第20話:集結した援軍と、災厄への導き(第1節)
幾重にも重なる商人の天幕や、雑多な旅籠が軒を連ねる自由都市グロリア。
その喧騒を通り越すこと数時間。ルナ率いる亜人部隊を随伴させ、スレイプニルは街道を東へとひた走る。
車内では、窓の外を流れる木々を眺めながら、ルナが退屈そうに唇を尖らせていた。
「……ふん。これだから王国の騎士は。あのボニーとかいう娘を見てみろ。風に煽られてあんなに必死な顔をして、今にも落馬しそうじゃないか。頼りないことこの上ないな」
ルナは、馬上で必死に隊列を維持しようと顔を強張らせているボニーを鼻で笑う。
それに対し、セレスティアが上品に紅茶を啜りながら、ピシャリと言い返した。
「あら、ルナ。ボニーはまだ見習いですけれど、ああ見えていざという時は誰よりも勇敢に振る舞える子ですのよ。……それに、わたくしの右腕であるゼノアは、そんじょそこらの傭兵よりもずっと気高く、頼りになりますわ」
「……へぇ、言うじゃないか。なら、その『自慢の騎士』とやらが、我ら亜人部隊より先にどれほどの戦果を挙げるか楽しみだ」
二人が火花を散らす中、セレスティアがふと目を細め、遠方の人影を見据えた。
「あら……? 誰かいますわ。……ゼノア! ゼノアですわ! でも、少し人数が多くありませんこと?」
セレスティアが窓から身を乗り出す。そこには、先行して合流地点を確保していた副団長ゼノア率いる護衛騎士団。
そして、その傍らには、真紅に金細工が施された重厚な甲冑を纏った別働隊が整然と陣取っていた。
スレイプニルが停止し、セレスティアが車外へ降り立つと、赤い甲冑の一団から一人の男が優雅に愛馬を寄せた。
真紅に金細工を施した鎧が陽光を弾き、ギラギラと煌びやかに輝く。整った顔立ちの美男子――騎士団長ライオネルである。
彼は馬を降りるなり、流れるような所作でセレスティアの前へ跪いた。
「麗しきセレスティア王女殿下。不肖ライオネル、ソフィア第一王女殿下のご名代として、この剣を貴女に捧げるべく馳せ参じました」
ライオネルは彼女の白く細い手を取り、指先にそっと唇を寄せる。執拗に、かつ熱烈な情愛を込めた手甲への接吻。
「貴女という大輪の花を、この私が盾となり守り抜きましょう。……おや、そこにいらっしゃるのが噂の救世主殿ですか? 殿下を守るには、少々……線が細いようですな」
「――ライオネル団長! 殿下の手から、その不浄な唇を即座にお離しください!」
割って入ったのは、不機嫌を全身から漂わせる女性騎士、ゼノアだった。
彼女は騎士団長に対し礼節を保ちつつも、その声音には隠しきれない怒りを滲ませていた。
しかしライオネルはどこ吹く風で、次に隣にいたリーファへ向き直る。
「おお、聖なる光を纏いし巫女殿。貴女の清らかな瞳に見つめられては、私の鋼の心もバターのように溶けてしまいそうだ」
「え、あ、ありがとうございます……?」
困惑するリーファを余所に、ライオネルの視線は巨大なスレイプニルへと注がれた。
「それにしても、なんと猛々しくも奇妙な鉄の獣だ! 驚きを通り越して感動すら覚える。だが、私の情熱的な赤に比べれば、少々彩りが足りませんな!」
彼は無駄に洗練された優雅な所作で感嘆の声を上げながら、車内から降りてきたドナとリリアーナへも躊躇なく近づく。
「おや、こちらの愛らしい妖精殿と、知性に満ちた麗人殿が、この獣の主でしたか。桃色のつぼみのような貴女、そして深き森の雫のような貴女、その美しさに私の魂は今、震えております」
「……リリアーナ、この男、頭のネジが数本飛んでるんじゃない?」
ドナが露骨に汚物を見るような嫌な顔をし、リリアーナは蔑んだ瞳で冷ややかに見下ろす。
そして最後に降りてきた、腕を組んで冷ややかな視線を送るルナの前で足を止めた。
「そして……。もしや貴女は、荒野を駆ける『銀色の狼』と名高いルナ殿ではありませんか? 貴女の鋭い眼差しに射抜かれ、私の胸は今、千々に引き裂かれた……。今夜の月は、貴女と私の語らいのためにあるとは思いませんか?」
「ぎ、銀色の狼……? お、おう……」
普段、周囲から犬姫様と呼ばれているルナは、その名で呼ばれ悪い気はしなかったが、目の前の男のあまりのキザさに、数歩後ろへ引きながら顔をしかめた。
「……セレスティア? ……王国の騎士団というのは、本当に大丈夫なのか? 皆こうなのか?」
ルナが心底呆れたように皮肉ると、セレスティアは顔を真っ赤にして扇で口元を隠した。
「そ、それは……ほほほ、お、おだまりなさいな!」
言い返せないセレスティアを尻目に、ゼノアが胃を痛めるような声で荒らげた。
「ライオネル団長! いい加減になさってください! 誰彼構わず愛を振り撒くその軽薄さが、王国の、そして騎士団の威厳を損なうと申し上げているのです!」
「嫉妬は見苦しいぞ、ゼノア」
(この人、顔はいいのに中身が残念すぎる……)
悠真が心の中で的確なツッコミを入れていると、ゼノアの影からエリザが険しい表情で進み出た。
「……再会を喜ぶ暇はありません」
その声音に、ライオネルの軽薄な笑みがスッと消えた。
いつも人懐っこい笑みを浮かべているエリザの顔は、血の気が引いたように青白く、その指先は微かに震えている。
腹黒軍師としての余裕すら剥がれ落ちた恐怖が、彼女を支配していた。
エリザはエメリア王妃から託された古い羊皮紙を広げ、震える手でそれをセレスティアへ差し出す。
「エメリア王妃様からの伝言です。古文書の解読が完了しました」
一呼吸置き、彼女は震える声で衝撃の真実を告げた。
「……あの『地図』が示す場所。これより私たちが北上して目指す、ヘルヘイム山脈の最深部にあるのは、聖域などではありません」
(聖域じゃない……?)
悠真の背筋に、氷のような冷たいものが走る。
エリザは一呼吸置き、その名を口にした。
「そこは――世界を終焉させる『災厄の魔神』の復活場所。かつて天界が封印し、今まさにその封印が解かれようとしている、破滅の地です」
(魔神の復活場所……? 僕たちは、自分からそんな地獄へ向かっているのか?)
ライオネルの騒がしい挨拶で和みかけていた空気は、一瞬にして凍りつき、平原を吹き抜ける風よりも冷たく、絶望的な重苦しさで一行を押し潰した。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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