第21話:エーテラの再会と、北への道(第2節)
スレイプニルの車内は、先ほどまでの不気味な静寂が嘘のように、華やかな熱気に包まれていた。
テーブルの上には、セレスティアが用意させた王国御用達のパティシエによる特製ケーキが並んでいる。
純白の翼を小さく畳み、シートの端に腰掛けたエーテラは、フォークを手に取りながらも、あくまで無機質な表情を崩さない。
「……念のため再確認しますが、これはあくまで業務の一環です。地上の糖分摂取による個体回路への影響を実地検分しているに過ぎません」
そう言いながらも、エーテラの視線はテーブルのケーキに釘付けだった。
「はいはい、わかってますわ。ですから、その『検分』を心ゆくまで堪能してくださいな」
セレスティアが余裕の笑みで紅茶を注ぐと、エーテラは意を決したようにフォークを手に取った。
一切れのショートケーキを口に運ぶ。
その瞬間――。
彼女の瞳がわずかに見開かれ、白い翼の先がピクリと跳ねた。
舌の上でとろける生クリームと、甘酸っぱいイチゴの鮮烈な味わい。
「……個体回路における糖分受容体の反応を確認。地上の有機物が、一次的なエネルギー効率において非論理的であることを再認識しました。……特筆すべきデータは、検出されません」
いつものエーテラの強がりに、セレスティアはほほえましく目を細め、別の一皿を彼女の前に差し出した。
「ふふっ、そうですの。……では、こちらのベリーのケーキはいかがかしら? エーテラさんが以前、興味深そうに眺めていたものですわよ」
(ごくり……)
その瞬間、エーテラの喉が小さく鳴り、視線がケーキに吸い寄せられた。
「……否定します。天界の記録官という高次存在は、地上の食物に味覚を感じるようには設計されていません。よって、そのケーキに私の個体回路が期待というバグを起こすことはあり得ません」
そう言い張りながらも、エーテラの手は止まらなかった。
「……はむ、……んぐ」
監視の一環だと言い聞かせながら、差し出されたケーキを次々と口へ運んでいく。
「……あくまで、監視業務です。……もぐもぐ」
一口、また一口。
いつしか彼女は、記録官としての冷静さを忘れたかのように夢中でフォークを動かしていた。
小さな口いっぱいにケーキを詰め込み、頬をリスのように膨らませている。
その姿は、天界の冷徹な記録官ではなく、ただの甘いもの好きな少女そのものだった。
「で……ですが、救世主候補である悠真の傍にあるものが、どのような影響を及ぼすかを知ることは、監視業務の根幹に関わります。……もぐもぐ」
白い肌の頬には生クリームが一筋つき、膝の上にはケーキの食べかすがぽろぽろとこぼれ落ちていたが、本人はそれに気づく余裕すらないようだった。
「……あくまで監視の一環として、検分を継続する義務があります。仕方のないことです。……もぐもぐ」
そのあまりに無防備で愛らしい姿に、悠真やリーファは顔を見合わせて思わず吹き出しそうになった。
ドナはスレイプニルの操縦に戻り、ルナは剣の手入れをしながらその様子を面白そうに眺めている。
リリアーナは、いつもどおりすやすやと、毛布にくるまっているようだ。
やがて一息ついたエーテラが、ふと窓の外へ視線を向けた。
「……あの軍集団は、何ですか? 以前の陣容とは明らかに異なりますが」
そこには、軍旗をなびかせて進む銀色の重装騎士たちの長大な列があった。
「よくぞ聞いてくれましたわ。あれは我がアルカディア王国の誇る正規騎士団です。我が国の精鋭達にかかれば、確実に『災厄の魔神』の復活を阻止できますわ」
「……災厄の、魔神?」
エーテラの動きが止まった。
手に持ったフォークが、カチャリと皿に落ちる。
「……いけません」
その瞳に、計算不能なエラーのような動揺が走った。
「これ以上、あの場所に近づくことは容認できません。現在座標をもって、この軍勢の移動を即刻停止させてください。……行っては、いけないのです」
「なーに言ってんの、エーテラ!」
ドナが調整中のレバーを叩き、自信満々に笑った。
「大丈夫だって! 神さまだか何だか知らないけど、このスレイプニルの主砲で、復活した瞬間に一撃で仕留めてやるからさ!」
「……! 愚かな。そのような行為、断じて認められません!」
エーテラは弾かれたように立ち上がった。
「エーテラさん!?」
悠真の制止も聞かず、彼女はそのまま窓から車外へと飛び出した。
バサァッ!
白い翼が激しく風を切る。
スレイプニルが歩みを止める間もなく、彼女は空中を舞い、戦車の真正面へと着地した。
そして泥のついた衣服のまま、小さな両手を左右に大きく広げ、行く手を阻むようにして立ちはだかる。
「……これ以上の北進は容認できません! ここから先は立ち入り禁止区域です! 私は……私の使命を完遂するため、ここを通すわけにはいきません!」
「お、おい、エーテラ。邪魔だよ! そこをどけって!」
ドナが操縦席から身を乗り出して怒鳴るが、エーテラは頑として動かない。
そこへ、悠真が困惑しながら声をかけた。
「エーテラさん、どうして止めるんだ? 僕たちは、災厄の魔神が復活して世界を終焉させるのを阻止しに行かなきゃいけないんだ!」
「……災厄の、魔神? 世界の、終焉……?」
エーテラの動きが完全に止まった。
その瞳に、火花が散るような激しい混乱が走る。
「何を……言っているのですか?」
(天界の指令が間違っている? いいえ、そんなはずは……でも、悠真が嘘をつくはずがない)
「私に下された指令は、天界による『真の救済』……すなわち、この地に降臨する『真の神』の復活を護衛せよ、というものです」
絶対的だと信じていた天界の正義と、目の前の仲間たちが語る恐ろしい予言。
「それが……世界を終焉させる、災厄だというのですか……?」
自分が受けた指令とは真逆の話に、エーテラの演算回路は未曾有のショートを起こし、その純白の翼は、まるで泣き叫ぶように激しく震え続けていた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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