第18話:銀狼の牙城と、進軍の決意(第2節)
銀狼の牙城の奥。重厚な石壁に囲まれた作戦会議室で、セレスティアは悠真の『古い地図』を広げた。
「ルナ、私たちの目的地はヘルヘイム山脈にある『神の遺物』と呼ばれる遺跡。そこに、この世界の終焉を止める鍵があるはずなのです」
「……ヘルヘイム山脈だと?」
ルナは黄金色の瞳を細め、魔王領の境界付近を睨みつけた。
「そこへ至るため、ヴァルハラ傭兵団の領土の通行許可と……護衛騎士団の通過、そして貴女たちの協力を得たいのです」
セレスティアの真っ直ぐな依頼に、ルナは腕を組み、冷徹な現実を突きつけた。
「……悪いが、そこは魔王軍幹部の配下がうろつく魔物の吹き溜まりだ。まともな軍隊でもなきゃ、近づく前に全滅するのがオチだ。今すぐその鉄の箱を引き返させて、安全な場所へ逃げるんだな」
「ルナさん、お願いします!」
悠真は震える拳を握りしめ、一歩前に出た。
「よく分からない僕の『不幸』のせいで世界が終わるなんて、絶対に嫌なんだ。一人じゃ何もできないから……力を貸してほしい!」
「ルナ様、どうか……! ヴァルハラ傭兵団の力が不可欠なのです!」
セレスティアも王女のプライドを捨てて深く頭を下げ、リーファも祈るように両手を組んで訴えかける。
「悠真さんと一緒に、みんなの未来を繋ぎたいんです!」
三者三様の必死な願い。
かつて共に死線を潜り抜け、その「不幸」の中にある温かさを知ったルナにとって、これほど真っ直ぐに頼み込まれては、もう突き放すことなどできなかった。
「……はぁ、全く。お前らって奴は……。三人がかりで拝み倒されたら、悪役になった気分じゃないか」
ルナは呆れたように頭を掻くと、拳を机に叩きつけて言った。
「いいだろう。騎士団の通過を認めよう。そして、ヴァルハラ傭兵団の全戦力をこの戦いに投入してやる! だが……」
ルナは不敵に笑って全員を見つめ返した。
「……当然、私も一緒だ。お前たちの危なっかしい背中、私が守ってやらないとな!」
翌朝の出発を控え、その夜は再会と出陣を祝う盛大な宴が催された。
焚き火が爆ぜ、肉の焼ける香りが漂う中、一行の緊張は一時だけ解かれた――はずだった。
「ほーら、エーテラさんも飲んでください! 傭兵団の聖なるお酒ですよぉ〜!」
「そうだ、天使サマ。地上の味を知らずに監視なんて片腹痛いぞ!」
泥酔して顔を真っ赤にしたリーファと、上機嫌なルナが、エーテラを両側からはさみ撃ちにしていた。
「……辞退します。アルコールは脳細胞の演算能力を著しく低下させる――むぐっ!?」
強引に注ぎ込まれた傭兵団特製の銘酒。
その瞬間、エーテラの透き通るような白い肌が、一気に桜色に染まった。
「……おかしいですね。なぜ視界が、ぐにゃぐにゃと……。これは天界の演算器に……一時的なノイズが……ひっく」
「ありゃあ? エーテラちゃん、酔っちゃいましたぁ?」
ジョッキを片手に、リーファがさらに飲ませようとする。
「わ、私は……酔ってなど……」
彼女はふらふらと立ち上がると、なんとかその場を退避しようと足をもつれさせる。
(……そう、これは天界人の演算エラー……。いえ、違います。悠真さんの『不幸』のせいです。あの人が周囲に不運をもたらすから、私もこんな……!)
すべての不調を悠真のせいに『断定』したエーテラは、焚き火の傍にいた悠真の姿を捉えた。
「見つけました……特異点……! 悠真さん、あなたのせいで、私の記録にエラーが出ていますぅ!」
エーテラはふらふらと悠真の隣に座り込むと、その腕にぎゅうぎゅうと抱きつき、衣服を引っ張る。
「悠真さんは……ひっく……。不確定要素が多すぎますぅ!」
涙目で悠真の肩に頭を擦りつけ、呂律の回らない声で、支離滅裂なウザ絡みを始める。
「わたしの……わたしの完璧な記録本が、悠真さんのことばっかりになっちゃうんですよぉ! どうしてくれるんですかぁ~!」
「エ、エーテラさん?」
普段の冷徹な姿はどこへやら、甘えん坊の酔っ払いに成り果てた彼女に、悠真は冷や汗を流しながら介抱するしかなかった。
翌朝。
ヴォルク山脈に朝日が差し込む中、エーテラは絶望と共に目を覚ました。
知らぬ間に傭兵団の宿舎に寝かされていたことに気付くと、やがて昨夜の自分の醜態が、完璧な記憶力を持つ脳内に、超高画質・高音質で克明に再生される。
『わたしの完璧な記録本が、悠真さんのことばっかりになっちゃうんですよぉ!』
「…………っ!!」
泣きながら悠真に抱きつき、「悠真さんは私の特別な観測対象なんですぅ!」と喚き散らした自分。
エーテラは寝台の上で布団を被って身悶えし、耳まで真っ赤に染めながら羞恥に震えた。
(あんな……あんな非論理的で破廉恥な姿を……!)
「……消去。昨夜の記録は、高次エネルギーの乱れによる深刻なバグとして……記録からも、記憶からも、抹消……抹消します……!」
彼女は乱れた髪を必死に整え、深呼吸を繰り返して平静を装い、外へ出た。
牙城の中庭は、朝日に照らされ活気に満ちていた。
ルナの号令のもと、ヴァルハラ傭兵団の精鋭たちが慌ただしく出撃の準備を進めている。
スレイプニルの傍らではセレスティアとリーファが旅の備えを確認し、ドナが車体の点検をしていた。
「……私は完璧な記録官。ええ、何も問題ありません」
必死に自分に言い聞かせる彼女の背後で、出撃の朝日は、やがて訪れる血戦の予兆のように赤く燃えていた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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