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残念で不幸なぼくを異世界美少女が欲しがる件について  作者: 高安ゆき(ゆきゆき)
第3章:『残念で不幸な僕を、まじめ天使と腹黒軍師が奪い合う件について』
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第19話:記録官の小さな嫉妬(第3節)

 冷気を含んだ鋭い風が、エーテラの白い羽を容赦なく叩きつける。


 背後からは依然として魔族たちの放つ殺気が礫のように迫っているが、高度を上げた雲海の上は、太陽に近いせいか、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。


「……はぁ、はぁ……ッ!」


 肺を焼くような冷たい空気を吸い込みながら、エーテラはさらに羽ばたきを強める。


バサッ、バサッ!


 白い翼が懸命に風を切り裂く音が、耳元で激しく鳴り響く。


 単独での逃走。それは観測者として最も論理的かつ効率的な生存戦略のはずだった。


 しかし、この静寂の中で彼女の演算回路が勝手に弾き出すのは、天界の任務とは無関係な「非効率なノイズ」ばかりだった。


 ふと、意識の端にスレイプニル車内での騒がしい光景が浮かぶ。


 ドナが調整した戦車が、石ころ一つで跳ねるたびに「ガタン!」と揺れた不快感。


 セレスティアに勧められるまま、無表情を装いながらも夢中で頬張ったケーキの、舌が溶けるほどに震える甘い味。


 そして――。


(……思い出すだけで、内部回路に異常な熱量が発生します)


 酔った勢いで悠真の腕を掴み、支離滅裂な不満を並べ立ててウザ絡みをしてしまった、あの最悪の夜。


 翌朝、彼と目が合った時の居たたまれなさと、顔から火が出るような強烈な熱。


(あの時の私の行動は、完全に致命的なエラーでした。……羞恥という概念が、これほどまでに論理演算を阻害するものだとは)


 エーテラは赤くなる頬を振り払うように頭を振り、眼下に広がる凍てついた大地を見据えた。


 彼女の脳裏には、地上へ発つ前に受けた厳格な指令が刻まれている。



『エーテラよ。万象の救済主エル・アディン様による真の救済のため、神の復活を確実なものとせよ。……そして『救世主』を監視するのだ』


 上官である昇華の審判官ウリエルの、氷のように冷徹な声。


「救世主……?」


 エーテラは、その言葉に首を傾げた。天界でもない地上に、何故『救世主』がいるのだろうか。


『地上の民が救世主と崇める『悠真』という少年。彼は、この世界とは異なるもの。天界による救済を妨げる者か、あるいは無関係な者か……、監視し報告せよ』


 さらに、ウリエルはこうも付け加えていた。


『下界には魔王軍も蠢いている。奴らの姑息な妨害に足元を掬われぬよう、十分に警戒せよ』


 それに対し、エーテラは微塵の揺らぎもなく返答した。


「ご安心ください、ウリエル様。この私が下界ごときでへまをするなど、万に一つもあり得ません。天の秩序に従い、速やかに任を完遂してご覧に入れましょう」


 天界の広間でウリエルから命を受けた彼女は、ただ静かに意志を紡ぎ、天界から供給される膨大なエネルギーを個体回路へと接続した。


 眩いばかりの純白の閃光が彼女を包み、次の瞬間、エーテラの体は座標を跳躍した。


 第一級記録官という格では、テレポートだけで許容量の限界に達してしまう。

 再使用には天界の再供給を待つ他がない身分だが、世界を救済するという純粋な使命感を胸に、一筋の光となって下界へと瞬間移動した。


 空が割れ、戦車の真上に目も眩むほどの光が降り注ぐ。


 その衝撃で、馬上の騎士が驚き、ケーキを落としてしまうような些事など、当時の彼女にはどうでもよいことだった。



(そうです。エル・アディン様がこの世界の全てを救い上げてくださるその日まで、私は職務を全うしなければなりません)


 自分に言い聞かせるように、彼女は冷徹な「観測者」の仮面を被り直そうとする。


(それにしても……、悠真は、あまりに危うい存在。私の忠告も聞かず、今回のように自分を危険に晒してまで、たかが記録媒体に過ぎない私を全力で守ろうとした)


 彼は危険だ。

 彼は不合理だ。

 彼は――。


(……あんなものは、救世主としての自覚に欠ける、重大な規則違反です。彼は、やはり天界の救済計画にとって危険な……)


 だが、その思考の隙間に、傷つきながらも自分を案じてくれた仲間の顔が、そして自分を真っ直ぐに見つめてくれた悠真の瞳が、鮮明に焼き付いて離れない。


 どうしても、彼を「排除すべき危険分子」として処理することができなかった。



ヒュッ!


 突如、漆黒の槍が、すぐ側を掠めて空を切った。


「観測者、逃げられはしないぞ!」


エーテラは身を捻り、間一髪で回避する。


「……まずは、このしつこい追跡者たちを振り切らなければいけません。効率的に、確実に」


 エーテラは自らの感情の揺れを隠すように翼を畳み、急降下を開始した。


ズォン!


 もう一筋の槍が唸りを上げ、彼女の白い羽の先端を僅かに削った。


「そこだ! 観念せよ、白き翼!」


バサァッ!


 激しい羽音が響き、彼女の銀髪が逆巻く風になびく。


(……もし、この追跡を振り切り、再び彼らの元へ帰ることが叶うならば)


 白銀のヘルヘイム山脈が、冷たく、しかし確かな輪郭で迫ってくる。


 再会を想像しただけで、胸の奥に温かな熱が灯った。


 賑やかな車内。温かな紅茶。あの震えるほど甘かったケーキ。

 自分を守ろうとしてくれた、あの人たちの顔。


 冷気を含んだ風が、激しく頬を打つ。

 その刺激で、目尻に雫が滲み、頬を伝う。


 しょっぱい――。


 孤独な逃走の果てに、エーテラは気づかなかった。


 ケーキの震えるような甘さも、頬を伝う涙のしょっぱさも、確かに感じている自分自身に。


 そして、凍てつく空を舞う彼女の唇が、彼らとの再会を夢見て、微かに、けれど確かに綻んでいることに。

設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。

https://www.pixiv.net/users/119429388

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