第18話:銀狼の牙城と、進軍の決意(第3節)
再会と出陣を祝う宴が終わり、ヴォルク山脈に鋭い朝日が差し込む頃。
ひと時の静寂を迎えた「銀狼の牙城」は、地を揺らす不気味な足音と、見張りの悲鳴によって破られた。
「――敵襲ッ! 牙城の西側より魔王軍の精鋭部隊!」
漆黒の羽を背負った魔族の集団が、統率された動きで壁を乗り越えてくる。
その数はこれまでの襲撃とは比較にならず、牙城内は一瞬にして騒然となった。
「ちっ、朝っぱらから景気のいいことだ! おい、お前ら。ユーマたちを守れ!」
ルナが寝起きの顔を振り払い、大剣を抜いて先頭に躍り出た。
「いったい何事ですの!?」
セレスティアも即座に鋭い銀の細剣を抜き放ち、凛とした表情で身構える。
「姫様、お下がりください! ここは私が!」
護衛騎士のボニーがその前に立ち、剣を正門へ向けて構えた。
「悠真さんも、下がってください! 癒やしと加護の光よ、盾となれ!」
リーファも即座に杖を掲げ、眩い聖域を展開してルナの精鋭たちを援護する。彼女たちは傭兵団と共に、押し寄せる魔族の群れを迎え撃つ。
剣戟と怒号が交錯し、血飛沫が舞う激戦の最中――。
「うるさいわね。何事かしら?」
ギィィ、と。
スレイプニルの側面に設えられた装飾豊かな扉が開き、リリアーナが寝ぼけ眼で顔を出した。
ミント色のロングヘアは寝癖でわずかに乱れ、紫色のローブも適当に羽織っただけ。
彼女は傭兵団と関わるのは面倒くさいと、昨晩の宴会から一歩も外に出ず、ずっと車内で休んでいたのだ。
「何か、奇襲だってさ」
スレイプニルの車体を点検中のドナが、工具を片手に地面から顔を上げて答えた。
「そう……」
リリアーナはあくびをしながら、魔族と死闘を繰り広げる傭兵団の様子を一瞥する。
数メートル先では、ルナの大剣が魔族を両断し、血の雨が降っている。
「でも、大丈夫そうね。あの人たちが何とかしてくれるでしょう」
早朝の風が、ミント色のロングヘアを揺らし、細長い耳をくすぐる。
リリアーナは魔族と戦う傭兵団の様子を少しだけ眺めると、パタン、と再び扉を閉めた。
「おやすみ」
扉の向こうから、そんな気の抜けた声が聞こえた。
「……相変わらず、マイペースだね、リリアーナは」
ドナは苦笑しつつも、自分を棚に上げ、再び車体の点検に戻った。
一方、その乱戦の中、エーテラは一人、冷徹な瞳で敵の動きを観測していた。
彼女の姿を確認すると、敵の暗殺部隊の動きが明らかに変わった。
彼らは、護衛に守られた悠真には目もくれず、まるで磁石に吸い寄せられるように、明確に「彼女」を標的として刃を向けたのだ。
「ターゲット確認……天界の記録媒体、抹消」
刺客たちの瞳には、不都合な真実を消去するかのような冷徹なまでの「殺意」が宿っていた。数人の刺客が同時に跳躍し、エーテラの四方を囲んで鋭い刃を突き出す。
(……やはり。魔王軍の狙いは救世主ではなく、天界の観測者である『私』を、排除対象として認識しているということですか……)
自分を狙った刺客が、周囲の人間を巻き込んでいる――その事実に、エーテラは人知れず唇を噛んだ。
「させないぜ!」
エーテラの喉元に刃が届く直前、割り込んだ傭兵団の戦斧が刺客を力任せに弾き飛ばす。
「くっ……!」
エーテラはその隙を逃さず、素早い身のこなしで砦の背後へと逃げ込んだ。
「あいつら、あの女(天使)を狙ってやがるぞ! 囲め! 一人たりとも近づけるな!」
ルナの指示で、屈強な傭兵たちがエーテラの前に幾重もの盾の壁を築く。
空から舞い降りる黒い羽の魔族に対し、傭兵団は雄叫びを上げながら槍を突き出し、一歩も引かぬ激戦を繰り広げた。
(なぜ……)
エーテラは、自分のために血を流す傭兵たちの背中を見つめ、激しく動揺していた。
(天界人である私が、地上の生命体に守られている。これは非論理的で、極めて非効率な事象です。……なのに、なぜ彼らは)
ルナの大剣が唸りを上げるたびに魔族の精鋭が地に沈み、傭兵たちの正確な弓矢が敵の接近を阻む。
数に物を言わせた魔王軍の猛攻。
だが、ヴァルハラ傭兵団の鉄壁の守りと、ルナの獅子奮迅の働きによって、ついにその勢いは削がれ、生き残った魔族たちは山脈の霧の中へと退却していった。
激しい戦闘が終わり、静寂が戻った牙城でルナは返り血を拭い、高らかに軍令を発した。
「野郎ども、これより進軍を開始する! ヴァルハラ傭兵団、スレイプニルを護衛しつつヘルヘイム山脈へ向かうぞ!」
「了解!!」
数十騎の傭兵団が大地を鳴らし、その中心で八本の脚を駆動させたスレイプニルが蒸気を噴き上げる。
「あら、遅かったわね……」
戦車の中で毛布に包まったままのリリアーナは、ようやく動き出したことに気付いて薄目を開けた。
「お兄ちゃん、もうドナのスレイプニルから離れちゃダメだよ!」
ドナは悠真の腕を離さぬまま、心配そうに彼を見上げた。
「あなた、私たちを無視して、機械いじりしていただけじゃないの」
セレスティアは、ドナをにらみつけて呆れたように息を吐いた。
強力な援軍であるルナの軍勢を加え、一行を乗せた鋼鉄の巨躯は、魔王領の深部へと向かって誇り高き行軍を開始した。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
https://www.pixiv.net/users/119429388
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