第19話:記録官の小さな嫉妬(第1節)
銀狼の牙城を後にして半日。
ヴァルハラ傭兵団の精鋭たちを従え、八本の脚を駆動させて荒野を突き進むスレイプニル。
次なる目的地『自由都市グロリア』を目指す一行の車内には、本来の乗員に加えて、なぜか当然のようにくつろいでいる人物がいた。
「へぇ、こいつは驚いた。外から見るよりずっと快適じゃないか。おい、酒の貯蔵庫はどこだ?」
ルナが黄金色の瞳を輝かせ、物珍しそうに車内を見回しながら、ふかふかのシートに深く腰を下ろした。
「……ルナ。なぜ貴女が、当然のようにここに座っていますの?」
向かい側に座るセレスティアが、ピクリと眉をひそめて尋ねる。
「団長自ら戦車に乗り込むなんて、傭兵団の指揮はどうするおつもり? お借りした『銀狼』は、貴方にお返ししたはずよ。ご自分の愛馬で行軍なさるのではなくて?」
ルナは悪びれる様子もなく、窓の外を指さした。
「あぁ、あれか? 銀狼ならお前のところの騎士様に貸してやったよ。『姫様の護衛に遅れるわけにはいかない!』なんて、顔を真っ赤にして言うもんだから、ついな」
「……白々しいですわね。どうせ、そうやって適当な理由をつけて『ゆうゆう』の側にいたいだけなのでしょう? この泥棒猫。……失礼、『犬姫様』でしたわね」
セレスティアが扇子で口元を隠し、冷ややかに悪態を突く。
「い、犬姫って言うな!」
図星を突かれたルナは一瞬言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして反論した。
「オレは団長として、こいつの『不幸』が変な方向に暴発しないか監視してるだけだ!」
「あら、監視なら外からでも十分ではなくて?」
そんな二人のいがみ合いを、少し離れた席で毛布に包まっていたリリアーナが、面白そうに目を細めて見つめていた。
「……ふふ、相変わらず騒がしいわね。でも、退屈しのぎにはちょうどいいかしら」
リリアーナは口元に微かな笑みを浮かべ、再び優雅に目を閉じた。
一方、窓の外。
スレイプニルのすぐ傍らでは、ルナの愛馬に跨ったボニーが複雑な表情で手綱を握っていた。
「全く、あのお方は。鉄の箱見たさに、強引に馬を押し付けて……。またややこしいのが一人増えました……」
ボニーは小さく溜息をつき、車内から漏れ聞こえる嬌声に、これからの前途多難な旅路を思って独りごちた。
一行が次の中継地『自由都市グロリア』を目指し、街道を突き進んでいると、突如として周囲の空気が重く澱んだ。
行く手を阻むように上空から漆黒の羽を持つ魔族の部隊が降下し、木々の合間から魔獣の群れが溢れ出す。
「止まれ! 貴様ら、そこに直れ!」
魔族の指揮官が鋭い声を響かせ、全軍に停止を強いた。
「我らが主、ヴァネッサ様からの伝言だ。……貴様らが匿っている『白い羽の女』を引き渡せ。さすれば、命だけは今この場で助けてやろう」
その不遜な要求に、ルナが窓から身を乗り出し、不敵に笑った。
「はっ! 寝言は寝て言え。こいつらは私の客だ。指一本触れさせねえよ!」
「ルナ様の言う通りですわ。エーテラさんは私たちの仲間。不当な脅迫に屈することなどありません!」
セレスティアも即座に続き、毅然と言い放つ。
車内では、リーファが不安げなエーテラの肩をそっと抱きよせた。
「エーテラさん、外に出ちゃ危険ですよ。ここは私たちがお守りしますから」
「……いえ、ターゲットは私です。ここにいると、皆さんに被害が及ぶ確率が上昇すると推測されます……」
「ダメですよ、エーテラさん。ここは僕たちに任せて……っ、あいてっ!!」
悠真が身を乗り出して言うと、いきなり樫の杖で頭を叩かれた。
「あなたもよ。大人しく座ってなさい」
「リリアーナさん、寝てたんじゃ?」
「凡人が動き回ると、かえって邪魔だわ。お茶でも飲んで、高みの見物としましょう」
リリアーナはそう言って椅子に座り、テーブルにあったマカロンをつまみ食いした。
「大丈夫! ドナが調整したこの子の性能を信じてよね!」
ドナに強引に座席へ押し込まれ、エーテラは戦車の奥へと匿われた。
「引き渡す気はないようだな……。殺せ、あの女を奪い取れ!」
指揮官の合図と共に、魔王軍が津波のように押し寄せる。
「させるか!」
ルナが即座に窓から飛び出し、大剣を一閃。
空から降下する魔族の翼を斬り裂いた。
傭兵団の弓矢が唸りを上げ、次々と敵を射抜いていく。
ガァン! ガァン!
直後、スレイプニルが激しく揺れた。
装甲を叩く刃の音、地響きのような駆動音、そして外から響く怒号と悲鳴。車内に伝わる振動のすべてが、激戦を物語っている。
「ドナ、危ない! 本当に大丈夫なのか!?」
悠真が必死に叫ぶと、ドナは不敵に笑って制御盤のレバーを力いっぱい引き抜いた。
「任せなって! いっけえええ! スレイプニル、本気を見せてあげなっ!」
戦車の魔導エンジンが猛然と唸りを上げ、八本の脚が大地を蹴り上げた。
迫りくる魔獣の群れをその巨体で次々と蹴散らし、近付いてくる黒い羽の魔族たちを次々と空から蹴り落としていく。
傭兵団の援護もあり、魔王軍の包囲網はスレイプニルの圧倒的なパワーによって、紙細工のように無惨に引き裂かれた。
やがて揺れが収まり、外には逃げ惑う魔族たちの背中と、再び静寂を取り戻した街道が残された。
「ふぅ、朝飯前の運動にもなりゃしないよ」
大剣を担ぎ、平然と席に戻ってくるルナ。
窓の外では、ボニーが剣の血を拭い、主であるセレスティアの無事を確認して深く頭を下げている。
「みんな、無事なんだね……よかった」
悠真はそれを見て胸をなでおろし、深く安堵の息をついた。
「……終わったようですね」
エーテラは窓の外を見つめたまま、小さく呟いた。
自分を狙った執拗な攻撃。
そして、自分を守るために当然のように戦う仲間たち。
(天の使いである私が、人間に守られている……)
胸の奥が、微かに痛んだ。
この感覚は何なのか。負い目? 感謝? それとも――。
(いえ、これはあくまで、彼らの非効率な行いによる『ノイズ』。私の演算に影響を与える、不要な感情です)
側にいる悠真の安堵した横顔を見つめながら、エーテラは自らの胸元をそっと押さえた。
トクン、と跳ねたこの小さな熱を、今の彼女の演算回路では、まだ『正解』として導き出すことができずにいた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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