第33話:王都への凱旋と、公認ハーレム(第3節)
王都アヴァロンの別邸での生活は、騒がしくも平和な日々が続いていた。
悠真は、新たに迎え入れられた公式な「妹」たちにからかわれながら、胃痛と安堵が入り交じる奇妙な日常を送っている。
一方で、そんな賢者二人は第二王女エメリアと共に王宮の書庫にこもり、古文書の解読や古代の遺物の研究を真面目に手伝うという、意外な一面も見せていた。
そんなある日の午後。
桜井唯は、別邸の長い廊下にある大きな観葉植物の陰に身を隠し、そわそわと自分の指先を弄っていた。
(今日こそは……絶対に、返事を聞くんだから!)
あの決戦の日以来、告白の返事をうやむやにされたまま、彼女はずっと悠真が一人になるタイミングを窺っていたのだ。
やがて、聞き慣れた足音が近づいてくる。先輩だ。
桜井はギュッと目を閉じ、どうやって声をかけようかと頭の中でシミュレーションを繰り返す。
(ドクン)
心臓がうるさいくらいに鳴り響き、緊張がピークに達した、まさにその時。
「何してるの?」
背後から音もなく忍び寄っていたドナが、ニヤリといたずらっぽく笑って囁いた。
そして、桜井が振り返るよりも早く、彼女のスカートをバサッと豪快に捲り上げたのだ。
「きゃっ!?」
桜井は短い悲鳴を上げ、反射的に両手でスカートを押さえた。
「あれ? どうしたの、桜井さん?」
前を歩いていた悠真が、悲鳴に驚いて振り返る。
だが悠真には、ただ顔を真っ赤にしてスカートを必死に押さえる彼女と、その後ろでケラケラと笑うドナの姿だけが視界に入った。
「あはは! お兄ちゃんに用事があるみたいだよー!」
「な、何でもないですっ!」
桜井はドナをジロリと睨みつけると、真っ赤な顔のまま、逃げるように廊下の奥へと走り去ってしまった。
「えっ? ちょっと、桜井さん……?」
「あーあ、行っちゃった」
「お前が何かしたんだろ!」
ドナを問い詰める悠真だったが、彼女は「さあねー」と肩をすくめるだけだ。
(また何か、怒らせてしまったのだろうか?)
最近やけに、桜井が不機嫌になることが多いと感じていた悠真は、冷や汗を流しながら首を傾げた。
その日の夕方。
セレスティアの豪華な執務室に、エメリアを招いてのお茶会が開かれていた。
テーブルには高級な紅茶と焼き菓子が並び、悠真をはじめ、リーファ、桜井、エーテラ、そして賢者二人が顔を揃えている。
「エメリアお姉様、古文書の解読は進んでいらっしゃいますか?」
セレスティアが優雅に紅茶を啜りながら尋ねると、エメリアは静かに頷いた。
「ええ。リリアーナとドナの協力もあり、飛躍的にはかどっていますわ」
エメリアは、手元の分厚い資料に視線を落とす。
「教団の教義や言い伝えには、天界の都合の良い嘘と、未来人が残した真実が複雑に混在していました。それを前提として読み解くことで、すべてのつじつまが合ったのです」
「やはり……天界の終焉計画は、紛れもない事実だったのですね」
エメリアの言葉に、リーファが立ち上がり、光の杖を強く握りしめた。
「私は教団の巫女として、この恐ろしい真実を、今すぐ民衆に伝えなければなりません! 天界の嘘に騙されている人々を救うために!」
だが、セレスティアが冷ややかに、しかし優しくそれを制止した。
「お待ちになって、リーファさん。そんなことをすれば、あなたは教団から異端者として審問にかけられ、間違いなく命を落としますわ」
「……っ」
「嘘だと知りながら、教団に戻って教えを説くことなど……私にはできません」
信仰の基盤を失い、帰る場所も奪われたリーファ。
そんな彼女に対し、セレスティアは扇子をパチンと閉じ、満面の笑みで告げた。
「心配いりませんわ。いつか必ず、真実が民衆に理解される日が来ます。それまでは、悠真の『第二夫人』として、このままわたくしたちと一緒に暮らしましょう」
セレスティアの言葉に、リーファは顔を真っ赤にして俯いた。
しかし、すぐに意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で悠真を見つめる。
「悠真様……。そういうことですので、わ、私をもらってくれますか……?」
「えっ、あ、いや……その……」
しどろもどろになる悠真に対し、リーファはさらに一歩にじり寄り、上目遣いで迫った。
「もし悠真様がもらってくださらないと、私は教団に戻るしかなく……異端審問にかけられて、殺されてしまいます……っ」
「いや、それって実質、脅迫ですよね!?」
悠真は冷や汗を流しながら、完全に逃げ場を塞がれたプレッシャーにパニックになる。
「……コホン」
そんな悠真の様子に、エメリアが小さく咳払いをして話題を変えた。
「ええと、話を戻しますわね」
エメリアは、テーブルの上に広げた地図を指さした。
「残念ながら、異世界へ帰る具体的な方法は解読できませんでした。ですが……ルミアナ密林の奥深くにある未来人の遺跡に、『転移装置の研究施設』がある事が解読できましたわ」
「本当!? やったー! 未知の遺跡調査だ!」
ドナが目を輝かせ、椅子から飛び跳ねる。
「ふふ、私の知的好奇心を満たしてくれそうね。退屈しなくて済みそうだわ」
リリアーナも妖しく目を細め、不敵に笑う。
だが、エメリアはふと表情を曇らせた。
「……ただ、一つ懸念があります。魔神は倒しましたが、天界がこのまま私たちの反逆を見過ごすのかしら……」
その言葉に、部屋の空気が一気に重くなった。
「ひぃぃっ……! エル・アディン様の天罰が下りますぅ……!」
エーテラがブルブルと震え上がり、幼女天使をギュッと抱きしめて小動物のように怯える。
天界の報復という見えない恐怖。
平和なお茶会に、冷ややかな影が落ちた、その時だった。
「……それについて、お伝えしなければならないことがあります」
これまで静かに話を聞いていた桜井が、真剣な表情で口を開いた。
「ヴァネッサさんから……天界と繋がっていた『あの男』の動きについて、情報が入りました」
桜井の静かで、しかし緊張を孕んだ声が、執務室に響き渡る。
平和な日常の裏で蠢く、新たな災厄の予兆が、静かにその姿を現そうとしていた。
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