81子供時代〜母親のリサイタル1
僕の母親はピアニストだ。
僕が小さい頃、母親はたくさん遊んでくれた。僕が好きな遊びにつきあってくれ、僕が好きそうなことを見つけて、ずっと一緒に遊んでくれた。僕は母親にピアノを教わった。平仮名やカタカナ、数字や簡単な計算もできたし、音符を読むのも特別なことではなく、どれも楽しかった。
おそらく、赤ちゃんの頃からリズム遊びや音当て、真似っこ遊びと称したソルフェージュ教育だったのだろう。
後に僕の生徒ができ、そのことがすぐに役にたった。僕が楽しかったことを、そのまま生徒に教えた。
生徒は、社宅の上の階に住む五つ年下の女の子だ。僕はその子を「かおちゃん」と呼び、「かおちゃん」は僕を「しんちゃん」と呼んでいた。
僕たちは毎日夜まで一緒に遊んでいた。かおちゃんはピアノが大好きだった。僕はピアノよりもかおちゃんが大好きだったが、それは秘密だった。ピアノは好きだけど、かおちゃんのために頑張っていたところもある。
母親は、たまに「リサイタル」に出演していた。弦楽器の伴奏が多かった。夜の「リサイタル」の日は、僕達は夜の練習がお休みになった。
僕は、母親の小さなスーツケースに夕食となるパン、水筒、勉強道具、かおちゃんの好きな本、スケッチブックに色鉛筆、折り紙等を入れて行った。
かおちゃんは、小さな鞄に、お菓子と着替えを入れて行った。
母親が講師をしている大学のホールでのリサイタルは控え室があり、僕達は夕方から夜までそこで過ごした。ホールでリハーサルを聴いていてもよかった。かおちゃんは小さいけれど、おとなしかった。騒いだり泣いたりしないし、わがままも言わない。ホールの客席の後ろの邪魔にならないような席で、二人並んで見た。本当のリサイタルは、かおちゃんが小学生にならないと客席で見られない。おとなしいかおちゃんが小学生になるのはまだまだだ。だから、リハーサルの時間は特別な時間だった。
僕は母親から頼まれた、かおちゃんを見ている係だった。かおちゃんが僕に僅かに見せる意思表示で、用意されたパンやお菓子を食べさせたり、水筒のお茶を飲ませたり、化粧室に連れて行ったりして、控え室で遊んで過ごした。
かおちゃんは、ピアノが一番好きで、絵を描くのも好きだった。何を描いているのかはわからなかったけれど、その姿は幸せそうで、かわいかった。僕は、かおちゃんが一人で遊んでいる時に勉強をした。かおちゃんが退屈した様子になったら、本を読んであげた。
その頃には、控え室のモニターから聴こえるのは終演の拍手で、母親と共演者がアンコールに応えて小品を演奏していた。
控え室のソファで隣に座ったかおちゃんが、僕にもたれて眠る。僕はそれまで読んでいた本を側に置き、頭や背中を撫でた。かおちゃんのパパや、僕の父親がするように、優しく撫でた。
演奏が終わって戻ってきた母親とその共演者は、僕達を見た途端に反応が大袈裟だった。かおちゃんが起きてしまう。うるさくされるのも嫌だし、冷やかされるのも嫌だった。
「流石、しんいち君。いいお兄ちゃんね!」
と言われることもあり、
「お兄ちゃんから彼氏の顔になってる!」
と言われることもあった。
かおちゃんのパパか、僕の父親のどちらかが迎えに来た時だけは、そうっと静かに入ってきて、かおちゃんをだっこしてくれる。僕の係は、それでおしまいだった。かおちゃんが、ずっと僕に寄りかかっていてくれたり、僕のお膝で眠ってくれてもいいけれど、かおちゃんが安心するのはそこではなかった。かおちゃんのパパや、僕の父親が大きな手でだっこすると、ほっぺとほっぺをくっつけて、すりすりして、本当に安心した表情になるのを、僕は知っている。
だから僕は、早く大人になりたかった。かおちゃんに心から信頼される存在になりたかった。
僕の父親が迎えに来た時は、黙ってかおちゃんをだっこして、僕の頭を撫でてくれた。
かおちゃんのパパが迎えに来て、「ありがとう」と言われることは嬉しかった。僕はまだ子供なのに、かおちゃんのパパは僕のことを、まるで大人同士か男同士のような気持ちにさせてくれた。
僕は、だっこされたかおちゃんの手をきゅっと握って、おやすみをした。それから、靴を脱がせて袋に入れた。
帰り支度をした母親と皆で車に乗って帰る。僕はだっこされたかおちゃんの寝顔を見ながら、僕も眠くなっていった。
僕は年に何回かある、そんな「リサイタル」の日が、結構好きだった。




