第35話:残念で不幸な僕と、美少女たちの未来の件について(第2節)
早朝の別邸の中庭。
悠真は、セレスティア、リーファ、桜井、エーテラの四人に完全に包囲され、さらにはゼノアに剣を突きつけられるという、絶体絶命の修羅場のド真ん中にいた。
「だからって、なんで剣まで突きつけるんだよぉぉっ!?」
悠真の情けない悲鳴が、朝の空気に虚しく響き渡る。
だが、その張り詰めた空気は、突如として穏やかな声によって打ち破られた。
「……朝から何事ですか? ホイップちゃんをメイドに預けて、皆さんこんなところで」
「えっ……」
全員が声のした方へ振り返ると、そこには、幼女天使のホイップを抱きかかえた第二王女、エメリアの姿があった。
その後ろには、分厚い羊皮紙の束を抱えたドナが続いている。
「お、お姉様……!?」
セレスティアの肩が、ビクッと大きく跳ねた。
普段、第一王女のソフィアに対しては、バチバチと対抗心を燃やして一歩も引かないセレスティアだが、なぜかこの病弱で物静かな第二王女エメリアに対してだけは、昔から頭が上がらないのだ。
「セレスティア。大切なお客様に剣を突きつけるなんて、王族としてあるまじき行為ですわよ。一体、何をしているのですか?」
「そ、そそ、これはその……! 朝の、剣術の稽古ですわ! ゆうゆうの反射神経を鍛えるための……ねえ、ゼノア?」
「は、はっ! 仰る通りでございます、エメリア様!」
ゼノアも慌てて剣を鞘に収め、冷や汗を流しながら苦しい言い訳に同調する。
(助かった……!)
悠真が安堵の息を吐き出して、その場にへたり込んだ。
「チッ……。いいとこだったのに」
すると、近くの庭木の陰から、紫のローブが揺れるのが見えた。
「リリアーナ? あなた、研究の道具を取りに戻ったのではなくて?」
エメリアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。でも、この庭から極上の『修羅場の気配』を感知したから、つい寄り道してしまったわ」
リリアーナは悪びれる様子もなく、肩をすくめた。
「覗いてたなら助けてくれよ!」
「いやよ。こんな面白い現場、止めたらもったいないじゃない」
悠真が涙目でツッコミを入れるが、リリアーナは「それなりに楽しめた」と妖しく微笑むだけだった。
悠真が抗議していると、今度はドナが「おっにぃちゃ〜ん!」と満面の笑みで飛びついてきた。
「もう、お姉ちゃんたちったら! お兄ちゃんが好きなのは、このドナに決まってるじゃんねー!」
「うわっ、ドナ!?」
一見、修羅場に便乗したように見えるドナの行動。
だが、彼女が悠真の腕にしがみつきながら小さくウィンクしたのを見て、悠真は悟った。
(……わざと空気を壊して、僕を助けてくれたのか)
ドナの機転により、緊迫していた「誰を選ぶのか」という空気は完全にうやむやになった。
ただ一人、決死の覚悟で舞台を整えた桜井だけが、「もう……先輩のバカ」と、ぷくぅと頬を膨らませて不貞腐れていた。
「……やれやれ。皆さんが元気なのは結構ですが、今日は遊びに来たわけではありませんのよ」
エメリアが小さくため息をつき、抱いていたホイップをそっと下ろすと、ドナに視線を送った。
ドナは「ほいっ」と、抱えていた分厚い羊皮紙の束を掲げて見せた。
「お姉様、それは……?」
「ええ。賢者の二人と一緒に進めていた、古文書の解読結果ですわ」
「まぁ、わざわざお姉様ご自身が持ってきてくださったのですか? 立ち話ではお身体に障りますわ。ゼノア……」
「はっ! エメリア様、こちらへどうぞ」
ゼノアが恭しくエメリアを中庭のガーデンテーブルへと案内し、ドナがその上にドサッと羊皮紙の束を広げた。
全員がテーブルを囲み、表情を引き締める。
「文献の記録から、ルミアナ密林の奥深くにある、未来人の遺跡の正確な場所を特定できましたわ。ちくわの記憶と合わせれば、迷わず辿り着けるでしょう」
「本当ですか!?」
悠真が身を乗り出す。
「はい。しかも……その遺跡には『転移装置の開発』に関する記述がありました。今度こそ、悠真様が元の世界へ帰れる可能性は非常に高いと思います」
その言葉に、悠真の胸が大きく高鳴った。
ついに、家に帰れる。その希望が、確かな現実味を帯びて目の前に提示されたのだ。
「それから、もう一つ」
エメリアは、王家の紋章が押された一通の封書を取り出した。
「さらに、お父様から、アスティア国王への親書を預かってきました。逃亡したユリウス司祭の捜索についても、かの国へ協力を要請する手はずが整っています」
「お姉様、わざわざご足労いただき、ありがとうございますわ」
エメリアの完璧な報告に、セレスティアは深く頭を下げた。
「では、これより『遺跡と司祭の調査団』の結成ですわね!」
セレスティアが扇子をパチンと鳴らし、高らかに宣言した。
「やったー! スレイプニルも、みんながいっぱい乗れるように改良したし、魔物対策に色んな武器をたっぷり詰め込んだよ!」
ドナが物騒な発言をして親指を立てる。
(またトリモチ弾みたいな、変な仕掛けがあるんじゃ……)
悠真は前回のトラウマを思い出して冷や汗を流した。
「ふふ、食料や荷物の準備はばっちりです!」
「お紅茶とケーキも、万端に用意してありますわ!」
リーファとセレスティアは、調査というより完全にピクニック気分で微笑み合う。
「あの……わたくしは、王都の警護でお留守番、ですよね?」
ボニーが、危険な旅から逃れようとそーっと後ずさりをすると、リリアーナの杖がその肩をガシッと押さえた。
「あら。せっかくの面白いおもちゃを、置いていくわけないじゃない」
「ひぃっ!?」
さらに、エメリアの足元にいたホイップが、トテトテと歩いてきて、ボニーの豊かな胸元に「むぎゅっ」とダイブした。
「えへへ、あったかい〜!」
「ああっ!? ホイップちゃん、ダメです! 離れてくださいぃぃ!」
命名事件以来、すっかりボニーを気に入ってしまったホイップに完全にホールドされ、ボニーは涙目で絶叫した。
「またわたくしは、このカオスな道中に同行させられるのですかぁ……!」
ボニーの情けない悲鳴が響く中、別邸の庭には、新たな冒険へ向けて準備を進める少女たちの賑やかな笑い声が響き渡っていた。
(これで、今度こそ元の世界へ帰る方法が見つかるかもしれない)
僕は、騒がしくも温かい仲間たちの姿を、少し離れた場所から静かに見つめた。
帰還の希望が見えたはずなのに。
なぜだろう、僕の心の中には、この理不尽でカオスな異世界と別れることへの、強い『名残惜しさ』が芽生え始めていた。
僕の長く、そして残念で不幸な異世界生活は、今、静かに終わりの時を迎えようとしていた。
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