓜二つだったのだ。
(まただ……)
悠真の頭の片隅で、冷静な声が響く。
ドナの時と同じだ。
妹の小春にそっくりだったドナのように、彼女もまた、この異世界にたまたま存在する「桜井さんに似た別人」に違いない。
そう自分に言い聞かせ、悠真は安堵とも落胆ともつかない息を吐き出そうとした。
だが、次の瞬間、悠真の目は少女の服装を捉え、完全に思考が停止した。
「……嘘だろ」
彼女が身に纏っていたのは、おぞましい魔族の衣装でも、禍々しい鎧でもなかった。
それは、極寒の雪山には絶対にあるはずのないもの。
見慣れた『緑ヶ丘学院のブレザー』。
あの日、図書室で桜井さんが着ていた、元の世界の制服そのものだった。
そっくりな別人などではない。
彼女は間違いなく、本物の桜井唯だ。
「お兄ちゃん? どうしたの……って、もう! ドナより外の女の子ばっかり見て!」
ドナが嫉妬して唇を尖らせるが、悠真の耳にはもう、何も入っていなかった。
悠真は弾かれたようにドナから離れると、分厚い防弾ガラスに両手をベタリとつき、震える声でその名前を紡いだ。
「……桜井、さん?」
窓ガラスの向こうで、神獣の背に乗る桜井の瞳が、静かに悠真を見据えていた。
なぜ、彼女がここにいるのか。
なぜ、魔王軍の軍師として神獣を従えているのか。
その答えは、悠真が異世界へ落ちた『あの雨の日』まで遡る――。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
評価・ブックマークして頂けると、とても嬉しいですわ。
毎週、火・金の夜21時30分に最新話をUPしてますの。
是非、お待ちしておりますわ♡




