第21話:エーテラの再会と、北への道(第1節)
魔導戦車スレイプニルは、街道を外れ北へと進路を取っていた。
眼前には、ヘルヘイム山脈の麓に広がる霧深い原生林『ニヴル森林』。
ルナの傭兵団が先行し、ライオネルとゼノアが率いる王国軍が続く。中央には賢者二人を乗せたスレイプニルが鎮座し、鉄壁の陣容で北進を続けていた。
軍団はこれから敵地へ踏み込もうという緊張感に満ちている。
その隊列の中ほどで、見習い騎士のボニーがようやく戻ってきた愛馬の首筋を、涙目で撫で回していた。
「よしよし、本当によかった……。エリザ様に無理やり連れて行かれた時は、もう二度と会えないかと……」
「あはは、そんなに泣かなくても。ほら、ちゃんとピンピンして返したでしょ?」
隣でルナから借りた馬に跨るエリザが、いつものように軽く笑い飛ばす。
「ごめんねー、ボニーちゃん。今度お詫びに、王都で流行りの『蜜がたっぷりのアップルパイ』でもご馳走してあげるから、ね?」
その言葉に、ボニーの顔が引きつった。
「……い、嫌味ですか……?」
『リンゴ』——それはかつて、彼女が悠真達を毒殺しようと企てた際に用いた失敗の象徴だ。それを暴いたのが、目の前でケラケラと笑うこの女スパイなのである。
「……っ! 皮肉なら結構です! エリザ様のご馳走なんて、何が入ってるか分かったもんじゃありませんから!」
「あら、失礼ね。私は『毒』なんて物騒なものは扱わないわよ? 専門外だもの」
苦手な先輩の全てを見透かしたような笑顔に、ボニーは毒気を抜かれたように唇を尖らせた。
「うぅ……。やはりあなたは嫌いですぅ」
一方、スレイプニルの車内では、外の緊張感とは裏腹に穏やかな時間が流れていた。
セレスティアが淹れた紅茶の香りが漂い、賢者たちは相変わらずの調子だ。
「お兄ちゃん、このクッキーにドナ特製の『爆発的に甘いソース』をかけてあげようか?」
「ドナ、そんな品のない真似はやめなさい。……それより凡人、次はこの茶葉を試してみたら?」
「お前らなあ……。お茶会にまで、僕を実験台にするなよ」
いたずら好きのドナとマイペースなリリアーナ。二人に緊張感など微塵もない。
「悠真さん、そんなに固くならずとも大丈夫ですわ。ほら、スコーンも召し上がって?」
「あ、ありがとうございます……。でも、さすがにちょっと緊張感なさすぎじゃないかな……?」
しつこいほど襲撃に遭っていた悠真にとって、この静寂は不気味でしかない。
「確かに……。この森林で、魔獣一匹姿を見せないのも、ちと静かすぎるな」
ソファに深く腰掛けたルナが、黄金色の瞳を細めて呟く。
「ふふっ、わたくしたちが焦ったところで、敵の動きが変わるわけではありませんもの。戦いの前だからこそ、心に余裕を持たなければ。……ねえ、ルナ様?」
「ま、それもそうだな。戦う前に疲れちまったら元も子もねえ」
セレスティアの毅然とした振る舞いに、ルナは肩をすくめて応じた。
やがてニヴル森林を過ぎ、ヘルヘイム山脈に差し掛かった頃。
「おい、空を見ろ! 何か来るぞ!」
前方を進む傭兵団の一人が叫んだ。
一行が進軍を停止させると、霧深い空を切り裂き、一筋の白い光が舞い降りてくる。
純白の翼を広げ、ゆっくりと地上へ降り立ったのは――。
「エーテラさん!」
天界の記録官、エーテラだった。
衣服は汚れ、白銀の髪も乱れている。
長時間の飛行による疲労は隠しきれないが、それでも彼女は背筋を伸ばし、威厳を保とうとしていた。
悠真たちが戦車の扉を開けると、彼女は無機質な瞳を一行に向けた。
「……個体識別名『悠真』。および、皆さんの生存を確認。合流します」
「エーテラさん! よかった、また会えて」
悠真が声をかけると、リーファもパッと顔を輝かせた。
「無事で本当によかったです!」
「あら、戻ってきましたのね。賑やかになりそうですわ」
セレスティアも穏やかに微笑み、ルナが歩み寄ってその肩を叩く
そんな温かい出迎えに、エーテラはふいっと視線を逸らした。
「か……勘違いしないでください。私が戻ったのは、上官からの密命——『救世主』である悠真の監視業務を再開するためです。皆さんと馴れ合うつもりはありません」
淡々と事務的に言い放つ。
だが、その白い頬はほんのりと朱に染まり、視線は悠真たちの顔を避けるようにさまよっている。
「でもエーテラさん、お顔がすごく赤いわ……。どこか具合でも悪いんじゃ……?」
リーファが心配そうに覗き込む。
「……これは再会の喜びなどではありません」
エーテラは表情一つ変えず、早口で即答した。
「……連続演算に伴う個体回路のオーバーヒート、および異常熱として記録されています。論理的な生理現象です。繰り返します、これは論理的な生理現象です」
(顔が赤いのはオーバーヒートです! 嬉しかったわけではありません!)
いつものように「論理的」と言い張る彼女を見て、セレスティアは戦車のハッチからほほえましく手招きをした。
「そうですの? それは大変ですわね。では、車内に入って熱を冷ましてはいかが?」
セレスティアは優雅に微笑み、とどめの一言を放った。
「王国から取り寄せた、エーテラさんの『大好き』なケーキもありますわよ」
その瞬間、エーテラの動きがピタリと止まった。
喉が「ごくり」と小さく鳴り、視線がチラリと戦車の方へ向く。
「……否定します。天界の記録官という高次存在は、地上の不純物である食物に味覚を感じるようには設計されていません。よって、そのケーキに私の個体回路が反応することもあり得ません」
そう言いながらも、エーテラは誘われるまま、視線を逸らしたまま車内へと足を進める。
「……ですが、その物体の成分を分析し、地上の文化レベルを記録することは、第一級記録官としての正当な業務と言えます。あくまで業務として……摂取を検討します」
必死に言い訳を並べながらも、その足取りは吸い込まれるように車内へと向かっている。
記録官の帰還は、一行にとってパズルの欠けたピースが埋まったような、温かく、そして少しだけ滑稽な再会の瞬間であった。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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